高尾の涙

「高尾」
 オレはチームメイトの高尾に呼びかけた。
「なぁに、真ちゃん」
 高尾和成は――この頃よく笑うようになった。いや、前から笑ってはいたのだが――。
 心からの、充実した笑みだ。
 オレを裏切るつもりでいたとは到底思えない。
 気が付くと、ヤツはいつもそばにいた。嬉しそうに笑いながら。そして、明るい声で真ちゃん、と呼ぶ。オレのフルネームは緑間真太郎と言う。
 真ちゃん。オレはそう呼ばれるのが最初は嫌だったが、今ではそうでもなくなりつつある。
 けれど、オレのことを真ちゃんと呼ぶのは高尾一人だ。
 オレは、それが当然だと思っていた。
 大坪、宮地、木村――スタメンの先輩方には頼りになる男が多かったが――。
 選ぶなら、高尾しかなかった。
「ちょっと話があるのだよ」
「いーけど、チャリアカは?」
「たまには歩いて帰るのも一興だろう」
「うん、まぁ、その方がオレは楽だけどね」
 頭一つ分下の高尾がオレの後をちょこちょこついてくる。可愛いと思った時もあった。オレは質問した。
「二、三、訊きたいことがある」
「なぁに?」
「お前――オレのことをどう思ってる?」
「相棒」
 高尾は即答だった。いかん。にやけてしまう。
「でも、昔はその――敵視してたんだろ?」
「またそのこと? でもオレ、今は、真ちゃんについていくって決めたから――」
「いつからだ!」
 振り向いたオレはがしっと高尾の両肩を掴んだ。高尾が面食らったようにこっちを見てる。オレンジ色の瞳が揺れる。
「えーと、オレ、真ちゃんを最後は裏切る気でいたんだよ」
「それは前に聞いたのだよ」
 でも、その次の日、高尾はチャリアカーに乗ってオレを迎えにやってきた。まるで何事もなかったかのごとく。
「オレさー、嬉しかったんだよ」
 高尾がニッと笑った。
「オレが真ちゃんを裏切る気でいたこと告白した次の日、真ちゃんがいつもの真ちゃんであったことがさ。だからオレは――真ちゃんに尽くしていこうって決めたんだ」
「高尾……」
「ま、口では何でも言えるって思うよね。いくら真ちゃんがお人よしでもさ」
 高尾の言葉にオレは無言で頷いた。
「それは――態度で示すしかないよね」
「なら話は早い。オレはお前にオレの背中を預ける」
「は?」
「――というのはまぁ、物の例えだけどな。考えていたことがあったんだ」
 そして、オレは高尾にその考えを話す。
「え……まさか……」
「本当だ」
「でも、何でオレ?」
「貴様はオレの相棒だろう」
「そうじゃなくて――真ちゃん、そこまでオレのこと信じちゃっていいの?」
「ああ。お前――高尾和成はやる時はやる男だ。普段は馬鹿やっていても――どうした?」
 高尾の目の縁から涙が盛り上がっていた。
「嬉しい……」
 どうした? 高尾。
「オレのこと、信じるに足る男として見てくれていたなんて……真ちゃんほどの男が……シューターとしてのプライドを預けてくれるなんて……」
「――明日は早いぞ。ゆっくり寝ろ」
 オレは高尾に背を向けた。
「待って!」
 高尾は叫んだ。
「待って真ちゃん……オレ、必ず期待に応えるから。オレ、真ちゃんに最高のパス渡すから」
「ああ。信じている」
 そして――次の日から猛特訓が始まった。オレが高尾と二人の必殺技を繰り出そうとしているのを見て、宮地先輩が言った。
「大坪。なんだあれ」
「新しいシュートとパスの練習だそうだ」
「緑間と高尾が?」
「もっとパス回せ!」
 オレが叫ぶ。高尾のパスがまた失敗した。
「なんだあれ」
 宮地先輩がもう一度呆れたように言った。
「モーションに入った緑間が空中で高尾のパスを受け取ってゴールを決める。成功すればかなりの武器になる」
「かなりなんてもんじゃねーよ。そんな技決められるのかよ。第一シュートの精度が落ちるだろうが」
「そうだな。だが――あいつらはあいつらなりの答えを見つけたんだろう」
 大坪先輩と宮地先輩の声が、音としては届くが、オレの意識にはさっぱり入ってこなかった。
 オレは――ただただ集中していた。
 オレの――たった一人の相棒の為にも。
「遅いぞ高尾!」
「へい!」
 高尾は泣き言いわずついてくる。こいつも強い男だ。
 大坪先輩も中谷監督も、オレらに任せているようだった。
「もう一度だ!」
「はい!」
 まだだ。まだタイミングが合わない。
「どうした! そんなもんか!」
「くそっ!」
 なんだかんだでついてきた高尾。オレはいつも、お前を頼りにしていたのだよ。バスケでも、プライベートでも。
「真ちゃん!」
「くっ、あと少しで掴めそうなんだが……!」
「がんばろう! 真ちゃん!」
 高尾が得意のスマイルを見せた。
「……そうだな」
 オレの頭も冷えた。
「おおっ!」
 掛け声と共にボールに食らいつこうとするオレ。――思ったより精度が落ちる。
「大丈夫だよ。真ちゃん」
「そうだな」
 汗を襟元で拭いながら、オレは高尾に笑いかける。高尾もイイ顔をしていた。
「もう少しだな。高尾」
「そうだね。――真ちゃん、バスケの時も笑うようになったっしょ。今、久々に見たから――」
「そうか――」
 そういえばそうかもしれない。自覚はないが。
 今、こいつらと一緒にプレイしている時間が楽しい。
 心のゆとりは成功に繋がる。慢心や油断はダメだが。
「来い、高尾!」
「おう!」
 今度こそ、決められそうな気がした。

後書き
高尾クンが泣いたとこ、可愛いだろうな。緑間クンもハートにずっきゅん(笑)。
やっぱり、緑間クンと高尾クンのコンビは最高です!
2020.11.12

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