緑間クンの誕生日

『from:高尾和成 to:緑間真太郎
 件名:高尾ちゃんでっす
 本文:今からロッカールームに来てね。待ってるよ』
(デコメか……)
 緑間は眉を顰めた。デコメは苦手なのだ。
 前に言ったことがあったと思うけど、高尾のヤツ、忘れたのかな?
 これから体育館へシュート練習に行くところで、携帯が鳴ったのだ。
 高尾には、
「オマエの着信音つまんねーよ。もっと別なのに変えなよ」
 とアドバイスされたが、メンデルスゾーンに変えた後、相手は何も言わなくなった。
 ちなみにワーグナーは苦手だ。鬱陶しい。ベートーベンなら平気なのだが。
 どの道、必ずロッカールームへは行かなければならないのだが――。
(またろくでもないこと考えたのかな)
 いつもそうだ。高尾の考えることは下らないことが多い。
 後になってみると、『あれもいい思い出だったな』と甘酸っぱさが込み上げることも多いのだが、当座は腹が立ったり気乗りしなかったり恥ずかしかったり――ということも多い。
 どうも、自分の人生は高尾に会ってから彼に振り回されているような気がする。
 嫌ではないのだが、どうも行くのに億劫な場合も多い。
 ――例えば今のように。
 でも行かなきゃ行かないでまた煩いだろう。
 仕方がない。ここは腹を据えて行こう。
 緑間はロッカールームの前に来た。心臓がドキドキするのは決して期待からではないはずだ。
 担ぐ験は全て担いだ。おは朝の占いでは蟹座は一位だった。ラッキーアイテムもちゃんと持っている。
 それに――
(今日はオレの誕生日なのだよ)
 だから、悪いことなど起こりっこない。大丈夫だ……。
 緑間は立ち止まったまま、何度か深呼吸をした。手に汗が滲んでいる。
 えーい、ままよ……!
 緑間は扉を開いた。
 ――そこには誰もいなかった。
 男子のロッカールームは薄暗く、埃が舞っている。
「何だ? 誰もいないではないか」
 ほっとしたの半分、がっかりしたの半分。
 高尾のヤツ、オレをかついだのかな。
 自分のロッカーに向いながらそんなことを緑間が考えていると――
 ぱっと電灯が点いた。

 パーンパパーン

 突然クラッカーが鳴り、油断していた緑間はちょっと驚いた。
「はっぴばーすでーとぅーゆー」
 男達の声で歌が流れ出す。バスケ部の青少年達だ。
「ハッピーバースデー! 真ちゃん!」
 パーンと再びクラッカーが鳴る。高尾だ。
「高尾!」
「はぁい、真ちゃん。お誕生日おめでとう!」
「それはもういいのだよ」
「どう? サプライズパーティーは。バスケ部のみんなからも寄せ書きもらったぜ~。ほい。須賀」
「おうよ!」
 須賀は得意そうに緑間に一枚の色紙を渡した。いろいろな文字が書かれている。上手いのから下手なのまで。
『3Pシュート、同い年なのにすごいです。がんばってください』
『緑間さんは僕の目標です』
『ラッキーアイテムからは卒業しろよ』
 ――等々。
 悪いがラッキーアイテムからは卒業できそうにない。だが、みんなの寄せ書きが細やかな愛情に溢れていて、緑間の内に正直込み上げてくるものがあった。
『オレ、これからも真ちゃんの相棒にふさわしいよう頑張る!』
 これは高尾だな。緑間は苦笑した。
 宮地、木村、そして大坪主将の三人が現われた。秀徳の先輩スタメン達だ。
「おう、緑間。誕生日だってな。まぁ、これでも食え」
 木村が差し出したのはパイナップルであった。受け取った緑間が複雑な心持ちでいると――
「緑間、これでオマエのことを轢いてやる!」
 と、物騒な台詞でチャリアカーの木製模型を宮地が取り出した。
「ふん。そんなちゃちなチャリアカーではオレのことは轢けないですよ」
「かーっ! 相変わらず可愛くねーヤツ! ま、部屋のどっかにでも置いてくんな」
「――ありがとうございます」
「わーっ、いいないいな!」
 高尾がチャリアカーの模型をちょろちょろしながら見ている。
「真ちゃん。それオレにちょうだい?」
「だめだ。これはオレがもらったものだからな」
「ケチー」
「まぁ、高尾にはいずれなんか彫ってやるよ」
 高尾にウケたのに気を良くしたのか、宮地は満足げだ。
「オレはみんなで食べられるもので――」
 ベンチの上のラッピングした大きな箱を大坪が指差す。
「中身はホールケーキだ。生クリームたっぷりのやつ」
「…………」
 大坪が顔に似合わず器用なことは知っている。だが、ギャップがあり過ぎて緑間などは思わず頭がくらりとしてしまう。
「家で作ってきたんすかぁ?」
 高尾の問いに、
「ああ。学校じゃ揃えられない材料も多いからな」
 と大坪は平然と答えた。
「家庭科室の冷蔵庫に保管していたが、狙っているヤツらも多くてな……休み時間には見張りに行ってたよ」
「大変ですねぇ、大坪サン」
「何を言う、高尾。一番狙ってたのはオマエだったくせに」
 大坪が高尾の頭にチョップを食らわす。
「あいてっ」
 と、高尾は笑っている。
「あ、そうだ。真ちゃん。これ、オレから」
 それは緑と白のバスケットボールだった。
「マイボールにしてくれよ」
 と高尾がウィンク。
「――ありがとう」
 こんなにみんなが自分の誕生日を祝ってくれるとは――。
 どうしてオレみたいな偏屈な男をみんなが祝ってくれるんだろう……。
「おお、もうこんなに揃っているのか。――緑間。誕生日おめでとう」
「中谷監督……」
 いつの間にかバスケ部監督の中谷が部室に入って来ていた。
「これからもオマエの活躍には期待しているぞ」
「はぁ……」
 緑間が何と答えたらいいかわからないでいると――。
「中谷カントクは自分の息子みたいで真ちゃんが可愛いんだとさ」
「な……高尾!」
 中谷監督が慌てている。
「それを言うなと言っただろうがっ!」
 途端、大爆笑の渦!
「真ちゃんこの頃素直になってきたもんなぁ。だから、関わり合いのあるオトナ達は緑間の成長を感じることができて嬉しいのだよ!」
「高尾ー!」
 むきになって叫ぶ監督。真面目一徹の先生のこの態度にますますみんなは大笑いした。緑間も涙が出るほど笑った。黒ぶち眼鏡をずらして目元を拭う。
「いいのだよ、わかったのだよ……こんな嬉しい誕生日は……」
 久しぶりなのだよ。
 だが、その台詞は飲み込んだ。
「良かった。真ちゃん喜んでくれて」
「高尾だよ。このサプライズパーティー計画したのは」
「あはは。バラさないでよ、照れるな~」
 ちっとも照れていそうにない、否、それどころか嬉しそうな高尾に緑間は、
「……高尾、ありがとう……なのだよ」
 と言って――どうやら微笑んでいたらしい。
「あーっ! その顔すっげ可愛い!」
「見逃したー!」
 などと大騒ぎしているギャラリーを後目に緑間は、
(何がなんだかわからないけれど、オレはこの部にいて楽しい)
 ――と思った。
 ぽんぽんと自分の肩を叩く人物、それは高尾であった。
「緑間。オレ達アンタのこと嫌いになれねぇってこと、自覚しろよ」
 そう言っていたずらっぽい流し目をくれる。故知らず、緑間はどきんとした。
「さ、練習に戻るぞ」
「うーっす」
 部員達は三々五々、体育館に戻って行く。
「あれ? 大坪サンのケーキ食わねんですか?」
「後ででいいだろ。――この部屋の鍵は私が持ってるから」
 高尾の質問に中谷が大真面目に答える。
「練習ちゃんとやらん者にはケーキやらないぞー」
 大坪が大声を発する。
「あわわっ、大変! 今行きまーす!――ほら行くよ。真ちゃん」
「先に行け」
 プレゼントたくさんもらってしまったのだよ――と、感慨深く緑間は自分のよく整頓されたロッカーの中に贈り物をしまった。

おまけ
「ねぇ、大坪サン。早くしないとケーキぐずぐずに溶けてしまいますよ! 生クリーム使ってるんでしょ?」
「高尾! オマエはケーキのことしか頭にないのか?」
「だって~」
 大坪の言葉に高尾は不服そうに唇を尖らす。
「心配はいらない」
「うぉっ……! 監督……?!」
「大坪が緑間に作ったケーキはちゃんとクーラーボックスに保管してある」
「あ……ありがとうございます」
 と、大坪。
「それから記念撮影もせんとな。真ん中は緑間だぞ。ちゃんとデジカメ持ってきたからな」
「はぁ……」
 監督がいつもよりうきうきしてるように見えるのは気のせいか?
 このサプライズパーティーを誰より満喫しているのは祝われる緑間でも、提案した高尾でもなく、案外中谷監督であったかもしれない……。

後書き
真ちゃん誕生日おめでとう! 秀徳のメンバーと中谷監督に祝ってもらってください!
2013.7.7


BACK/HOME