セカンドキッス

 緑間真太郎は悶々としていた。
「真ちゃん、お疲れー」
 高尾が心安だてに緑間の肩を叩く。
「あ、ああ……お疲れ……なのだよ」
「真ちゃんさぁ、最近変じゃない?」
 高尾のオレンジ色の瞳がじっと緑間の目を射抜く。緑間は不自然でないように目を逸らした。
「……何でもないのだよ」
「ふうん……」
 こんなんで高尾の目を誤魔化せるとは思えないが、高尾はそれ以上追及しなかった。
(そんな澄んだ目で、人のことを見るな、なのだよ……)
 高尾がいなくなった後、緑間は大きく息を吐いた。
 高尾和成。緑間のチームメイトで相棒――のはずだった。
(オレが……お前に欲情したことがあると言ったら、笑うか? 高尾。それとも蔑むか?)
 ついこの間までリコが好きだったはず。緑間は自分に言い聞かせる。けれど、失恋から異様に早く立ち直ったのも高尾がいるおかげで――。
(オレは、最低なのだよ……)
 リコを高尾に見代えたと思われても不思議ではない。
(リコ……)
 何となく、声が聞きたかった。

「はい。相田です」
「もしもし、緑間だが」
「あ、緑間君? なぁに?」
 いつもの元気なリコの声。緑間は言った。
「元気か?」
「あ……うん」
(ああ、やはりリコはリコなのだな……)
「実は……恋をしてしまったようなのだよ」
「誰と?」
「言えないのだよ……ただ、聞いて欲しかったのだよ」
「やっぱり」
 リコの声は確信に弾んでいた。
「言えない事情があるのね。わかったわ。私、誰にも言わない。がんばってね。あ、そうそう。相談するのに私を思い出してくれてありがとう」
「リコ……当然なのだよ。お前はオレの友達なのだからな」
「あはっ、嬉しい」
 リコが笑っているのが目に映るようだ。
「リコ、お前はいいヤツだな」
「ありがとう」
「お前の恋も上手く行くよう願っているのだよ。ちなみに明日のみずがめ座のラッキーアイテムはデジタルカメラなのだよ」
「持って行けってこと?」
「ああ」
「ありがと。優しいね。緑間君」
「そんなオレは……」
 ただ当たり前のことをしているだけなのだよ。本当に優しいのは高尾だ。いつもオレのことを気にしてくれている……。
「……こちらこそ、ありがとうなのだよ」
「緑間君も、恋が上手くいくといいね」
「ん、ああ……」
(リコは、オレが高尾が好きだと言ったら笑うだろうか――)
 そんなことはないだろう。昔から人を見る目には自信があった。高尾のことは最初は軽いヤツだと決めつけてはいたが――その分悪い人間ではないと思っていた。
 その高尾に、今、恋をしている。
 リコの方からは切りづらいだろう。緑間は言った。
「聞いてくれてありがとうなのだよ。――もう切ろうか?」
「うん。緑間君の気が済んだらね」
「もう、気は済んだのだよ。声が聞けて嬉しかった」
「緑間君、いい男だもんね。きっと相手もそう思ってるよ」
「リコ……」
 何となく、ほわんとした温かい気持ちになった。
「またな」
「またね」
 緑間は携帯を切った。

「あー、真ちゃん」
 高尾がぶんぶんと手を振る。夜は次第に更けていこうとしている。
「高尾……」
「待ってたよん。じゃんけん」
「――オレが勝つのがわかっているくせに」
「にゃにぃ?!」
 高尾と軽口を叩けるのは嬉しい。ちょっとした恋心も心の奥に潜ませて。
(オレはお前が好きなのだよ)
 例えば、高尾が緑間のところにやってきた時、あの唇に、
(キスしたい――)
 と、思ったことも一度や二度ではない。
 この間は何気なさを装い、唇を奪ってやったが。
(もうチャンスはない、か――流石にな)
 セカンドキッスはどうしたら良いのかわからない。思えば勉強とバスケ漬けで、恋のいろはを研究したことなどなかった。
 デートは、さっき電話をしていた相手、相田リコが初めてだった。
 だから、だから――。
「どしたの? 真ちゃん」
「あ、ああ……じゃんけんだったな」
「近頃ぼーっとしてること多いよ? 恋?」
「ま、まさかなのだよ」
 自分でも思いがけないくらいの勢いで否定した。
「そっか。ならいいけど」
 高尾が寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。――気のせいだな。
 結局、チャリアカーは高尾が牽くことになった。話しているうちに家に着く。
(これでお別れか? 寂しいのだよ)
 高尾もちらちらとこっちを見ている。もしかしたら、別れを惜しんでくれているのだろうか。
「し――真ちゃん。あのね……オレ、真ちゃんしか見てなかった。中学時代からずっと――」
 ん? 何のことだ?
「だからね、真ちゃん。オレには真ちゃんしかいないんだよ」
「高尾!」
 ここで決めなきゃ男じゃない。緑間は、言葉を押し出すように、
「キスして――いいか?」
 と訊いた。
「うん。真ちゃんとだったら――嫌じゃない」
 緑間がリアカーから降りると、星明りの下で、二人はキスをした。最初の時より甘いキス。
「真ちゃん……」
 高尾の目が輝いている。もう一度、彼らはキスをした。
「――じゃあね、真ちゃん」
「……あがっていけ」
「でも……もう遅いし。また機会があったら寄らせてもらうわ。緑間家は心の準備なしには入れねぇんだよ。それにオレ――家で余韻に浸っていたいしな」
「わかったのだよ」
 高尾の気持ちはわかるような気がした。緑間もふわふわとした夢心地のまま、高尾への想いに浸りたい。二人は手を振って別れた。

後書き
『高尾クンのファーストキス』とか、『緑間クンのファーストキス』とかの系統です。
やっと発表できた♪
2016.6.6

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