緑間真太郎の災難

「真ちゃん、早く~」
「わかっているのだよ!」
 オレ達は廊下を走っていた。今日の体育はバスケだ。真ちゃんとオレが組めば無敵だよね。
 ――その時このオレ、高尾和成は知らなかった。真ちゃん――緑間真太郎にあんな事故が降りかかってくるなんて……。

「し、真ちゃん……」
「緑間ー、それ邪魔」
「え?」
 真ちゃんはフェイクファーのストールだかショールだかわからないけれど、どピンクの、ロックバンドのヴォーカルがしているような代物を首に巻いている。巻いていると言うより首にかけてる感じ?
「いつ踏むかわからないから怖ぇんだよ」
 瑞希のいうことももっともだ。
「真ちゃん……試合中はそれ外したら?」
 今日のラッキーアイテムなのはわかってるんだけどね。
「しかし……」
「コートの外に置いておきなよ。それだったらいいでしょ? ね?」
「むぅ……」
 真ちゃんは何か言いたそうだったが、結局はオレの意見に従った。クラスメートの言うこともわかっているのだろう。真ちゃんはワガママだけど、少し優しくなった。
「緑間!」
 木崎が真ちゃんに向かってボールを投げた。
 あっ!
 真ちゃんが顔面でボールを受け止めた。――そして倒れた。眼鏡が壊れている。
「真ちゃん!」
「緑間ー!」
 真ちゃんは割れたレンズで目を怪我していた。救急車が呼ばれた。
 男子体育の担当の先生――小笠原先生もオレと木崎と一緒に真ちゃんに付き添った。
「高尾ぉ……オレのせいだぁ……」
 オレに対してそう言いながら、木崎は涙をこぼす。
「ううん。オレが、真ちゃんからラッキーアイテムを遠ざけなければ……」
「でも、高尾はオレ達が文句を言うからああいう提案したんだろ?」
「うん……」
 まさかここまでラッキーアイテムの効用があるとは思っていなかったオレは、ひたすら心の中で真ちゃんに謝っていた。
(ごめんね、真ちゃん。もう二度とラッキーアイテムのこと馬鹿にしたりしないから……)
 ピーポー、ピーポーと、救急車は真ちゃんとオレ達を病院に運んで行った。
 真ちゃんの目にはガラスの破片が刺さっていたらしい。

「修!」
 木崎の母さんが叫んだ。
「すみません、緑間さん。うちの修が緑間さんのご子息にとんだことを……」
 木崎母が緑間のお母さんに謝る。
「いいえ。木崎さんが悪いのではありません。これは事故ですし……」
 そう。誰も悪くない。
 強いて言えば……オレが悪い。
「緑間君のお母さん……あのフェイクファーのショールは緑間君のラッキーアイテムだったんですよ」
 オレは緑間のお母さんに言った。いくらなんでも緑間母の前ではいつものように『真ちゃん』とは呼べない。
「ラッキーアイテム……あの子にもほんと困ったこと。まさかラッキーアイテムがなかったからってそんな事故に遭うとは思えないし……」
「お母さん、その、まさかです……」
「え?」
「オレが……緑間君からラッキーアイテムを取り上げたんです」
「高尾……だから、あれは取り上げたって言わない……」
 木崎がオレを庇ってくれてる。しかし、あれは取り上げたのだ。いくらおためごかししてもその事実は変わらない。
 緑間のお父さんも来た。
「先生、真太郎は、大丈夫なんでしょうか」
「今、手術しているところです。目の傷自体は浅いですし、大丈夫でしょう」
 看護師がそう答えた。
「うぇぇぇ、緑間、緑間ー……」
 木崎が泣き出した。オレも泣いた。
 中谷監督も来た。緑間や木崎の両親と話をしている。
 ――手術は無事成功した。

「真ちゃん!」
 オレは病室に駆け込んだ。
「……高尾か」
 真ちゃんが答える。
「うん。木崎もいるよ」
「ごめんな……緑間。ボールぶつけて」
「いいのだよ。よくあることなのだよ」
「緑間……」
 真ちゃんは本当は、いや、本当に優しい。
「木崎のせいじゃねぇって」
「木崎のせいではないのだよ」
 オレと真ちゃんは殆ど同時に喋る。
「オレも……ごめんね。真ちゃん。ラッキーアイテムを身に着けていたらこんな事故に遭うことなかったのに……」
「高尾……高尾のせいでもないのだよ」
「真太郎さん!」
「なっちゃん!」
 なっちゃんはオレの妹ちゃん。本名は高尾夏実。
「怪我、大丈夫?」
「ああ。包帯が取れたらちゃんと物が見えるようになると、医師が言っていたのだよ」
「本当に本当ね?」
「ああ」
「お兄様……」
 今度は緑間の妹ちゃん、春菜ちゃんだ。
「その――大丈夫ですの?」
 仲は良くないとはいえ、やはり兄妹だ。春菜ちゃんも真ちゃんのことを心配していた。
「お前も気にかけてくれてるとは思わなかったのだよ」
「ええ。――お兄様は一応身内ですからね。死なれたりしたら寝覚めが悪いもの」
「死ぬ程の怪我ではないのだよ……皆ちょっと騒ぎ過ぎなのだよ」
 真ちゃんが苦笑いをしたような気がした。オレは言った。
「手術が成功して良かったよ。失明なんかされたら、オレも――寝覚めが悪いから。本当に見えるようになるんだね?」
「ああ……元々の近眼が治ったわけではないが。高尾、お前も夏実と同じように念を押すんだな」
 真ちゃんは優しい声になった。
「皆……今日は来てくれてありがとうなのだよ」
「真ちゃん……」
「緑間……」
 木崎が涙と鼻水を垂らしている。オレはハンカチを貸してやった。うわぁぁぁんと木崎は号泣した。オレのハンカチをべとべとにしながら。
「和成さん、兄に付き添ってくれたんですって。木崎さんと。――ありがとう」
 春菜ちゃんの笑顔は真ちゃんの笑顔に似ている。流石兄妹。オレは頭を掻いた。
「いやぁ……オレのせいでもあるんだしね」
「ラッキーアイテムがないと生きていけないなんて、本当にお兄様は不便な方。でも、いい友達に恵まれましたわね」
 春菜ちゃんの台詞に、真ちゃんは「ああ」と首肯した。戸口では真ちゃんの両親が控えめに微笑みながら佇んでいた。

後書き
真ちゃんはいい人達に恵まれてよかったね、という話。
それから、怪我させてごめんね。やはり真ちゃんにはラッキーアイテムがないとダメなんでしょうか……。
2015.9.30


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