二人の仲直り

 体育館で一人、泣いている人間がいた。オレのバスケ部の後輩、高尾和成だった。
「おい、どうした……高尾」
「あ、宮地サン」
 高尾は顔をゴシゴシこすってムリに笑顔を作ろうとした。
「バカやっちゃった……」
「何だよ……」
 ムリに笑おうとする高尾が何となく小さく見え、オレは放っておけなかった。
「宮地サン、どうしてここに?」
「忘れ物だ。スポーツ医学の本……オレのことはともかく、お前はどうしたんだよ」
「――真ちゃんとケンカしちゃった」
 へぇー、めっずらし。緑間の金魚のフンやってる高尾がねぇ……それとも太鼓持ちか?
 真ちゃん。緑間真太郎。高尾と同じ秀徳高校一年。バスケ部のエース。オレは緑間って呼んでるけど。
 ま、ケンカぐらいはするよな、フツー。
「オレ、真ちゃん傷つけた……」
「じゃ、謝ればいいんじゃね?」
 オレは言った。
「でも――真ちゃん許してくれるかな」
「許すも許さないも、あいつの一番の理解者ってお前だろ?」
「そうだね……」
 ちょっと気を取り直したらしい高尾が可愛らしい笑顔を見せた。
 やべー。こいつこんなに……可憐。そう、可憐だったっけ?
「……宮地サン」
 オレは高尾を抱き締めていた。
「高尾……泣きたい時は泣け。今はオレが……受け止めてやっから。緑間の代わりには、なれないかもしれんけどな」
「――ありがとう。宮地サン」
 緑間。てめー高尾をこんなに泣かせやがって。我儘王子のくせに。轢いてやる。緑間。いつか。ぜってー轢いてやる。
 少し落ち着くと、高尾はオレから離れようとした。オレが離してやると、高尾はすんすんと鼻を啜りながら言う。
「なんか……宮地サンいつもと違うみたい……」
「は?」
「優しいんだね」
「だから……お前がこんなところでこういう風に泣いていると、ほっとけないと思うじゃん。お前はオレの後輩なんだもん」
「宮地サンてさ、捨てられた犬とか猫とか見ると拾わずにいられないタチでしょ」
「え――?」
 何で知ってんだこいつ。――じゃなくって!
「何でケンカしたんだ? 言いたくなきゃ言わなくてもいいけど」
「いえ。訊いてほしかったところなんで」
 高尾の話によるとこうだ。
 今日も今日とて、緑間と高尾は二人でなんか練習していたらしい。らしいというのは、この頃あいつら二人でいることが多くなったからだ。秘密の特訓をしているらしい。
 監督は、通常の練習に支障をきたさなければそれは構わないと言っていた。むしろ、歓迎している風さえあった。緑間がチームメイトと仲が良くなることはいいことだと。
「高尾、もっとパスのタイミングを合わせるのだよ!」
「おう!」
 ここまではいつもの通りだったらしい。だが、今日は違った。
「高尾……少し休憩するか?」
「えー。大丈夫だよ。真ちゃん」
「お前はすぐ無茶するからな」
「それは真ちゃんでしょー」
「でも、今のままだと洛山にも誠凛にも勝てないのだよ」
「だから。もっと練習するんでしょ?」
 そして、高尾はパスを回す。緑間はそれをリングに入れた。
「あちゃ。早過ぎたね、オレ」
「高尾……」
「ねぇ、そろそろ言ってよ」
「何を、なのだよ」
「誠凛はともかく、何でそんなに洛山意識すんの? 赤司がいるからというのはわかるけど」
「…………」
「あ、もしかして、真ちゃん赤司に惚れてた?」
「バカなことを言うな、なのだよ」
「かつての友達と対戦するってどんな感じ?」
「友達ではないのだよ。オレには、友達はいないのだよ」
「じゃあ、オレは?」
「下僕」
「ひっでーなー。これ、オレじゃなかったら絶対泣いてるぜ。相変わらずツンデレなんだから。だから友達できねんだよ」
「お前は友達いっぱいいるな」
「まぁね」
「けれど、友達なんかいなくても生きていけるのだよ」
「寂しいですね。緑間君」
「黒子口調はやめろ」
「でも――あいつのおかげで真ちゃん楽しそうにバスケするようになったし。後、火神のおかげもあるかな。オレ、真ちゃんとちょっと距離縮まった感じがしてる。この頃」

「フツーに話してるだけじゃねぇか! いや、内容ちょっとフツーじゃねえけど! いつになったらケンカすんだよ!」
「何だよ! 宮地サン、オレ達がケンカすんのが楽しみなの?」
「そういうわけじゃねぇけど……」
「んじゃ、早送りして」

「高尾、帰るのだよ」
「ん。真ちゃん先帰ってて」
「ダメだ。お前が心配だ」
「オレは……大丈夫だから。努力しねぇと、真ちゃんに追い付けねぇから」
「そうか。お前がどんなに人事を尽くしたところでオレに追い付けるとは思えんがな」

「わかってるんだよ。オレ。真ちゃんが天才なことも。真ちゃんだって本気で言ったんじゃないってことも。いつもだったら笑って流せるのに――『真ちゃんいつもと言ってることと違うじゃん』とか、さ。でも、あの時はプッツンキレましたね」

「何だよ! 真ちゃんなんて! いっつもじんつく、じんつく! 人事を尽くして天命を待つ。そればっかり! お前はいいかもしんないけど、こっちはそのことでえらい迷惑することだってあんだよ! そういうの考えたことあんのかよ!」
「高尾……」

「真ちゃんの目が見開かれて、だけど真ちゃん黙ったままで――その時、オレ、しまったと思ったんだ。人事を尽くすというのは、真ちゃんのアイデンティティだったのに」
 緑間は何も言わずに体育館を出たらしい。高尾は……何でもいいから何か言って欲しかったんだろうな。いつものように。
 高尾は着替えた緑間に声をかけようとしたけど――緑間は高尾を見ないまま去ってしまった。無論、いつも高尾が漕いで緑間が乗っているチャリアカーは乗り手がいねぇからぽつねんと駐輪場に置きっぱなしで――。
 というのがだいたいのあらまし。
「まーったく、お前らめんどくせーなー」
 そしてオレはスマホを取り出し、緑間に電話をかけた。
「おい、緑間。オレ、宮地。今から近所の喫茶店に来い」
『でも……』
「いいから来い」
 少々ドスの効いた声で脅してやった。
『わかりました』
「緑間は来るそうだ。お前も来い。高尾」
 オレは忘れ物を取って来ると、高尾と並んで外へ出た。
 喫茶店『うたかた』はいつもより混んでいた。
「高尾!」
「真ちゃん!」
 高尾は緑間の姿を見ると弾けるように飛び出し、抱き着いた。
「ごめん、ごめんね」
「いいのだよ。それより……お前が迷惑していることを初めて知って、どうすればいいか、わからなかったのだよ。オレは――確かに人よりワガママだからな。――すまん」
「ううん。そんな真ちゃんが大好きだから」
 こいつら……仲がいいのは結構だが、人の目というのもちょっとは気にして欲しい。みんなお前ら見てんぞ。
 それにしてもどうだろね、まぁ。緑間の高尾を見つめる溶け入るような目と言ったら!
「これからも友達でいてくれる?」
「高尾。お前はオレの友達ではないのだよ。――相棒なのだよ」
「真ちゃん!」
 オレはもう耐え切れなくなって、咳払いをした。
「あー、お前らが仲がいいってことはわかったから――今日はおごれよ」
 緑間と高尾は同時に答えた。
「勿論!」
 それにしても――泣いている高尾はちょっと可愛くなくもなかった。でも、高尾は緑間のもんだ。みゆみゆ(アイドル。オレの推しメン)、オレはみゆみゆ一筋だかんな。――ちょっと高尾にぐらっと来たことは忘れることにする。
 後輩達におごってもらったパフェは旨かった。

後書き
宮地さん、やっぱりあなたはいい先輩です。なんだかんだ言って人がいいですね。
2014.8.7

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