真ちゃん、ごめん

 オレは今日、緑間の顔をまともに見ることができなかった――。
 原因ははっきりしている。真ちゃん――緑間が前髪を切ってきたせいだ。オレに任せれば、もっと素敵な髪型にしてやったのに。
「高尾」
 真ちゃんが呼んでも、オレは返事をしなかった。クラスメートとだべってたり、聞こえないふりしたりして。
 オレは酷いヤツだと思う。
 けど、前の印象が強かったから――。
 前の髪型は真ちゃんにとっては鬱陶しかったかもしれない。けれど、それがオレの知ってる真ちゃんで――。
 だから、今の髪型見ると、どうもペテンにかけられたような気がするのだ。
 真ちゃんは相変わらず美少年だけど、何となくお父さんぽくなった。そういうのが好きなヤツの間では真ちゃんの人気は上がっている。
 ひなちゃんは、
「甘さがなくなったね」
 と、言っていた。
 年月は外見を変える。それはオレも覚悟していたことだった。
 でも――急に変えることないじゃんか!
 今日もオレは在りし日の真ちゃんの待ち受けを眺めて懐かしがっている。
 オレは、やっぱり酷いヤツだ。
「…………」
 真ちゃんがこっちを見ているのがわかる。ホークアイで。
 真ちゃん、ごめんね。
 お前はどっこも悪くないよ。ただ、オレがどうしたらいいかわからなくなっているだけで――。
 子供の駄々こねとおんなじなんだ。わかっているさ。わかっているよ――。
「高尾!」
 真ちゃんがオレの手を掴む。
「やっ! 離して!」
「高尾!」
 真ちゃんの声は悲鳴に近かった。なんだなんだとクラスメートが騒ぎ始める。
 その時――予鈴が鳴った。
「あ、その……すまん……」
 真ちゃんもオレから離れて席に着いた。もう少ししたら、真ちゃんの前髪も伸びるかな。それまでの我慢だ。
 いや、それまでに真ちゃんがオレに愛想尽かしたしたりして――考えられる……。
 オレ、この数日、真ちゃんに対して素っ気なかったもんなぁ。
 だってオレは……真ちゃんの美しさにも惚れていたから。今の真ちゃんはオレにとってはちょっと好みとは思えない。
 元々のパーツはキレイなんだけど、あの髪型がなぁ……。
 オレと恋していたから、失恋で切ったというわけでもなさそうだし……。
 どうしてオレに何も言わず髪切ったのさ! ――そう言って詰め寄りたい気持ち。でも、はかばかしい返事は返ってこないんだろうなぁ……。
 小学校の時、髪を切ったというだけでいじめられた子の話を聞いたけど、何となく内情はわかる気がするんだ。しかもその時、その子は親に無理やり切らされたのであるらしかった。だとしたら同情しかできない。
 まぁ、真ちゃんは自分から切ったんだろうけどねぇ……。小学生と違うんだから。
 子供と一緒にされたくはないけど、今のオレは確かに子供だった。
 ああ……。今の真ちゃんに恋することができればなぁ……。
 オレは昔、隙を見て真ちゃんを失脚させようとあれやこれや考えたことはある。でも、それとは違うんだ。
 今はもう、真ちゃんを傷つけたくない。守ってやりたい。けれど――。
 真ちゃんは老けた気がする。一部でヅラ説が流れているが、冗談で髪の毛引っ張るのも今のオレには難しい。
 それに、ヅラでないとしたって……。
「はぁ……」
「高尾……」
 やべ、授業中だ。今は世界史だ。
「そんなに俺の授業は退屈か?」
「い……いーえー」
 思わず冷や汗だらだら。真ちゃんはもうこっちを見ようともしない。
「じゃあ16ページ、読んでみろ」
 オレはつっかえながら文章を読んだ。こんなことまで真ちゃんのせいにするつもりはないけど……かなり参ってる。オレ。

「高尾君サイテー」
 クラスメートのひなちゃんの言葉が胸にぐさっと刺さった。放課後のデート(?)である。本当は帰り際に喫茶店なんかに寄っちゃいけないんだけど、秀徳の校則もこのところ随分緩くなりつつある。
 自覚はしていたさ。していたんだけど――。
 ひなちゃんのサイテーの言葉はちょっと高尾ちゃんの心にもダメージを与えた。
「それって、緑間君の外見しか見てなかったってことじゃない」
「うん……まぁ……そうだよね……」
 ひなちゃん、それ以上ずけずけ言わないでくれる? オレのライフはもうゼロよ……。
 でも真ちゃんとはぎくしゃくしてしまっているし、もう、頼みの綱は一年の時から一緒のクラスだったひなちゃんしかいないんだ……。頭が良くてオレ好みだし。
「それにさ、緑間君の他に好きな人なんて、いないんでしょ? 高尾君には」
「そりゃあもう!」
 オレは勢いよく頷いた。
「まぁねぇ……痴話喧嘩に口差し挟むつもりもなかったけど、思ったこと言ってしまったわ。ごめん」
「いや……ごめんはオレの方……」
「緑間君にもごめんって言った?」
「う……それはまだ……」
「早く言った方がいいわよ。浮気を疑われないうちに」
 浮気? 疑ってんの? 真ちゃんが?
 真ちゃんのことしか頭にないオレがどうして浮気なんかするんだよ!
「少しねぇ……噂になってんのよ。高尾君は緑間君の他にいい人見つけたんじゃないかって」
 誰なんだよ、それは……。
 それに、浮気の方がまだ心理的にはマシだ。
「緑間君のこと、好きなんでしょ?」
 オレはこっくんと頷いた。
「まぁ、時間が解決してくれると思うわ。パフェ食べないの? 私がもらってもいい?」
「いいけど、ひなちゃん太らない?」
「私、太らない体質なの」
「へぇ……」
 美人で頭もスタイルも良くて――真ちゃんがいなかったら、恋に落ちてたかも。尤も、ひなちゃんは男子に人気あるし、腐女子だからなぁ……。やっぱ遠慮しとくわ。
「私は今の緑間君、悪くないと思うわよ。後は高尾君次第ねぇ……」

 翌日の部活では、既に緑間様が来てシュート練をしていた。
 そういえば、真ちゃんのシュートこんな風に眺めるの、久しぶりだなぁ。相変わらずリングにかすりもしない綺麗なシュート。このシュートにも惚れたんだっけ……。
「何見てるのだよ、高尾」
「あ、えへへ……ごめんね、真ちゃん」
「――どうして謝るのだよ」
「ほら……オレがさ……真ちゃんにあまり構ってあげられなかったから……」
 真ちゃんがふんと笑った。
「自意識過剰なのだよ」
 ――けれど、小声でこんなことを付け足すのを真ちゃんは忘れなかった。
「まぁ、少し寂しかったけどな――」
 オレはそれを耳にした。やっぱり真ちゃんは可愛い。真ちゃんは変わっていない。
 真ちゃんは思いも寄らないだろう。オレが冷たくなったのは髪型のせいだなんて。今だって、マイペースに人事を尽くしている。
 面白くて、努力家で――。オレは、そんな真ちゃんが好きだったんだ。
 なぁに、前髪なんてすぐ伸びるさ。
 それに――そのうち真ちゃんに惚れ直すことが起こるような予感がするんだ。それまで待ってて。真ちゃん。オレと真ちゃんを繋ぐ糸は太くて丈夫だから。
 主将の裕也さんが来た。
「おーい、緑間、高尾。シュート練なんか後にしろ。ランニングだランニング」
 オレ達は声を揃えて「はい!」と返事をした。

後書き
真ちゃんの髪型に戸惑っていた頃に書いた作品です。
私の気持ちを高尾(とひなちゃん)に代弁してもらいました。
高尾、高尾と迫るくせにいざ高尾が謝ったら、「自意識過剰なのだよ」と返す真ちゃんが好きです(笑)。
2015.9.8

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