あのコに避けられて

 ――近頃、高尾が変だ。
 いや、あいつはいつも変なのだが、前にも増して――。
 二年になってから、あいつに避けられるようになった気がするのだよ。同じクラスなのに……。
 あっ、高尾だ。
「高尾……」
「おう、木崎、ノート見せてくれ」
「わかった。いいぜ」
 高尾は木崎ときゃっきゃっとはしゃいでいる。
「やーい、逃げられたー」
 後ろから女子の声がする。こいつは……朝倉ひな子。
 ひな子とは、一年で同じクラスになった時からの知り合いだ。
「ひな子……!」
「やーん。緑間君こわーい」
「カマトトぶるな!」
 オレは緑間真太郎と言う。
 ひな子は何だかうずうずしているようだ。
「緑間君の額って、デコピンしたくなるのよね」
 そう――オレは最近髪を切った。鬱陶しかったのでな。
「あー、ひな子。高尾、最近変じゃないか?」
 前はあんなにオレにひっついて来たのに……。
「ふぅん。寂しいの?」
「ば、バカを言え!」
 ――寂しい。
「マジバのバニラシェイク、美味しいんだけどなぁ……」
 と、ひな子。
「わかった。放課後空けとけ」
「いいの? 部活は?」
「後で学校へ戻って自主練する」
「えらーい」
 ひな子が言うのも無視して、オレは高尾を見た。高尾もこっちを振り返ったが、すぐにクラスメートとの話に戻った。

「あー、このバニラシェイク美味しい」
 そういえば、黒子もマジバのバニラシェイクが好きだったのだよ。――やなことを思い出した。
「んで? 話があるんでしょ?」
「――近頃、高尾が変だ。オレに寄って来なくなった」
「うん」
 こればかりは人事を尽くしても、上手く行くとは限らない。だからオレは人間関係は嫌いだ。
 でも、高尾のことは好きになってしまったのだよ。どうすればいいのだよ。運命の女神様。
「原因はこれね」
 ひな子が額をとんとんと叩いた。
「前髪――」
 やはりそうか。
 オレは新学期の初めに髪を切った。
 高尾も最初はそうではなかったのだが、オレを避けるようになった。
「何で前髪を切っただけで避けられなければならないのだよ――」
「んー、高尾君て結構面食いだからねぇ……以前の緑間君とどうしても比べてしまって、戸惑っているのかもよ」
 なら、原因は高尾だ。
「高尾君、緑間君にどんな顔をしたらいいかわからないのよ。私は緑間君のその髪型、可愛くてお気に入りなんだけど、高尾君はそうではないのかもね」
 オレ達の友情は前髪ごときで壊れる脆いものだったのか。少し情けなくなった。
「緑間君はなあんにも悪くないんだから、普通にしてなさい」
「そうだな……」
「またきっといつもの高尾君に戻るよ」
 もし、オレが高尾の立場だったら――
 オレも戸惑うかもしれない。
「高尾君もわかってはいるんだ。『どんな真ちゃんでも愛するって決めたのに』と言ってたもん」
 高尾……何故それをオレじゃなくてひな子に言う……。
「ご不満そうね」
「まぁな」
 愛しているなら高尾、お前の口から聞きたかった……。でも、話を聞いてくれたひな子には感謝なのだよ。
「んじゃね。会計宜しく」
 そう言ってひな子はウィンクした。バニラシェイクを飲み終わったらしい。
「わかってるのだよ」
 オレは重い腰を上げた。

 ひな子の予言は当たった。高尾はいつもの高尾に戻った。オレは少しほっとした。――あくまで少しだけだからな。
「いやー、しかし、ひなちゃんから話を聞いた時は嬉しかったね。オレの独り相撲かな、と思ってたから」
 ある日の休み時間、オレ達は屋上で喋っていた。
「そうだったのか?」
「オレもさ……大人気なかったよ……真ちゃんは真ちゃんで、中身は何にも変わってないのにさ」
 ラッキーアイテムにこだわるところもね、と高尾は付け足した。おは朝は正義なのだよ。
「ねぇ、真ちゃん。これからもオレに付き合ってくれる?」
 オレは眼鏡のブリッジに手をやった。
「お前がそう言うなら、付き合ってやっても良いのだよ」
「真ちゃん……眼鏡かちゃかちゃうるさいんだけど……」
 高尾は笑った。ああ。何だか久しぶりに思える。高尾の笑顔。実際にはそんなに時間なんて経っていないのに。
「ツンデレなところも、優しいところも変わらないなぁ、真ちゃん」
 オレは少し面映ゆかった。
「ねぇ、真ちゃん、ちょっと屈んでくれる?」
「――何なのだよ」
 オレが屈むと、高尾がオレの額にキスをした。オレは思わず立ち上がった。
「なっ……なっ……」
「あはっ。この髪ならでこちゅーしやすいね」
 た、高尾のくせに……脅かすのではないのだよ。
 けれど――ちょっと嬉しかったりもする。
 高尾が自分の額をちょんちょんと指で突く。今度はオレの番、ということらしい。
 仕方ない。人事を尽くさねば。……しかし、キスよりデコピンしたくなる額だ……。ひな子もオレにデコピンしたいと言っていたが。
 高尾の黒い髪はさらさらだ。高尾が目を閉じる。いつもより可愛いと思ってしまうのは気のせいか? オレは高尾の肩に手を置いた。
「高尾……」
 そこで、ドアが開いた。三人の女子高生が。名前がわからないから、別のクラスの生徒だろう。
「きゃー! たかみどっ!」
「何言ってんの! みどたかよっ!」
「あんなにくっついちゃって悔しいっ!」
 ――姦しいのだよ。
「お邪魔しましたー」
「ちょっと待つのだよ!」
 女子達は行ってしまった。噂はマッハの速度で駆け巡るに違いない。オレがそう言うと高尾は、
「今更じゃん」
 と言って笑った。
 高尾はオレと噂になるのが嫌ではないらしい。
 オレも嫌ではないのだが、何となく腹が立ったので、高尾にデコピンした。

後書き
戸惑っている高尾に戸惑っている真ちゃん。
でも、最後の方ではわかり合えた様子。時系列的には前半が『真ちゃん、ごめん』、後半が『惚れ直したぜ! 真ちゃん!』あたりかなぁ。
細かいところが矛盾しているとこあるかも。元々はシリーズにする気はなかったんで。
2014.10.12

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