高尾クンの最悪な一日

 あー、たりー。部活がなきゃ学校なんて行きたくねー。
「態度がたるんでるぞ。高尾」
 むっ。んだなー。生真面目なエース様のいう通りか。
 でも、オレにだって言い分はある。
「毎朝チャリアカー漕ぐ身にもなってくれよ」
「貴様がじゃんけん弱いだけの話ではないか」
 そうだけどよー。もっと労り? というか相手の身になって言葉かけてくれたっていいだろ。だから友達いねぇんだよ。優雅なご身分のくせによー。
 まぁ、オレは友達っつーか、もっと深い関係のつもりだけど? でも緑間にとってはどうなのかなぁ。
 なんでかんで一緒にいるってのは、嫌いになれないからだよな。オレも。
 緑間は緑間で何考えてるかわかんねーヤツだけど、それでも少しは理解できるようになったと思うんだ。
 校庭でオレ達は男女数人に取り囲まれた。
 まただ。ここのところオレ達はよく人に囲まれる。最初は遠巻きだったけど。と、オレは他人事みてぇに考えている。オレ達になんか用か。
「高尾君と緑間君て仲いいねー」
 女子は『仲良し』が好きだ(雑誌名ではない)。
「いつも一緒にいるもんねー」
「仲良くなんかねぇよ」
 オレは吐き捨てるように呟いた。
 オレと緑間の関係は、周りではこう呼ばれている。
 王子様と下僕。
 へいへい、それでいいですよ。傍目にはオレは真ちゃんにつきまとっているだけだし、真ちゃんはオレのことを鬱陶しがっているし。
 だから、仲良くなりたくても相手にされないのだよ。……やべ、うつっちゃった。
「えー? 高尾君て、緑間君と仲いいんじゃないの?」
「ぜーんぜん」
 あれ? 周りの空気がおかしい。
 あー、空気を読むことにかけては天才的な高尾ちゃんが、これはハズしたかなぁ。
「絶対友達だと思ってたのに」
 オレの方はな。
 でも、緑間の方は……。
 オレは緑間の方に目をやる。
 真ちゃんが眼鏡を取っている。目元を擦っていた。
「緑間君……泣いてるの?」
 女子が訊く。
 焦点の合っていない緑の目がオレを射抜く。やべぇ……ドキドキしてきた。
「真ちゃん……大丈夫なのか?」
「ゴミが目に入っただけなのだよ」
 眼鏡してるくせに。
 でも、このわがままなエース様は、一体何で泣いてるんだよ。
 オレのことなんて……単なる下僕としてしか見てないんじゃなかったのかよ。
 畜生! ここで泣くなんてありかよ! 図体でけぇくせして!
「あーあ。高尾が緑間泣かしたー」
「いーけないんだ、いけないんだー」
 男子がはやし立てる。オマエら小学生か!
「高尾ってひどいヤツだよねー。行こ、緑間君」
 めそめそ泣いている真ちゃんを連れて女子達が慰めている。
 何だよ、ちくしょー。
 これじゃオレが悪いみてぇじゃねぇか。
 緑間も緑間だ。何で泣く?
 確かにオレはエース様の相棒を自称していた。
 でも、緑間に近づいた気が全然しねぇ。
 それにしても……何で真ちゃんこの頃人気者になってんの?
 このところ人当たりが柔らかくなってきたからかな。
 確かにすごいけどなー。真ちゃんの3Pシュート。
 そう。『緑間真太郎』の名はバスケ馬鹿だけでなく一般ピープルにも徐々に知れ渡っていったわけだ。
 前から「ミステリアスで素敵」「ちょっと変だけどそこがいい」なんて一部では評判だった緑間がクラスのアイドルになってしまった。オレとしては面白くない。これって嫉妬?
 ……そうだ。嫉妬だ。
 でも、謝ったら負けだ。
 オレはシカトを決め込むことにした。

 でも、授業を受けないわけにはいかない。幸いにして、というか、不幸にして、というか、オレと真ちゃんは同じ教室で近くの席だ。
「高尾……勉強でわからないところはないか?」
「えっ?!」
 オレの勉強具合の進展なんて、気にしたことなかったじゃねぇの。緑間。
 ちょっと嬉しくなってきたオレは緩む頬を引き締めて言った。
「別に……ねぇよ」
「そうか」
 話題は終わった。話の接ぎ穂が見つからない。
「ほっといていいよ」
「そうだよ、こんなヤツ」
 同じ班のヤツらも緑間の味方だ。
 オレは……敵視されている。
「高尾なんて大したことないさ。緑間の方がすごいんだからな」
 はいはい。仰せの通りですよ。
 でも、オレだって、緑間に近づきたいと――そればかりを願っていたのだから。
 にわか友達に負けるもんか。
 最初は反発した。けれど、反発しながらも惹かれていったんだ。
 好きにならずにはいられない。
 あの顔、あの声、あのシュート。天才っているもんだなとわかった。
 そりゃ、オレだって少しは才能ある方だって思っているけど――真ちゃんには敵わない。あの努力の姿勢、勝利に対する飽くなき執念。とてもマネできるものではない。
 広がるばかりの才能の差。嫉妬と緑間真太郎という存在に対する好意。
 好きなのに……想いが届かない。差は開くばかりだ。
「先生……具合が悪いのですが……」
 真ちゃんが片手を上げた。もしかしたら昨日の雨で風邪ひいたんじゃねぇだろうな。オレはハラハラし出す。
 ――はっ、だから、オレは関係ないって!
「オレが保健室に連れていきます」
「おう。じゃ、頼むぞ竹下」
「はい」
 教室を出る時、緑間が不安そうにこっちを振り向いたような気がした。くそっ。勝手にしやがれってんだ。

 その日、オレは真ちゃんと弁卓を囲まずに一人で屋上で味気ないコンビニのパンを食べた。

 部活に向かう途中、オレはつい真ちゃんを探してしまった。
 悪い、ごめん。気ぃ悪くした? オレ、大人げなかったよ。
 つい謝罪の言葉が頭に浮かぶ。緑間は許してくれるだろうか。
 オレだって……真ちゃんと仲良くしたいさ。でも、真ちゃんに仲良くしたいって意志がなければ仕方ないだろう。
 でも……オレはこのぎくしゃくした関係を何とかしたい。その為なら百万遍でも謝り倒すさ。
 謝ったら負けだ、と思った自分はどこへ行った? でも、頑なになって大事なものを失ったらどうしようもない。
 オレの大事なものは――やっぱり緑間真太郎だった。
 オレが角を曲がろうとすると――。
「好きです、緑間君」
 ふわふわした髪の小柄な女の子が告白してる場面に出くわした。
 うぉっとー。まずい場面を目撃してしまったぜー。オレはつい隠れてしまった。
 そっと覗き見ると――
 うん、まず顔は及第点。っつーかかなり可愛い。年上じゃないっぽいのがネックだけど(緑間のタイプは年上の女)。スタイルも悪くない。性格も良さそうだ。
 勇気を振り絞って告白したってとこかな。健気じゃないの。
 だが、緑間は――
「すまない。オレには好きな人がいる」
 と断った。
 ええええええっ?!
 緑間の好きな人って誰よ?!
 オレの知る限り思い当たる人物なんていないぜ。
 というか、あいつ人嫌いじゃなかったんかい?
「うん。緑間君モテるもんね。じゃ、恋が叶うといいね」
 そう言って女の子はくるりと後ろを向いて駆け出す。なんともいい子じゃないの。オレに譲ってくれないか。……なぁんて、無理な話だよな。
 オレが好きなのも緑間なんだから。
「高尾、聞いてたろ」
 いつの間にか目の前に195センチの図体が。
「あ……真ちゃん。聞きたくて聞いたわけじゃないんだけど……」
「まぁいい。それより練習をするのだよ」
「へい……」
 だが……今日の練習は散々だった。オレのパスもどこかキレが悪かったし、緑間も得意のシュートを外した。
「くっ……何故なんだ。こうしてラッキーアイテムも持ってきたのに……」
 緑間はわにのぬいぐるみに話しかけている。これだけ見てるとなんかちょっとアブナイ人だ。
「真ちゃん……おは朝観るのやめた方がいいかもよ」
「何を言う! おは朝の占いは当たるんだぞ。ちなみに今日は……」
「今日は?」
「……喋り過ぎたのだよ」
 おは朝にヒントが隠されているらしい。そういうことなら観れば良かった。さっき言ったことと矛盾してても観れば良かった。
 いつの間にかオレ達は普通に話していた。
 今日もまたチャリアカーを引くのもオレだろう。じゃんけんは弱い方ではないが、オレに言わせれば真ちゃんが強過ぎるのだ。
 でも……オレにはアレがまだしこりのように心の中に残っている。
 真ちゃんの好きな人って誰なんだ?
 いつものように、チャリアカーを引いて緑間を送っていく。だが、心の中はいつも通りではなかった。真ちゃんと一緒にいられるというときめきも幸福感もない。あるのは故のない緊張間だけ。
 オレは黙ってペダルを漕いでいた。真ちゃんも何も言わずに黙って甘いおしるこをすすっている。
「ねぇ、真ちゃん」
 緑間家の前でオレは質問する。オレはチャリから降りた。
「あの……告白のシーンを見てしまってから気になってたんだけどさ。真ちゃんの好きな人って誰?」
「…………」
 沈黙がオレを不安にさせる。口から心臓が飛び出そうだ。喉もからから。練習でかいた汗が冷たく感じて気持ち悪い。
「オマエには……関係ないのだよ」
 オマエニハカンケイナイノダヨ
 その一言に、オレはキレた。
「どうして! せめてオレぐらいには言ってもいいだろ?! 大体さぁ、オレって真ちゃんの何なの?! 下僕?! ただのパシリ?!」
「た、高尾……?」
 緑間はオレの剣幕に驚いているようだ。オレは――真ちゃんにあたっている。真ちゃんは何も悪くないのに!
「真ちゃんのバカ! 変人! 朴念仁!」
 オレは――真ちゃんを置いて駆け出していた。

 雨が降ってきた。
「はぁ……」
 そういや、『最後の雨』っていう歌あったな。
「ららら~らら~らら~らら~らら~♪」
 サビだけハミングしながら四阿へ行った。この雨はオレの気持ちにぴったりだ。寒い。もう氷雨の降る季節になったんだな。
 滴で服が重くなっている。裾をぎゅっと絞った。いっぱい水が出た。
 体が冷えてくる。靴の中にも雨水が入ってきた。
 はぁ……オレは真ちゃんの相棒失格だな。あんなことで怒って去ってしまうなんて。
 緑間は……いや、もうオレには関係ない。あんなヤツのことなんか。あっちだってオレに愛想つかしているに違いないんだ。
 泣くな。高尾和成。真ちゃん――いや、緑間と一緒に試合できるだけいいと思わなきゃ。
 オレは、真ちゃんの隣で幸せだった……。
「高尾!」
 え? これは幻聴? 幻覚?
 ――真ちゃんの姿が現れた。あんなに恋焦がれていた緑間真太郎の姿だ。
 オレは耐え切れなくなって、
「真ちゃーん!」
 と抱き着いた。雨と、それから制服と真ちゃんの匂い。
「ごめん……へそ曲げてごめん!」
 オレの顔も雨と涙でぐちゃぐちゃだった。
「高尾……オレは……オマエが隣にいるのを当たり前に思っていて、楽しくて――さっきはオマエには関係ないと言ったけど、関係は大有りだったのだよ。だから、その……」
 好きだ。
 オレの時が一瞬止まった。
 灰色の時が動き出すと、周りの景色はモノクロからカラーへ変わっていた。
「うん……うん……オレも……好き……」
「いつでも……ずっとオレのそばにいろ。オレはそれだけで……力が湧いてくるのだから」
「うん……」
「それから……おは朝の占いでは『大切な人とのすれ違いがあるかも』という結果だったのだよ。ちなみにオマエの星座は『滅多にないぐらいの最悪の日』というものだ」
「ふぅん」
「でも、ラッキーアイテムがあれば回避できるのだよ」
「オレ、ラッキーアイテムなんか持ってないぜ」
「今日のオマエのラッキーアイテムは鉛筆削りなのだよ。新しいものを買ったからやるのだよ」
 そう言って手渡されたのは赤い蓋のついた小さな鉛筆削り。
「ありがとう。大切にするよ、真ちゃん」
 もうとっくに幸せの絶頂なのだがせっかくの真ちゃんの心遣いだ。ずっと持っていようと心に決めた。
「……いつ渡そうかと機会をうかがってたよ」
 そんなところも可愛い……ありがとう、おは朝。ありがとう――真ちゃん。
 でも、真ちゃんの一番大切なラッキーアイテムはいつだってオレでありたい。ずっと持ち歩いていいかんね。

後書き
初めてのたかみど(みどたか?)の小説をアップします。
今とは趣がちょっと違うような気がします。ま、パイロットフィルムみたいなもんでしょうか。
ちなみにこれ書いた頃、『氷雨』というパソコン用のサウンドノベルやってました。懐かしいな。
『最後の雨』も好きな歌だし。
今日は高尾ちゃんの誕生日です。おめでとう!
2013.11.21

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