オレがオジサンになっても
ラブホテルの一室――。
事後、高尾和成は恋人である緑間真太郎の隣に寝そべっていた。
高尾がラブホテルに緑間を促して連れてきたのだった。そうでなければ、真面目人間の緑間は一生そんなところには行かなかったであろう。
高尾は満足していた。緑間も満足していたらしい。高尾を見る目が柔らかい。
けれど、高尾には気がかりなことがあった。
今はまだいい。お互いがお互いを見つめている。
だが――いつか自分に幻滅して緑間が去って行ったらどうしよう。――例えば、外見的なこととか。
年を重ねれば老けたりもするだろう。高尾は自分が年を取って変わってしまうことを気にしていた。
緑間が年を取るというのは想像がつかないが――。
もし、オレがオジサンになったら。
緑間に捨てられやしないだろうか。
とても変人だけど緑間はイケメンでモテるから。
つい替え歌をやってしまったが、高尾は真剣だ。
男同士というのすらネックなのに、この上若さを失ってしまったとしたら――。
真ちゃんはオレに興味を失うのではないか。浮気をされてしまうのではないか。
いや、浮気に関しては、高尾もそう強いことは言えないのだが。
大学に入ってからすぐ、高尾は女の子と付き合ったことがあった。緑間から自立したかったのだ。
だが、その恋(?)は三日で終わった。
緑間が妨害したのだ。
女の子より緑間を選んだ高尾は、相手の女の子に謝った。しかし、彼女は恨み言ひとつ言うでもなく、かえって、
「二人の性生活のことを教えてください!」
と目を輝かせたのにはのけぞった。
腐女子っていうのかな、あーゆーの。
そういえば、高校の女友達にも似た子がいた。ひなちゃんという、BLをこよなく愛する女子だ。高尾が好きになる女の子のタイプはそういうタイプなのかもしれない。
無論、相手の頼みは丁重に断った。フッた相手に後ろめたさがあるとはいえ、こっちにだってプライバシーというものがある。
閑話休題。
高尾がちらちらと、
(真ちゃんはかっこいいなぁ)
と、二の腕の筋肉の付き方に惚れ惚れなんてしていると、緑間が言った。
「どうしたのだよ。高尾」
この上ない優しい声で。
(どうしよう。真ちゃんイケボ……)
どうしてこんな、バスケや美貌といういろんな賜物を神様から祝福として贈られてきたに違いない緑間が、平凡な――とは言わないまでも、それなりではあるけれども緑間には到底敵わない自分なんかを相手にするのか、高尾にはわからない。
けれど、確かに高校時代から高尾は緑間の相棒ではあったのだ。相棒の役割は務めることはできていたと思う。けれど。
「どうして真ちゃんは未だにオレを相手にするわけ?」
高尾の言葉は、緑間にはどういうことなのか即座にはわからなかったらしい。
「何が言いたいのだよ」
「真ちゃんみたいな天才のイケメンが、他に恋人も作らず、どうしてオレと付き合ってくれてるのかってこと。オレなんかフツメンだし、真ちゃんみたいな天才でもないし――」
「――バカめ」
緑間が高尾の髪をくしゃっと撫でた。
「そんなこと、オレが気にするとでも思ってたのか? それに、オマエは自分をよくわかっていないのだよ」
「でも……オレ、真ちゃんと一緒にいたいけど、オレがデブでハゲのオジサンになったら――真ちゃん、オレを連れて歩くのも嫌になるだろ?」
「オマエはいい男に成長する。オレが保証するのだよ」
そんなことを保証されてもね――。
高尾は思ったが、心の奥底に暖かい灯火が点った。
(だから、真ちゃんて好きなのさ)
「オレ、年食ったらマー坊みたいになるのかな」
マー坊。高校の頃のバスケ部の中谷仁亮監督。ちょっと似ていると言われたことがある。
「もっといい男なのだよ」
「――見てきたようなこと言うね」
緑間はしまった、という顔をした。緑間は、普段はポーカーフェイスだが、ちょいちょい感情を表に出す時がある。
緑間はがばっと高尾に覆いかぶさる。何かを誤魔化そうとする時の手だ。
でも、何で?
緑間が言った。
「オマエの方こそ――オレに愛想尽かししたら恨んでやるのだよ」
「それはない!」
高尾が間髪を入れずに答えた。
――ああ、こうやってまた絆されていくんだろうか。
でも、高尾にとってそれは嫌なことではなかった。
(真ちゃんはオレを上手に騙してくれる――)
だから、相棒としても、恋人としても頑張れる。
(無理かもしれないけど、一緒に住めたらいいなぁ……)
幸い、妹ちゃんも応援してくれている。
男と恋人になった。そう言ったら、父も母も驚くかもしれないけど――。普段は物に動じないのが高尾の両親だ。それに――高尾のこともよく考えてくれている。
今はまだカミングアウトする勇気は持てないけれど。
真ちゃんだったら家族の気に入るだろう。
問題は――オレがオジサンになったら。
緑間は19。高尾もそろそろ19になろうとしている。
(女ざかりは19だと……)
森高千里の歌を思い出しながら、高尾は緑間の愛撫に身を任せた。
「オレがオジサンになっても、こんな風に抱いてくれる?」
一段落した後、高尾はそう訊いた。
「当たり前なのだよ」
緑間は当然、という風に力強く答えた。
「というか、オマエはいつも変だが、今日はいつにもまして変なのだよ」
「変? 高尾ちゃんショーック!」
緑間の目元が和らいだ。
「それでこそ高尾なのだよ。いつもうざいくらいに元気で自信たっぷりなオマエが、オレは好きなのだよ」
「褒めてんの? それ」
「いや、事実だ」
緑間が真顔で言うので、高尾は大笑いをしてしまった。
「な……そこは笑うところか?」
「そうだよ。オレも、真ちゃんの天然なところが好きだよ」
「――褒められた感じがちっともしないのだよ」
「でしょ? オレも同じような気持ちなんだって」
「そ……そうなのか」
でも、何だかんだ言って似合いの二人である。
夢の中で――。
高尾は緑間と一緒にいた。中年、と言われる年齢に見えたのであるが。
(お、あれはオレか)
高尾は中年になった自分を見つめた。
確かに、ナイスミドルと言っていいくらい、いい男だった。中年の高尾は、自分に気付かないらしい。同じく中年になった緑間と何か喋って、笑い合っていた。
ああ、真ちゃんの予言、当たったな。いい男じゃねぇの。オレも。さすが、真ちゃん。ただの変人じゃなかったんだな。
いや、バスケに関しては天才だし、謎めいたところが魅力であると言えば言えるけれど。
真ちゃんもますますかっこよくなってるし。
ああ、オレ達の前途は薔薇色かもな――。そこで、目が覚めた。幸せの余韻だけが残った。
――ねぇ、真ちゃん。
オレがオジサンになっても、ずっと好きでいてくれる?
緑間は高尾の側で綺麗な寝顔を見せていた。
後書き
パラレルです。
歌詞やら替え歌なんぞを挟み込んでしまいました。
元ネタは森高千里の『私がオバサンになっても』です。好きなんだよね、この歌。
緑間は勿論、高尾も将来いい男になると睨んでいます。
2014.2.28
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