お土産を買いに行きます ~タカとミドリと実渕レオ2~

 まだまだ猛暑が続く朝――
 緑間真太郎は高尾和成に電話をかけた。高尾の寝ぼけ声が聴こえる。
「ん~。なぁにぃ? 真ちゃん」
 それを聞いた緑間は少し腹が立った。
「今日は実渕の土産を買うのだぞ。忘れたのか?」
「あー、そうだった。でも真ちゃん、おは朝大丈夫なの?」
「ケータイでチェックするから心配ないのだよ」
 今はケータイでテレビも観られる。便利な時代になったものだ。
「わかった。すぐ行く」
 電話は切れた。
(大丈夫かな? 高尾……)
 声の調子では、はっきり目を覚ましていないようだった。しかし――
「おまたせっ!」
 緑間の前に現れたのはいつもの高尾だった。
「遅いぞ! 高尾!」
「真ちゃんが早過ぎるんだって」
「まぁいい。いつものリアカーはどうしたのだよ」
「只今メンテナンス中。ま、今日は歩いて行こうよ。散歩も兼ねてさ。んで? 朝練はパス?」
「……ああ、連絡しておくのだよ」
 緑間は中谷監督のケータイの番号を押した。
「ああ、緑間か?」
「すみません。今日の朝練出られません。オレも高尾もです」
「朝練休む? 高尾も? 二人揃って何か用事でもあるのか? ――ああ、大坪か。え? 代われって? わかった」
 大坪泰介が言う。
「ほんとにおまえら、どうかしたのか?」
「大坪センパイ。センパイにも責任がある話なのですよ。オレ達を実渕さんと行かせたりするから」
 緑間の言葉を聞いた大坪の声は気色ばむ。
「――どういうことだ?」

「ちょっとー。何で宮地サン達も来たんですかぁ」
 高尾が不満そうに口をとがらせる。
「まぁ、面白そうだしな」
「暇だし」
 宮地清志と木村信介が答える。
「はいはい。大学生ってのは暇なんですねぇ」
「悔しかったら大学に受かってみろ」
 宮地は得意顔だ。高尾は言った。
「そーですねー。宮地さんでさえ受かる大学がありますもんねー」
「んだと?! 轢くぞコラ。オレは成績いいんだぞ」
「これでもな」
「木村、これでもな、は余計だ」
「まぁまぁ。揉めるなオマエ達」
 宮地達のストッパーとして大坪が来てくれているのは有難かった。
「で、実渕さんにお土産を買うことになったわけか」
「そう」
 高尾が頷く。
「真ちゃんたらもうノリノリでさぁ……」
「土産探しにも人事を尽くすまでなのだよ」
「うはぁ。変わってないね、オマエ」
 宮地が呆れた口調で喋る。
「真ちゃん、これでも人がいいしさぁ。敵に塩は贈るし。いつか何かどっかで誰かに騙されやしないかと相棒のオレは心配なワケ」
「ふん」
「じゃ、行こうか」
「高尾は何買うんだ?」と、宮地が訊く。
「真ちゃん、何買うか決めた?」
「いろいろ本を読んで検討したが、迷ってしまって結局何も決められなかったのだよ」
「んじゃ、オレ達も協力しますか」
「えー。木村さんがー?」
「何不満顔してんだ、高尾。オレの実家は青果店だ。いろいろあるぞ。買え」
「ナマモノ、痛みませんかねぇ」
「宅急便なら大丈夫だぞ」
「なるほど」
 高尾はぱんと手を叩いた。
「ほら、オレの店ちょうど近くだし」
「でも、木村センパイの店の果物だけでは少々味気ないのだよ」
「いいじゃん。せっかくだしさ。レオさんの家に届けようぜ」
「代金はオマエが払うのだよ」
「わかりました」
 高尾は覇気のない声で答えるとレオに電話をかけた。
「あ、レオさん。オレ、高尾。住所教えて欲しいんだけど、レオさんの家ってどこだっけー?」
 それから数分。高尾は困った顔をした。
「レオさん。オレを土産にしたいって」
「そんな訳にはいかんのだよ」
「そうだよねー。だから断ってきたよ」
「あいつも無茶ぶりする男だ」
「まぁねぇ。真ちゃん程ではないけどねー」
 おは朝のラッキーアイテムを探す時、高尾はいつも協力してくれる。それがどんなに手に入りにくいものでもだ。ちなみに今日の緑間のラッキーアイテムは青いボールペンだ。家にあるもので良かったと緑間は胸を撫でおろした。これでラッキーアイテムも珍しいものだったりしたら大変だ。
(時々おは朝も無茶ぶりするのだからな……)
 けれど確かにおは朝の効能は高い。
 木村の店で宅急便の手続きをする。木村の父はにこにこと嬉しそうだった。
 店を出ると宮地がぽん、と高尾の肩に手を置いた。
「なぁ、オマエら、浅草じゃずいぶん楽しんだらしいじゃないか」
「え? 何? なんかやな予感しかしないんだけど」
 高尾の予感は当たった。宮地と木村はにやりとした。
「オレ達にもなんかおごれ」

「あー、食った食った」
 近所の喫茶店でセンパイ達三人におごった後(大坪はオレはいいと言ったのだが、緑間が気を使って彼の分も支払ったのだ)、高尾の財布はかなり寂しくなっていた。緑間は大坪のコーヒーしかおごらなかった。
「ちくしょー。あんなに食うことねぇじゃねーかよぉ」
 涙目になった高尾の小銭入れにはもう何も入っていない。
 大男五人(高尾は小柄な方だ)がぞろぞろ歩く光景は人目を引く。イケメンが多いとあれば尚更だ。
「仕方ない。実渕さんのお土産は……あ」
「何なのだよ、高尾」
「あれ……この季節だし、レオさんにいいんじゃないかな」
「しかし……今のオマエに買えるのか?」
 緑間は土産物を選ぶことは選ぶが代金は出さない方針だった。だが。
「真ちゃん……」
 高尾が緑間に対して拝んだ。
「お金貸して!」
 緑間が溜息と共に答えた。
「……仕方ない。その代わり必ず返すのだよ」

 新幹線を待つ実渕玲央。
「おーい、レオさーん!」
 高尾が大きな声を出した。緑間達もついてくる。
「タカちゃん、ミドリ……あ、アンタ達は去年の秀徳戦の!」
 宮地は頭を掻いた。
「あー、まぁ、こいつらの保護者っつーか、何つーか……」
「寄生虫」
「うるせぇ、轢くぞ」
 宮地が高尾を低音の声で脅した。大坪が「いい加減にしておけ」と注意する。木村は慣れているので特に何も言わなかった。宮地に同調している部分もあるのだろう。
 あの後、緑間達はウィンドーショッピングを楽しんだ。緑間にはウィンドーショッピングなるものの趣味はなかったが結構堪能した。高尾がいるから何をしたって楽しい。大坪、宮地、木村も一緒だったから倍楽しかった。
 さしあたり、午後の練習も遅くなると監督には言っておいた。その代わり、後は学校でバスケの練習にあてる予定だ。
 高尾が大きな紙袋をレオに差し出した。
「これ、レオさんに」
「あら、何かしら」
「帽子っす」
「開けていい?」
「もちろん」
 白い大きなつばの帽子はレオの目にかなったようだ。レオは早速帽子をかぶる。
「見て見て! タカちゃん!」
 そう言ってレオははしゃぐ。宮地が呟いた。
「惜しいなぁ、男でなきゃかなりの上玉なのに……」
「あら、ありがとう。この帽子を選んだのは誰?」
「高尾なのだよ」
 と、緑間。
「そうなの、じゃあ……」
 レオは高尾の頬にキスをした。
「……な、な……!」
 緑間はわなわなと震えながら指を差す。高尾も一瞬度胆を抜かれたようだ。
「バイバイ」
 ぷしゅーと新幹線の出入り口が開いた。
「こら! 待つのだよ! 何という破廉恥なことを……!」
「緑間……破廉恥というのは古いと思うぞ」
 宮地が冷静に指摘した。高尾はすぐに素に戻った。
「あ、そうだ。真ちゃんも下調べいっぱいしてくれていたこと伝えるの忘れてた。帽子も真ちゃんのお金で買ったものなのに」
「そんなこといいのだよ。それより高尾。金は必ず返すのだよ」
「はいはい」
 レオが帽子をかぶったまま、新幹線の窓から手を振る。高尾がそれを目敏く見つけて手を振り返した。
 やはりあの男は要注意なのだよ。
 確かに友達としてはいいヤツなのかもしれない。しかし――。
 緑間はレオに対してライバル心を燃やした。

 レオがこの東京行きの話を洛山高校バスケ部キャプテンの赤司征十郎に話して、うんざりされるのはまた別の話。

後書き
『タカとミドリと実渕レオ』の続きです。
帽子はいくらぐらいしたのでしょうねぇ……。
でも、帽子だったらどこの店でも買えるんじゃね? と気付いたのはこの話を書いてからのこと。
2013.9.5


BACK/HOME