オレのアンドロイド ~高尾編~

 ――オレが気が付くと、そこは白い靄のかかった変な空間だった。オレががば、と跳ね起きると、
「高尾君」
 美しい黄緑色と紫色の髪をした絶世の美女が立っていた。
「お久しぶりね」
「ミザリィさん――あれ?」
 確かオレはぬこと遊んでいて事故に遭って――すごく痛かったけど、今は痛くない。
 もしかしてここは――あの世? ミザリィさんはあの世の使者ってわけ?
 だとしたらすげー納得。ミザリィさんみたいな美女、滅多にお目にかかれないし。まぁ、オレは真ちゃんの方が好きだけど。
「あなたを生き返らせるわ」
 見た目に似合った美しい声でミザリィさんは言った。
「え? どうやって? ていうか、オレ死んだの?」
「ええ」
 ミザリィはあっさり言った。
「でもね、あなたを生き返らせて欲しいって依頼があってね」
「誰ですか? そんな物好きは」
「僕です」
 黒子――。
「てっちゃん!」
 オレは叫んでいた。黒子テツヤ。誠凛高校バスケ部出身。オレと緑間のライバル。
「あなたの体は火葬されたから、アンドロイドに魂を吹き込むわよ」
「アンドロイド――?」
「ええ。それが依頼内容よね。黒子君」
「僕は――高尾君を生き返らせるよう頼んだだけです。高尾君が死んで、緑間君は生ける屍と化してしまいましたから」
 生ける屍? あの真ちゃんが?
 こう思うのは不謹慎かもしれねぇけど――嬉しい!
 だって、オレの死は真ちゃんにさえダメージを与えたことになるんだろ? 生ける屍と化すぐらい。
「いやー、高尾ちゃん、愛されてんなぁ」
「え?」
 黒子は訳がわからない、という風に首を傾げた。
「だって、オレがいなきゃ生ける屍なんだろ? 真ちゃん。早く真ちゃんのところに戻らないと」
「ちょっと説明させてね」
 あ、ミザリィさん。
「あなたはアンドロイドだけど、私を感動させることができたら、元の人間の体にも戻れるのよ」
「人間の体に――」
 それって、生前のように生きることができるってことか。そしたら、嬉しいなぁ。親父やお袋や、妹ちゃんにも会いたいし。――何よりまず、真ちゃんに会いたい。
「アンドロイドの寿命は長いわ。どう生きるかはあなたの手にかかっているの。人間に戻りたいと思うのも自由よ」
「でも、ミザリィさんを感動させるって――どうやって?」
「高尾君。人を真に感動させうるのは、真実の愛しかないのよ」
 そう言ってミザリィは微笑んだ。

「これに入るの?」
 それは棺桶。
「そうよ――これを緑間君のところに届けるの」
 ミザリィはパチッと指を鳴らした。オレは意識を飛ばした。
 やがて――唇に柔らかい感触が触れた。
 誰だろう――オレには触覚はないはずなのに。というか、五感はしばらくは自由に働かないはずなのに。
 えいっとばかりにオレは瞼を開けた。
 オレの唇に触ったのは、どうやら真ちゃんの唇であったらしい。――オレは、触覚を取り戻しつつあった。
 ホークアイは生前のままらしい。ミザリィさんによると、『アウターゾーン』からの贈り物であるからだそうだ。オレとホークアイは切っても切り離せない。だから、オレは、鷹の目の少年と呼ばれるんだ。
 真ちゃん――オレ、帰ってきたよ。
「真ちゃん、おはよ」

 ――ある夜、オレは夢を見た。すごくリアリティのある夢。覚めてからも忘れられなかったくらいだ。
 その夢の中では、オレだけでなく、真ちゃんもアンドロイドだった。暗闇に二人寄り添っている。それをオレが空中から見ている。
「そろそろ寿命だね、真ちゃん……」
「ああ……口をきくのも、しんどいのだよ……」
「オレさー、まさか地球最後の日まで生きるとは思わなかったよ……真ちゃんと一緒じゃなかったら、気が狂っていたかもな」
「オレも……高尾、オマエがいてくれてよかった……」
「えへ、真ちゃんのデレ」
「茶化すな、高尾。少し黙れ……」
「家族も妹ちゃんも、とっくの昔に亡くなっちゃったね……」
「…………」
「ねぇ、真ちゃん。あの世へ行ったら誰に会いたい?」
「……リコ……」
「ああ。元誠凛バスケ部の監督さんだね。――他には?」
「く……黒子……」
 真ちゃんは宙に手を差し伸べて滂沱の涙を浮かべた。
 ――間もなく、真ちゃんは機能停止した。
「わかってたよ、オレ。真ちゃんが本当は誰を好きだったか。オレ、真ちゃんの心から黒子を追い出すこと、できなかったね」
 それでも、愛してるよ。真ちゃん――。

 カツン、とヒールの音がした。
「どうかしら。緑間君がアンドロイドになった場合のビジョンのひとつよ」
「ミザリィさん!」
 オレは、ミザリィさんに泣きつきたいのを我慢した。
「ミザリィさん、今からオレの言うことは聞かなかったことにしてください。オレ、真ちゃんを縛り付けたくない。でも、それは建前で、本当は、真ちゃんのこと、独占したかった。でも、真ちゃんが本当に好きなのは黒子で――」
「高尾君。言うだけ野暮だけど、緑間君はもうとっくにあなたに縛り付けられてるわ。しかも、本人はそれを心地いいとさえ思っているのよ」
「……真ちゃん……」
「お帰りなさい。あなたの世界へ」
「――わかりました」

 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……
 目覚まし時計でオレは目を覚ました。隣には誰よりも愛しい恋人が。
 それにしても、いつ見ても生きてんだか死んでんだかわからない寝方してんなぁ……オレはさっきまで見た夢を思い出してぶるりと体が震えた。
「真ちゃん。朝だよ。生きてる?」
 パチッ。真ちゃんの瞼が開いた。相変わらず睫毛が長い。
「おはよう、なのだよ。高尾」
「えへへ……」
 真ちゃんが起きてくれたのが嬉しくて、思わず頬が緩む。
 真ちゃんの心の中から黒子のことを追い出せなくても――オレは自分のやり方で真ちゃんを愛する。
 オレは人間の体に戻れたことが嬉しい。真ちゃんと、短いようで長く、長いようで短い先の人生を歩めることが嬉しい。
「オレ、朝飯作ってくるから」
「高尾」
「なに?」
「オレは――お前が好きなのだよ。今でもそれは変わらない」
「んじゃどうする? 結婚でもする?」
「それもいいな」
 何となく、はぐらかされてしまったような気がする。いや、はぐらかしたのはオレの方だ。
(真ちゃん、黒子のこと、オレより好き――?)
 だが、それを訊くのは真ちゃんに対する冒涜のような気がした。それに、ミザリィさんも保証してくれたではないか。緑間真太郎は高尾和成――つまりオレのこと――が好き。それ以外のことはどうでもよいことのように思えた。

後書き
緑間君は黒子君のことが好き。少なくとも、高尾がそう思い込んでいるところもあるという設定。
でも、緑間は高尾を愛してるんだからね。例え過去に誰を好きになろうと。
2015.6.29

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