オレに勝てるのはオレだけだ

「オレに勝てるのはオレだけだ――」
「え? 何々真ちゃん。何か言った?」
 高尾か――こいつはいつもオレに構って来る。それが快くないこともないので、オレは放っといている。取り敢えず今は写生の時間だ。
「ん? オレに勝てるのはオレだけだ、と言ったのだよ」
「ふぇ~。自信満々。――すごいね。流石キセキの世代!」
 キセキの世代。帝光中の、オレを含めた天才五人の総称だ。因みにオレは帝光中のNo.1シューターと呼ばれていた緑間真太郎だ。
 え? 随分しょってるって。うるさいのだよ。人事を尽くしていたら自然とこうなっていただけだ。
 だが、あいつらとそして――幻の6人目とは比較的仲が良かったかもしれない。学校帰りに菓子などを買って食っていた。運動はエネルギーを消耗する。オレは食欲は普通の方だが――断じて紫原のような食欲大王ではないが――それでも動けば腹は減る。
 あいつらと食べたアイスの味、美味しかったな――。甘い香りも好もしかった。オレは特にソーダ味が好きだった。人工添加物の塊だとわかってはいても。
「真ちゃん、真ちゃん」
 高尾がオレの目の前で手をぴらぴらさせる。
「ああ、済まない。感慨に耽っていたのだよ」
「うん。知ってる。真ちゃん最初の頃一人でいること多かったもんね」
「あいつも一人でいたのだよ――いつ頃からか……」
「あいつって?」
「青峰大輝。帝光中のエースだった男だ」
「ふぅん……」
「因みに、さっきの『俺に勝てるのは俺だけだ』と言ったのもヤツだ」
「真ちゃんのオリジナルじゃなかったんだね」
「あいつには詩の才能があるのだよ。きらりと光る言葉を言わせたらオレもきっと敵わないのだよ」
「あー、うすーく知ってるかも。そいつ、詳しく言うとどんなヤツ?」
「ガサツ、スケベ、アホと三拍子揃ったヤツだ」
「うへぇ……」
「で、先程の話なんだが……」
「――まだあんの?」
「あいつはあの頃絶望してあんな台詞を吐いたと思うんだが……オレには違う意味に聞こえたのだよ」
「どんな?」
「オレも心のどこかで――自分の敵はオレしかいないと思っていた。だから、オレにはその言葉は希望の光に思えたのだよ」
「だよねー。過去の自分より今の自分が成長してりゃ、それでよくね?」
 ふ――流石高尾。わかってくれるのだな。オレが見込んだだけのことはある。
「あの言葉にポジティブな意味があること、ヤツは知ってんだろうか……」
「知らなくても、いずれ知る時が来るんじゃない?」
 高尾がバナナを食べ始めた。どっから持ってきたんだ?
「高尾、早弁するな」
「バナナは弁当に入りません」
「じゃあ、一口寄越せ」
「それならいいよ――あー、そんなに取って……もう」
「旨いな」
「木村青果店のバナナですからね」
 高尾が笑う。旨い訳だ。しかもあそこの店は安い。
 それにしても――青峰はどうしているのだろうか。悪いヤツではなかったんだが……。あいつは桃井と一緒に桐皇へ入学した。
 今年の桐皇は強い。
 それを言うなら、誠凛だって強くなっていたのだよ。秀徳が負ける程に。決して侮れないダークホースだったのだよ。まぁ、あそこは黒子がいるからな。高尾がちょいちょい余計な口を挟むが、どうしても無視できない相手であったことは事実だ。
 オレに勝てるのはオレだけだ――。
 青峰には気づいて欲しい。その台詞は決して絶望の台詞じゃないと。例え絶望から生まれたにしても。
 オレも、今日の自分に勝つ。
 青峰――今もまだ落ち込んでるか? バスケは楽しくやっているか?
 お前は強くなるごとにぎらぎらした熱気を纏いつかせるようになったのだよ。それでも、心は冷え冷えとしていたのだろうから皮肉な話だ。
 青峰よ。敵は己の中にある。克己せよ。青峰大輝。
 オレはそんなことを考えているが、手はちゃんと動かしている。
 高尾が言った。
「しーんちゃん。絵見せて」
「……恥ずかしいのだよ……」
「だーいじょうぶ。笑ったりしないから」
 だが、そんな約束もどこへやら――数秒後、高尾はげたげた笑い転げることになる。笑い過ぎで呼吸困難でも起こして死んでしまえ。
 けれど――確かに高尾の絵は上手い。バスケを辞めてもイラストレーターや画家で食っていけるな。食いっぱぐれのないところが、唯一、高尾に対して羨ましいと思う部分だ。
 まぁ、オレは人事を尽くすのみなのだよ。どのぐらい? ――全生涯かけても。
 そう。オレ達はいつも己を磨いている。秀徳のバスケ部は皆人事を尽くしている。この学校に来て良かったと思っている。
 今度は誠凛にも桐皇にも負けない。取り敢えず今は目の前のことに集中するべきなのだよ。例えば色を塗るとか。
 あの時から――インターハイが終わってから、オレは青峰と話をしていない。オレは愕然とした。
 あいつらは誠凛には勝った。だけど、洛山には負けたのだよ。秀徳は――格下ということになるな。
 隣では、描き終わったらしい高尾がうーんと伸びをする。こういう時には余裕綽々なのだよ。全く。しかもあざとく計算高いから油断のならないヤツなのだよ。――まぁ、オレの相棒なんてそんなもんだろ。
 青峰は――隣に誰かいるのだろうか。桃井さつきか? うーん……。
 青峰も桃井ももう結婚してるようなもんだと思うがなぁ。いい加減倦怠期なんだろうな。桃井は黒子に走り、青峰は何とかいうモデルに首ったけなんだそうだ。桃井とは今でもちょくちょく連絡を取っている。
 桃井に、黒子は好きか?――と尋ねたら、
(うん! テツ君大好き! 世界で一番好き!)
 との答えが返って来た。オレは――桃井の気持ちも知らなかった。けれど、黒子にだって火神がいる。
 誠凛の快進撃は、火神。そして黒子――幻のシックスマン――投入の力も大きい。元々あそこは粒ぞろいだったけれど。しかし、あそこも去年の戦いでは対秀徳戦もトリプルスコアで負けている。そこからよく立ち直ったものだ。
「黒子も高尾もオレも――オレに勝てるのはオレだけだ」
 それは背中をとん、と押してくれる魔法の言葉であるような気さえしてくる。オレの座右の銘『人事を尽くして天命を待つ』という諺と並んで。それさえ聞けば躊躇もなくなる。
 どうせ人間、自分の為に生きているのだ。壁にぶつかった時、頼れる仲間がいても、その壁を超えるのはオレなんだ。
 だから、オレは今日も勝つ。今までの自分自身に。
 青峰、ありがとう。素晴らしい言葉をありがとう。オレは口は悪いと言われるが、腹は綺麗なつもりだ。お前の才能、確かに認める。
 あいつはアホ峰と呼ばれることもあるが、アホでは桐皇のエースは務まらない。まぁ、あいつは本能でバスケをやっているのだろうな。火神と同じく。
 良かったな。青峰。仲間が出来て。
 青峰と火神はどこか似ている。どちらも黒子の光同士というのがあるかもしれないが。
 ――ここでもまた、黒子と言うキーパーソンが出て来る。黒子テツヤ。お前は一体何者だ?
「しーんちゃん。終わったよん」
 気づくとチャイムが鳴っていた。オレは名残惜しさを感じながらその場を後にした。高尾はオレが人事を尽くして描いた絵を見てまた笑った。

「ねぇ、真ちゃん。さっきからずーっと考え事ばかりしてない?」
 高尾が囁く。
「先生に聞こえるのだよ」
「んじゃ紙回す」
 高尾の書いたメモにはこう書いてあった。
『何考えてたの?』
 俺は返事をして書いてやる。
『克己』
『他には?』
『オレに勝てるのはオレだけだ』
『青峰のこと、考えてたの?』
 俺は少し迷って――
『そうだ』との返事を送ってやった。先生にメモが見つかったが、怒るに怒れなかったらしい。だが、罰としてメモに書いたことは読み上げられさせた。今日のおは朝、蟹座は十一位だったのだよ。
 ラッキーアイテム――そうだ。今日のラッキーアイテムは面相筆だったのだよ。写生の時間が終わった後、絵具やら何やらと一緒に片付けてしまったのだよ。
「先生。ラッキーアイテム取って来てもいいですか?」
 そう言うと、先生はますます妙な顔をした。こいつは何を言っているんだ?と不思議そうな顔だ。もう、中学から成績はいいが奇行に走る生徒として扱われてきたのだ。人事を尽くす為なら、変に思われることなど、どうってことない。
 ――高尾のように面白がってるヤツもいるし。
 だからこれはオレのキャラではないのだが――青峰、お前も笑顔で言える日が来るといいな、と思った。例えライバル同士であっても。
『オレに勝てるのはオレだけだ』――と。
 今のオレにはもう、青峰は止められない。だが、火神なら――と淡い期待を寄せる。きっと、天才のいるところには同じくらいの力量のライバルもまたいるものなのだ。これは不思議としかいいようがない。火神なら青峰のあの言葉を受け入れるはず。全く正反対の意味で。

後書き
2018年1月のお礼画面小説です。
こんなタイトルですが緑高です。青峰の台詞から。青峰って実は頭いいんじゃないかと思う。
でも、こんなタイトルで緑高書くなんて――私って本当に緑高が好きなんだなぁ……。
2018.02.02

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