オレのアンドロイド 10

「ミザリィ……」
「おじいちゃん!」
 ミザリィは髭を生やしたサングラスの年輩の男に笑いかけた。その顔は、クールな彼女に慣れた者にとっては、
「ミザリィはこんな顔もできるんだ……!」
 と、驚く程の可愛さだった。
「マジック・セラーと呼びなさい。ミザリィ」
「だって、おじいちゃんはおじいちゃんだもの」
「全く……」
 マジック・セラーはキセルの煙を吐いた。
「どうしようもない孫だ。お前は……あの高尾和成という少年を元に戻した時、アウターゾーンの力を使っただろう?」
「ええ。おじいちゃん。それが一番いいと思って」
「やれやれ。お前はいつも私に尻拭いをさせる……」
 だが、それが決して嫌ではなさそうなマジック・セラーであった。

 * * *

「へい、真ちゃん、こっちこっち」
 オレはダッと駆け出す。高尾がかわす。
 高尾はそのままシュート、と見せかけて、ドリブルに切り替える。
 高尾はぺネトレイトが上手い。将来は一流のぺネトレイターになるだろう。そうなるには高い技術が必要なのだ。高尾のアジリティーも伸びている。だが、オレも負けん。
 レイアップシュートを高尾が決めた。
「うしっ!」
 高尾がガッツポーズをする。だが、油断するな、高尾!
「むっ!」
 高尾が顔をしかめた――ように見えた。得点されてもボールはまだ生きている。オレはボールを奪取しその流れのままシュートを放った。
 我ながら鮮やかなシュートだ。このオレ、緑間真太郎は伊達にキセキのNo.1シューターの名を誇ってはいない。3Pでなかったのは惜しいが。
「ちぇー。今度こそ勝てると思ったのによぉ。あいこかぁ」
 高尾が口を尖らす。
「ふふ、オレから点数を取れるようになっただけ、上手くなったのだよ。しかも、まだまだ伸びしろがある。だが、すぐ油断するのは直した方がいいのだよ」
「へいへい。でも、ずりーよ、真ちゃん」
「何が?」
「その存在自体がずりーんだよ」
「高尾」
 オレは周りの目を盗んで高尾の額にキスをした。
「もう……真ちゃんたら」
 高尾は手をパタパタと動かした。
「急にデレるんだから――やっぱりずりー」
「高尾。お前の額、温かくなったな。血が通っている証拠なのだよ」
「そうだね――ミザリィさんのおかげだよね」
 高尾はくすっと笑った。――可愛い。このところ、高尾がやけに可愛くて、可愛くて仕方がない。もう二度と離さないのだよ。だから――。
「高尾。もう二度とオレの前からいなくならないでくれ」
「ええっ?! 急に何?! でも、行かないよう。真ちゃんも、オレの前から黙って消えないでね」
 オレ達は軽くこつんと額をぶつけ合った。
「オレは消えないよ、もう二度と」
 高尾が微笑む。オレも――お前から姿を消すことはないだろう。
「一生一緒だかんね。嫌?」
 と、高尾。嫌な訳があるものか。
「お前こそ――何があってもお前をもう二度と離さない」
 高尾は面映ゆそうに笑う。ここがコートでなかったら押し倒しているところだ。高尾はこのところ急に色っぽくなった。バスケの腕もオレとの1on1で磨いている。――高尾の固定のファンもついている。
 いつか、高尾のファンに殺されるんじゃないだろうか。オレは、冗談抜きでそう思っている。
 救いは、高尾がオレにぞっこんだと言うことだ。そして、このオレも――。
 アンドロイドでも人間でも、高尾は高尾なのだよ。だが、高尾を人間に戻してくれたミザリィ、そして、ミザリィに助けを頼んだ黒子にはやはり感謝しかない。
 高尾、オレはお前を見つめて生きていく。
「もう一度やる? 1on1」
 オレに否やはなかった。――今度も接戦だった。強くなったのだよ。高尾。
 オレ達はやっぱりバスケ馬鹿なのだ。ベッドの上での行為だけでなく、オレは高尾のバスケも好きだ。チームで戦うバスケも好きだ。
「オレ、アリウープの練習もしようと思うんだ」
「すればいい」
「やっぱり青峰に教えてもらった方がいいかな」
「ああ。――だが、あいつのは天賦の才もあるからな。教え方はかなり大雑把だと思うぞ」
「そうだねぇ。……真ちゃんは教えるの上手だよね」
 オレは何と言っていいかわからずにちょっと口元を歪ませた。
「真ちゃん……可愛い」
 お前こそそんな可愛い声を出すななのだよ。オレは周りを見回して高尾の唇を盗んだ。
「真ちゃん……ずるい。オレ、真ちゃんより背高かったら良かったな」
「紫原みたいになるのか?」
「あー……あれはねー……」
 高尾が遠い目をする。やはり、高尾はこのままがいいのだよ。紫原は何といってもデカ過ぎる。2m超えてるものな。
「お前はお前でいいのだよ」
「でもさー、不意打ちにキスされるのって、いっつもオレじゃん。背伸びしないと届かないんだもん」
 オレはちょっと笑った。
「何だよー。何がおかしいんだよ。オレは真剣なんだぞー」
「わかったわかった」
「『デカとチビ』とかってクラスメートにも言われてさ、男として悔しくない訳ないじゃん。あー、ミザリィさんにオレの身長伸ばしてもらえばよかったな」
 そんなことをしたら、オレが止めに入るのだよ。
「でも、お前はチビじゃないだろう」
「真ちゃんに比べたら小さいよ。バスケでも体格大きい方が何かと有利だしさぁ」
「――紫原は体格に恵まれ過ぎて、昔はバスケが大嫌いだったそうだぞ」
「わかんねー悩み。紫原のヤツ、ゼイタクな悩み持ってんなぁ」
 そういう気持ちもオレには何となくわかる。だが、オレは体格にコンプレックスを持ったことはなかった。なんせ、こっちも195㎝あるのだから。
「真ちゃんもいいよなぁ。身長高くて」
「身長高いだけではバスケはできんのだよ」
「それに3Pシュートも綺麗でさぁ……オレ、真ちゃんのシュート、好きだよ」
 何と答えたらいいのだよ。こういう時。確かにオレは自分のシュートの正確さには自負を持ってはいるのだが。高尾に改めて褒められると柄にもなく照れてしまう。
「そりゃどうも」
 と、一応返事しておいた。

 高尾和成の存在は一大センセーションを巻き起こした。皆、高尾が死んだことはわかっていたからだ。告別式も火葬もやった。その高尾が姿を現したのである。驚くなという方が無理だ。
 オレは、偽名を使った方がいいんじゃないかと提案したが、高尾はこのままでいいと言った。
 高尾の家族は喜んで高尾の存在を受け入れた。いい家族だな、と思う。
 オレと高尾は、高尾の家族や青峰、黄瀬、火神、黒子、桃井やリコや赤司も交えて話し合って(紫原はめんどくさいからと欠席した、全く、相変わらずマイペースなヤツなのだよ)、やはり高尾は海外から帰ってきたということにしよう、というところで落ち着いた。あの与太話――高尾和成の双子の弟だからこの男も『和成』という名前なのだ、という設定も使わせてもらうことにした。というか、高尾がこの話し合いの前に勝手に使ったのだ。
 オレもまさか騙されはしないだろうと思ったが友人達は信じてしまったらしい。休み時間になると、今までの高尾とどこが違うのか話し合っているらしい。暇人の群れなのだよ。
 また、あるグループは、今の高尾は宇宙からやってきた別人なのではあるまいか、という説を発表して、オレを何となく冷や冷やさせた。しかし、こいつは高尾和成本人なのだ。アンドロイドであった期間があっても。
 今日もまた、オレ達は部活でバスケをする。
「へい、真ちゃん、パス回して!」
 高尾は青峰にアリウープを習っている。青峰はかったるそうにしながらも悪い気はしないらしい。
「真ちゃんパス頂戴!」
 オレがパスすると、高尾がアリウープ(高尾はダンクができないからもどきだな)を成功させた。
 やっぱダンクできねぇとかっこわりぃなぁと高尾は呟く。高尾もオレも人事を尽くしている。身長にも関係があるのかもしれないが、高尾がいずれダンクができるようにオレも精一杯サポートしようと思う。高尾くらいの背丈なら充分可能だしいいところまでは行っているのだから。ダンクなどサルでもできるとオレは思っているのだが高尾がダンクできるようになりたいというのなら仕方がない。それに、オレも今はダンクの価値を認めている。
 高尾には、いろいろと助けてもらった恩があるからな。この恩は一生かけて返していく。それから、他の仲間達にも。黄瀬、青峰、火神――そして、黒子。

後書き
『オレのアンドロイド』シリーズ本編はこれで一応終わりです。でも、まだ続編があるんだぁ。スピンオフの作品もあるし。
アウターゾーンのミザリィにも感謝。アウターゾーンは光原伸先生の作品で、週刊少年ジャンプで連載していたこともあります。好きだからまた復活してくんないかな。
次の連載は短編か、インターバルとして高尾アイドル話でもやるかと思っています。
2015.6.25

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