オレがアンドロイド ~もしも緑間がアンドロイドだったら~

 空が泣いているのだよ……。
 オレはどうにも泣けない。どうしてだ。相棒が――いや、恋人が死んだと言うのに……。
(真ちゃん)
 今も、高尾和成の明るい声が聴こえる。つまり、それがオレの相棒兼恋人。
 高尾はいつも笑っていたが、その時にはオレも笑えていただろうか……。あいつとバスケをやっていた時は、あんなに楽しかったのに……。
 今。オレはあいつが死んだと言うのに、泣けない。
 オレは、心のない機械ででもあるのだろうか。いや、心がないわけではない。けど――。
 こんな時に泣けないなんて、オレはやはり人間ではなく、機械か何かなのだろうか――。
「その通りですよ。緑間君」
 黒子テツヤの声が聞こえた。黒い傘をさしている。
「黒子……!」
「――どうも」
 黒子が礼をする。
「この度はご愁傷様でした――」
「それはいい。貴様は今、何と言った?」
「ああ。緑間君が、『オレは人間ではなく、機械か何かなのだろうか』と言ったので、その通りだと答えました」
 な、に――?
 オレはいつの間にか考え事を口に出して言っていたらしい。しかし、まさか黒子に機械だと言われるとは――。
「黒子! オレは確かに親友の死に涙ひとつ流せない非情な奴だ! しかし、機械と言うことはないだろう!」
「でも、事実なんです。緑間真太郎君――と言うのはキミのことですが、ボクの両親の勤める研究所が開発したアンドロイドなんです」
 何だと――?! オレはつい叫んでしまった。
「悪ふざけが過ぎるぞ! 黒子!」
「では……火神君、こっちに来てください」
「ああ」
 うっそりと、火神の巨体が出てきた。――まぁ、オレはこいつより身長は高いわけだが。
「火神君にも協力してもらいました。火神君とボクの両親はアンドロイドの権威なんです。彼の両親とボクの両親は仲がいいんです」
「つっても、オレが黒子に会ったのは高校が最初だけどな」
 火神も傘をさしている。
「濡れますよ。緑間君」
 黒子が傘を差し出した。
「いいのだよ。――オレがアンドロイドなのなら、雨に濡れても風邪をひくことはないはずだろう?」
「さすが緑間君。話が早くて助かります。――けれど、雨が体内に入って中の機械がショートしたらどうします? そんなことはまずないように処理は施してると思いますが万一ということもありますから」
「…………」
「戻りましょう。さぁ」
 ――これでわかった。オレが、泣けない訳が。オレは、アンドロイドだったのだ――。

「これからどうします? 緑間君」
 葬式の後、黒子が訊いた。
「待ってる」
「――高尾君を?」
 オレはこっくりと頷いた。
「高尾が転生して、この地上に来るのを待ってるのだよ」
「そうですか――高尾君が来たら、キミにはわかりますか?」
「――わかる」
 オレには確信があった。高尾がこの世に来たら、会えたなら、わかる。
「幸せ者ですね。高尾君は」
「お前にも火神がいるのだよ」
「――そうでしたね。けれど、アンドロイドと言っても永遠に生きられる訳ではありませんよ。特に緑間君は開発途中の、人間の感情を持ったアンドロイドですから――」
「早くあの世に行けた方が、高尾に会うのが簡単でいいのかもしれないのだよ。例えあの世に行くことになっても、高尾に会えるなら――」
 オレの返答に、黒子はふっと笑った。オレには訊きたいことがあった。
「なぁ、黒子――高尾は、オレがアンドロイドだと知っていたか?」
「――ええ。彼のようなタイプは、味方に引き込んだ方が有利だと踏んでましたので」
「そうか――」
 オレがアンドロイドと知ってさえ、あいつはオレと普通に付き合ってくれた。まるで、オレが一人の人間みたいに――。
(真ちゃんは真ちゃんだもん、な)
 そんな言葉さえ聞こえてきそうな――。
「ボク達の見立てによると、緑間君の寿命は、後八十年くらいです」
 八十年か――。まぁ、長生きな人間ならそれぐらいは生きるだろうか。オレが今、二十歳かそこらだから――。尤も、記憶も操作されてるかもわからんが。
「――気が変わった。オレも、お前らの研究に付き合うのだよ。高尾を待ちながら」
「いいんですか? 緑間君」
 黒子が目を瞠った。オレは黙って首を縦に振る。
「そうですか。では行きましょうか。ただ――キミの魂は研究中に死んでしまうかもしれませんが」
「構わない」
 オレははっきりと言った。
「高尾のいない世界に生きていてもムダなのだよ」
「緑間君――高尾君も言っていましたが、君はそこらの人間より、ずっと人間らしいです」
「――ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方です。協力してもらって――」
 その後、オレは車に乗って黒子達と研究所に向かって行った。雨はまだ止まない。黒子の話では、高尾もオレを基本的には人間と同じだと見做してくれていたようだ……。泣きたいのに泣けないのは、辛い。

「真ちゃん――」
 オレが瞼を開くと、そこには生前の高尾の笑顔があった。
「高尾――」
 オレは、死んだのか? 高尾に会えるなんて。これは幸福な夢なのか?
「高尾、オレは――」
「ああ、ここは死んでから来ると言う、俗に『あの世』と言われてる場所だよ」
「黒子に、黒子に連絡しないと――」
「無駄だよ。真ちゃん。今まで真ちゃんがいた世界とこの世界を結ぶ方法はまだ確立されてないんだ。最有力候補である『夢』と呼ばれる現象自体、研究途上だってのにさぁ……。でも、オレ達は確かにこの世界から来たんだ。――黒子はもうとっくに死んで転生してるよ。真ちゃんは――初めて死後の世界に来たアンドロイドということになるのかなぁ」
 ――そうか。そうだったのだよ。黒子も死んだのだ。だが、黒子には悪いがそんなことはどうでも良かった。
 どこかで幸せになってくれ。黒子。オレは心の中で手を合わせた。オレは幸せだ。――高尾に会えたのだから。高尾の夢は沢山見たけれどこれは多分本物だから。
「高尾、会えて嬉しいのだよ」
「――オレもだよ。真ちゃん。オレ、ずっとここで真ちゃんを待ってたんだ」
 深く体の芯を揺さぶられたオレは高尾を抱き締めた。高尾もぎゅっとオレを抱き締め返す。高尾が上目遣いでこちらを見る。
「真ちゃん――何かやりたいことってある? 真ちゃんも転生できるなら」
「ああ――オレは、人間となってお前と生きたい」
「わかった。――神様がきっと聞き届けてくれるよ」
「神様?」
 そんな存在は本当にあるのだろうか。運命ならわかる。生前オレは、運命に選ばれる為に人事を尽くした。おは朝占いにも従った。
 神と運命は違うのだろうか。そんなことで悩んだ時期もあった。結局、オレは運命に従うことにした。運命とは流れのことだ。神は人格化された人間を超える何者かだ。しかし、それはやはり人間が作ったものだから不首尾もあると思っていた。今までは。
「高尾。お前は神様を信じていたのか?」
「うん。そりゃま、人並みに? 信じない理由もなかったからね。今は――神様って本当にいると思う。オレと真ちゃんを会わせてくれたんだから」
 ……神様、本当にいるんだったらオレは――
「オレは、高尾と生きたいのだよ」
「うん。わかってる。オレも真ちゃんと一緒に人生歩みたい」
 そう言って、高尾はこてんとオレの胸元に頭を預けた。光が現れる。オレ達は抱擁を解いて手を繋いだ。
「この光を通ったら地上に行けるよ。でも、しばらくは真ちゃんとはお別れだね。――すぐに会えるけど」
「お前と早く会えるよう、人事を尽くすのだよ」
 そして、オレと高尾は光に包まれた。バイバイ真ちゃん――高尾の姿が見えなくなった。

 ――十数年後、緑間真太郎は高尾和成と再会した。

後書き
風魔の杏里さんの書き込みにヒントを得て書きました。
ミザリィは出て来ません。
このお話は風魔の杏里さんに捧げます。
2015.7.4

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