高尾がバカなのだよ

「高尾がバカなのだよ」
 開口一番、緑間真太郎はそう言った。
 ――これで緑間が持って行きたい話の筋がわかった人は天才である。
 喫茶店に呼び出された朝倉ひな子も、
「はぁ?」
 と間抜け声を出した。
「だから、高尾はバカなのだよ」
「そう……」
 ひな子は気の抜けた返事をしてクリームソーダの溶けかかったアイスを口に入れる。ちなみに緑間は目の前のチョコレートパフェに手もつけていない。
 高尾君は成績もそこそこだし、バスケではPGで活躍しているし、頭が悪いなんてことはないんじゃないかなぁ、とひな子は思う。PGはバカでは務まらない。
「高尾はバカだから……オレが教え導かなければならないのだよ」
「ああ、そういうこと」
 少し合点がいったような気がした。ひな子は呟くように言った。
「クナーベン・リーベかしら」
「クナー……何?」
「それとも、光源氏計画? 男って好きよねぇ。リアル美少女育成ゲーム」
 ひな子がはぁっと溜息を吐いた。
 まぁ、高尾――高尾和成は男で、緑間と同い年なのだが。
「どういうことなのだよ」
 と緑間。
「緑間君は自分の好み通りに高尾君を育てたいんじゃないの?」
「それのどこが悪いのだよ」
 あっ、開き直った。
「本当に男って調教ものが好きなんだから……」
「それは高尾がバカだから……」
 高尾の名誉の為に言っておくが、彼は結構常識人だ。ひな子の目から見れば緑間の方がよっぽどおかしい。
「――何かあったの?」
「あいつがバカなことばかり言ってたのだよ」
 バカバカ言われて高尾君も可哀想。ひな子は高尾に密かに同情した。
 まぁ、話だけは聞いてやるか。
「バカなことって?」
「『いつも上から目線でもの言えば言うこと聞くと思ってんなよ』って」
 あー、そりゃわかるわ。私だって高尾君てよくぞまぁそこまで言われて平気なもんだって、いつも思ってたもん。
「それで決裂したの?」
「続きがあるのだよ」
 そうして、緑間がまた続けた。
「『そんな言いがかりつけて、オレと別れる気だな! どうせ人気者でさらさらの髪で綺麗なオレンジ色の瞳を持つ料理も掃除も得意で性格に可愛げもあるオマエには、オレなんかいらないんだろ?!』
 って言ったら、ヤツ何て言ったと思う?!
『真ちゃんこそツンデレだけど優しくて、美人で眼鏡似合ってが頭も良くて運動神経抜群で――天から二物も三物ももらってるようなヤツだもんな。女にもモテモテで――どうせオレがいなくてもやってけるだろ!』
 と反論してきたのだよ!」
 その後、
「このハイスペック!」
「この天才シューター!」
 と、お互い言い合って別れたらしい。
「…………」
 ひな子だって高尾と緑間が好きだ。個人的にも付き合いがある。その彼女からしても、
(このバカップル!)
 という感想しか湧いてこなかった。周囲にいた人間はもっと呆れていただろう。
 まるでバンコランとマライヒのケンカね……。
「あなた達ねぇ……」
「な? 高尾はバカだろう」
「緑間君も充分バカだと思うけど」
「何ぃ?! オレのどこがバカなのだよ!」
 ひな子は、はぁっと本日二度目の深い溜息を吐いた。
「自覚なしなのね……」
 ――でも、そんなところ、嫌いじゃないけどね。むしろ、格好のネタかもしれないけど……。
「だから、オレはあいつを教育しようと……オレがどんなにあいつを思っているか」
「それを調教っていうんじゃない?」
 内心どっちらけなひな子が気のない返事をした。
「調教ではない。教育なのだよ」
「あっそ。でも、その前に高尾君と仲直りした方がいいんじゃない? 今のままだと高尾君も緑間君の言うこと受け付けないわよ」
「――そうだった」
 今度は緑間が溜息を吐く番だった。
「でも、どうすればいいのか……」
 カランコロンと扉のベルが鳴った。
「真ちゃん!」
「高尾!」
「いつまで経っても部活に顔出さないから……心配で探しに来てしまったりなんかしちゃったよ!」
「何故ここがわかった!」
「だって、時間ある時なんかはここで茶を飲んだりしてたじゃないか!」
「そんなことしてたの……美味しいネタだわ!」
 朝倉ひな子はBLが好きで、たかみどが好きで……所謂腐女子であった。
(高尾君、わざわざ緑間君を追いかけに来たのね……素敵! さっきの話も次の本に使えそうだし)
 呆れて溜息を吐いていたことも忘れてひな子は妄想にうっとりしていた。
「真ちゃん……オレ、いつ真ちゃんに捨てられるかと思うと怖くてさ――酷いこと言っちまった。ごめん」
(え? あれのどこが酷いことなのかしら――べた褒めじゃない。痴話げんかですらないわ……)
 ひな子は高尾の台詞に心の中でツッコミを入れる。
「オレもなのだよ……その……いろいろ言ってすまん。でも、オレがオマエを捨てることなど有り得ないのだよ……」
「真ちゃん!」
「高尾!」
 彼らは人目も憚らず抱き締め合う。
 どよめく狭い店内でひな子だけはソーダを飲みながら一人落ち着いていた。新刊のネタにしようと考えながら。
「ひな子。ここはオレが払う」
「いいの? 悪いわね」
「何? ひなちゃんと何話してたの? 真ちゃん」
 緑間と無事仲直りができた高尾が明るい声で訊いた。
「ああ、それは……」
「緑間君は言ってたわ。『高尾がバカなのだよ』って」
 とひな子が口を挟んだ。
「真ちゃん……」
 絶対零度のブリザードが二人の間を吹き荒れた。
「真ちゃんだってバカのくせに! 思うだけならともかくひなちゃんと一緒になってオレのことバカにすることないじゃないか! ばーかばーか!」
 緑間を突き飛ばした高尾が喫茶店を出て行ってしまう。また振り出しに戻ってしまった。
「ひな子……余計なこと言うななのだよ……」
「あら。本当のこと言っただけじゃないの」
 実はちょっと波風立てるのが面白かったりして。仲良したかみども好きだけど。こじれたら自分も緑間も別に本気で高尾のことをバカにしたわけではないとフォローするつもりだった。
 たかみどが仲直りしたらしたで波乱万丈を求めてしまう。乙女の悲しい性ね、とひな子は思った。
「もういい。オマエに相談したオレもバカだったのだよ」
 そう言って緑間も去って行く――チョコレートパフェと伝票を残して。
(あーあ、パフェが勿体ない)
 けれど、ひな子は甘いのはクリームソーダとたかみどだけでもう充分だと思った。最後の一口を啜るとパフェを残して勘定を払って外に出た。
(後で緑間君に代金請求しなきゃ)
 外では高尾と緑間が何やら言い争っている。二人は、
「何さ! 真ちゃんなんて、将来は天才シューターとして世界に名を馳せればいいんだ!」
 とか、
「高尾こそハイスペックを生かして立派な実業家にでもなればいいのだよ!」
 とか、傍で聞いていたらケンカしてんだか褒め合ってるんだかわからないことをまくし立てていた。今は頭に血が上っている本人達もそのうち馬鹿馬鹿しくなってケンカをやめるであろう。
 終わりよければ全てよし、ね――ひな子はそうっとその場を離れて行った。

後書き
モブ子が出張っているので苦手な方ごめんなさい。
しかし――これってケンカって言うのか? バカップルな緑間と高尾が愛しい……。
2014.6.27

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