理想の相棒

(どうせ、オレは黒子じゃねーよ!)
 部活の後、高尾にこんなことを言われた。オレは思いがけない台詞に固まってしまった。高尾は帰ってしまった。
 一体どうしたと言うのだ。なぜそこに黒子の名前が出てくるのだ。
 オレも――悪かったのだろうか。
 きっかけはささいなことだった。オレは、心安立てに、「お前は相棒としてよくやっているのだよ」と話した。高尾も嬉しそうだった。
「真ちゃんがいるからだよ」
 そうとも言ってくれた。それなのに――。
 あ、高尾が真ちゃんと言ったのはオレのことで、オレの本名は緑間真太郎と言う。
 高尾はパスも正確だし、面白いヤツだし、実はとても優しい。でなかったら、オレなんかと付き合っていないはずだ。
(オレは面倒くさいか? 高尾)
(かなりね――)
(ふん。誰がどう思おうといい。オレは黒子にも疎まれていた)
(黒子に疎まれていたんじゃ、真ちゃんショックだったね)
 この辺りからおかしくなってきた。真ちゃんは黒子が理想の相棒だったんだね、なんて言うし。だから、オレも言ってやったのだよ。
 中学時代は青峰が羨ましかったのだよ――と。
(真ちゃん、黒子のこと、バリバリ意識してるもんね。そんなに黒子がいいなら誠凛に行きゃよかったのに。そしたらオレも心置きなく真ちゃんと戦えたのに)
(お前なんかが人事を尽くしているオレに敵うはずないだろう)
(ああ、じんつくじんつく。真ちゃんはいっつもそれだ。――どうせオレは黒子じゃねーよ!)
(論点がずれてるのだよ)
(うっせぇな! 黒子に相手にされなかったのもわかる気するぜ!)
(高尾!)
 高尾は駆け出して行った。
 オレは――そんなに黒子にこだわっているだろうか。
「高尾……」
 オレは、つい想い人の名を口にしてしまった。
 あいつはいつもオレのことを支えてくれていたのに。まぁ、女房役といおうか。オレのわがままにも笑ってついてきてくれた。
 失ってみてわかったのだよ。高尾の良さが。黒子のことが気になると言うのもまぁ、本当で、黒子の出る試合を見る機会も多かった。
 高尾、あいつはそんなオレをどんな気持ちで見てたんだろうな。
 高尾和成。あいつはオレの理想の相棒だったんだ。
 今頃、わかるなんて――。
 やっぱり、今日のおは朝占いは蟹座は十一位だったのだよ。ラッキーアイテムも持っていたのに……何がどうしてこうなったのだよ。
 チャリアカーを漕ぐ気にもなれずに、オレは、歩いて帰った。
 あいつのことだから、翌朝になったら平気な顔してオレの家に来るだろうか。いつぞやの如く――。
 とっておきの攻撃法も編み出したのにな。これからという時に――。
 オレはふーっと溜息を吐いた。
「どうしたんですか?」
「な……黒子?!」
 噂をすればなんとやらか。考えていただけで噂しているわけではなかったのだが。
「黒子。話がある」
「はぁ……」
 オレ達は近くのマジバへ寄った。
「オレは――高尾と喧嘩した」
「高尾君……とうとう緑間君に反旗を翻しましたか」
「どういう意味なのだよ……お前のせいでもあるのだよ」
「何か訳がありそうですね」
「あいつは――『オレは黒子じゃない』と言って走って帰った」
「ああ……それは……」
「『このオレが――黒子に相手にされなかったのもわかる』とも言っていた」
「緑間君……」
「オレは――そんなに酷いだろうか」
「はい」
 黒子はズバリと言った。
「お前な――そういう時は嘘でも『そうじゃないです』と言ったらどうなのだよ」
「でも、事実ですから」
「――まぁいい」
「心当たりはないんですか?」
「特にない。確かに黒子の話を持ち出したのはオレだが――」
「高尾君は緑間君の横暴によく耐えてましたよねぇ……」
「火神だって横暴だろ」
 オレの言葉に黒子が勢いよく立ち上がった。
「そんなことありません! 火神君は優しいです!」
「だったら、オレの気持ちもわかるだろ。横暴と言われていい気はしないのだよ」
「……そうですね。すみませんでした」
 黒子は再び席に着いた。
 確かにオレはワガママだ。自覚はある。高尾にチャリアカー牽かせたり(じゃんけん制だけど)、下僕と言ったり、ラッキーアイテムを探すのに協力させたり――。
 あいつはげらげら笑いながらもついてきた。唯我独尊のオレが好きらしい。オレの相棒をつとめることができるのはあいつぐらいのもんだろうな――。
 そういう、想いのたけを黒子に話すと、黒子は間を取る為にバニラシェイクを啜ってから言った。
「君は、高尾君のことが好きなのですね」
「ああ――あいつと会って一年も経ってないのに、ずっと前からの知己のような気がするのだよ」
「愛されてますね。高尾君」
「あ……愛……?!」
「あ、すみません。びっくりさせてしまいましたか?」
「い、いや……」
 何故見抜いた黒子!
 確かにオレは、あいつを愛している。気色が悪いと言われようと――愛してたんだ……。
 オレはズボンの布地をぎゅっと握った。バニラシェイクを飲み終わった黒子が提案した。
「一緒に――高尾君の家に行きませんか?」
 高尾の家――。チャイムを鳴らす。高尾和成の妹、夏実が出てきた。
「はーい。あ、真太郎さん、こんばんは。そちらの方は?」
「黒子テツヤです。初めまして」
「初めまして――あ、真太郎さん。電話しようかと思ってたところだったんですよ。お兄ちゃんが様子が変なんで」
「え?」
「取り敢えず上がってください。えーと、黒子さんも」
「どうも」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、真太郎さん来たよ」
 夏実がドアをノックする。
「――今、会いたくない」
「黒子さんという人も一緒よ」
 がたがたっと物音がした後、高尾が部屋から出てきた。膝を押さえている。どこかにぶつけでもしたんだろう。
「よぉ……黒子」
 むぅ……オレのことは明らかに無視か。
「高尾、話がある。聞いてくれ。――オレの理想の相棒はお前だ」
「は?」
「緑間君……過程を飛ばさないでください。時々ついていけません」
 オレは――高尾と話した。話が進むにつれ、高尾の表情が和らいだ。
「なんだ……オレは真ちゃんが怒ったのかと思った――オレ、黒子にコンプレックス持ってたんだよ。黒子は中学時代の真ちゃんのことも知ってるし。オレは……黒子に嫉妬してたんだ。だからつい――あんなこと言って。オレは自分で、今はまだ黒子に敵わないこと知ってるからさ。真ちゃん。酷いこと言って、ごめん」
 今はまだ、ということは未来に期待しろということか? そうなのか? 高尾。
「いいのだよ。オレだって言いたいこと言った。高尾……これからも相棒でいてくれるか?」
「あったりまえじゃん!」
 ――オレは、嬉しさのあまり言葉が見つからず、無言で勢いに任せて高尾の背中に腕を回す。夏実が、「あれ? 黒子さん、いつ帰ったんだろ」と、首を傾げていた。本当に、いつの間にかいなくなっていた。

後書き
黒子に嫉妬する高尾クン。可愛い……(笑)
私の書く緑間クンはよくデレると思います(笑)。
2016.7.2

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