夏実の告白

「ここかー……」
 高尾夏実は白亜の立派な屋敷の前に佇んでいた。緑間家である。彼女は勇気を振り絞って、ベルを押した。
「はーい」
 柔らかい声が聴こえる。緑間真太郎の母である。
「あら。あなたは……」
「高尾夏実と言います。いつも兄がお世話になってます」
 そう言って夏実は深々と頭を下げた。
「まぁ。ようこそ。上がってくださいな」
「はい」
 真太郎の母はいい人そうである。
(この人が真太郎さんのお母さん……)
 緑色の髪が綺麗な、若くて美しい母親である。
「春菜に用があって来たの?」
「いいえ――」
 この家には、真太郎の妹、春菜もいる。忘れていたわけではないが、今日は兄の真太郎の方に大事な話があるから――。
「お母様、ただいま。――あら?」
 春菜が目の色を変えて夏実に抱き付いた。
「夏実さぁん! お久しぶりー! わたくしに会いに来てくださったんですのー?」
「いえ、真太郎さんに用事があって――」
「まぁ、お兄様に。だったら伝えておいてあげましてよ。わたくしの部屋に来てくださらないこと? 夏実さん、ねぇ、夏実さん――」
「――春菜。夏実さんが迷惑がってるわよ」
「あら。わたくし達、とっても仲がいいんですもの。ねぇ」
「は、はぁ……」
 内心戸惑いながらも夏実は頷いた。
「春菜。夏実さんは真太郎に会いに来たのよ」
「何しに?」
「――ちょっとここでは……」
「お兄様なら図書館よ。帰ってくるまでわたくしの部屋に来ませんこと?」
「いえ、私は――」
「遠慮なさらないで。さぁ、さぁ――」
 初対面の時にキスしてきた春菜である。部屋に行ったらどんなことをされるか――。
 むやみやたらと人を疑うのは良くないとわかってはいても、春菜には前科がある。
(いい子なんだけどね――)
 夏実は顔がひきつっているのが自分でもわかる。
「春菜!」
 緑間母がぴしっと言った。
「あなたは部屋で勉強していなさい!」
「――はい……」
 まさに鶴の一声。春菜は引き下がって行った。
(すごいなぁ、真太郎さんのお母さん)
 あの一筋縄ではいかなさそうな春菜でさえ、緑間母の言うことは聞く。そんな強い母に、夏実もなりたいと思った。
「真太郎が帰ってくるまで、羊羹でも食べません? とても美味しい羊羹をいただいたのよ」
「はぁ……」
 真太郎がいないのは残念だが、お菓子を食べられるので良しとしよう。――夏実は甘党なのである。
「――美味しい」
「あら、ありがとう」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です」
「お茶もお淹れしましょうか?」
 緑間の母親と夏実が楽しく話をしていると、時計が四時半を回った。重いドアの開く音がした。
「ただいまなのだよ」
「あら、真太郎だわ」
 緑間母が玄関に向かうので、夏実もついていく。
「あ、夏実。こんにちはなのだよ」
 真太郎が笑う。夏実は頬が赤くなるような気がした。
「真太郎さん。夏実さんがあなたに用事だって」
「何なのだよ?」
「あの――ここでは」
 真太郎はぴんと来たようだった。
「母さん、ちょっと夏実を俺の部屋に通していいだろうか」
「夏実さんが良ければ構わないけれど――」
「え、あの――」
「――夏実、来い」
「――はい」
 夏実は真太郎の後について行った。緑間母は、今度は何も言わなかった。ほんの少し心配そうに見送ってはいたけれど――。

 真太郎の部屋には、ラッキーアイテムと称する品物がたくさんある。あ、これ可愛い、と思う商品もたくさんある。
(あ、あんなのもあるんだ)
 バスケットボールを持った狸の信楽焼き。可愛い――。
「何の用なのだよ」
「あ、そうでした」
 夏実がごくんと唾を飲んだ。この時の為に――夏実は緑間家へ来たのだ。道順を兄の和成から聞いて。
「私――真太郎さんが好きです」
 沈黙が下りた。いささか唐突過ぎだったか――。
 春菜のことは笑えない。
「――ありがとう。でも、オレは……オレには好きな人がいるのだよ」
 ああ、やっぱり――。
「真太郎さんは、お兄ちゃんが好きなんですね」
「ああ。確かにオレは和成が好きだ。オレはあいつにその――恋情を抱いているのだよ」
 和成――夏実の兄の名である。夏実は微笑もうとして――ぽろっと涙の粒を流した。それからは涙がぼろぼろ流れて止まらない。
「ご、ごめんなさい。真太郎さん――」
「夏実、大丈夫なのだよ……夏実になら、もっと他にいい男が現れるのだよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい――」
「お兄様ーー!!」
 ドアが勢いよく開いて春菜が入ってきた。
「春菜……」
「よくも夏実さんを泣かせましたわね! 許しませんことよ!」
「違うの――真太郎さんは悪くないの……」
「お兄様が夏実さんに酷いことをしないかと様子を伺っていて正解でしたわ。ああ、ああ、夏実さん、可哀想に――お兄様に傷つけられたというのに、お兄様を庇って――」
「……私、帰ります」
「じゃあ、わたくし、送って差し上げますわ」
「一人で、帰れます」
「……そう――」
 春菜が何を考えているのかは知らないが、取り敢えず夏実を解放し、そっとしておくことに決めたようだった。
(やっぱり、真太郎さんはうちのお兄ちゃんが好きだったんだ――)
 夏実は夕陽に溶け込む白亜の家をじっと眺めていた。
 悔しいけど、悲しいけど――。
(私、応援してます。真太郎さん――)
 そして、兄の高尾和成もきっと緑間真太郎のことが好きで――。自分の兄のことだからよくわかるのだ。
 夏実は思った。正直に打ち明けてくださってありがとうございます。真太郎さん。
 そして、夏実はそっと指で涙を拭った。鴉の群れの鳴き声が哀愁を誘った。

後書き
夏実ちゃん(高尾妹)も春菜ちゃん(緑間妹)もオリキャラ化しています。
それでも、どうぞ宜しくお願いします。
2019.12.25

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