緑間クンの悩みがひとつ減った日

 さっき、高尾にキスしてしまったのだよ――。
 あいつがあんまり可愛いから……。
 一時の過ちと誤魔化す気は毛頭ないのだよ――。

「真ちゃん、帰ろうぜ」
 高尾はいつもよりも嬉しそうだった。というか、嬉しそうであっていればいいというオレの願望かもしれない。
「今行くのだよ」
 そして、またじゃんけん。
 いつも通り高尾が負けた。オレが勝ったのは人事を尽くしているからだ。
 自転車を漕ぐ高尾の後姿をそっと覗き見る。
 オレ達の乗っているチャリアカーは自転車とリアカーを繋ぎ合わせたややけったいな乗り物である。でも、慣れれば風を感じることが出来るし快適だ。
「おい、高尾、もっと早く漕げ」
 高尾は答えない。オレが無理にキスをしたのがいけなかったのだろうか。
「おい、高尾――」
 またしても答えがない。やはりまだ早過ぎたのだろうか――。でも、こいつも恋だと言ったのだから――。
 オレは――高尾和成が好きだ。
 家に着いた。オレがチャリアカーから降りると、高尾がオレの名を呼んだ。
「真ちゃん。さっきは――嬉しかったよ」
 そう言ってふにゃんと笑う。
 ――反則だろう?! それは!
 オレは何となく心許ない気持ちで玄関に向かった。

 高尾……。
 いつの間にか自分の気持ちに気付いてしまったのだよ。オレ達は男同士だ。でも、今時そんなのは関係ない。
 春菜の影響もあるのだろうか……。
 妹の春菜は小学校の頃から、
「私は可愛い女の子が好き!」
 と断言して憚らなかった。その厚かましさ――いやいや、勇気がオレにとっては羨ましくもあった。
 でも、オレが男を好きになるとは思わなかった。今まで恋した人間はみな女だったし――。結局恋が実ることはなかったが。
 だけど今回は――実りそうなのだよ。何か複雑なのだよ。
 あんなへらへらしたヤツのどこがいい。緑間真太郎。でも、あいつもいつも人事を尽くしている。
 それだけではない。美少年という程ではないが、あいつも結構外見整っているし――。
 性格悪いかと思えば可愛いところも見せてくる。
 気がつけば、いつも隣を歩いていた。
(真ちゃん……)
 オレはいつもその声を思い出す。
 最初は真ちゃんなどと馴れ馴れしく呼ぶな、と反発したこともあったが、何故か、高尾のオレへの呼び方は『真ちゃん』で定着してしまった。
 まぁ、真剣な時や怒った時などはあいつはオレのことを『緑間』と呼ぶが――。
 くそっ。何だってあんなヤツのことが気になるのだよ……。
 真ちゃん、と呼ばれる度、どきっとする。高尾のシャワーを浴びている時の均整のとれた裸を思い出すと悶々としてしまう。
 ふぅ……宿題でもやるか。いつもやっていることだが気は紛れるだろう。
 ――スマホが鳴った。
「もっしー、真ちゃん?」
「何なのだよ……」
「声、聞きたくてさ」
 だったらチャリアカーを漕いでいる時いくらでもチャンスがあっただろ。あの時無視しておいて今更――。
「お前はオレが声をかけても返事しなかったのだよ」
「あ……ごめん。真ちゃん……ちょっと恥ずかしくてさ……」
 今の高尾の顔を直接見てみたかった。恥じらう高尾の顔はさぞかし可愛いだろう。
「オレも――」
「だよね。本気のキスって初めてだったし」
「お前にとってもか?」
「……うん」
「――触れる程度のキスしかしていないのだよ」
「……でも、オレ、嬉しかったから……」
 頭の中で鐘が鳴った。
 高尾が女だったら責任取って結婚したのだよ。
 いや、男の高尾だって好きだ。オレは、高尾という存在が好きなのだ。
「真ちゃん、聞いてる?」
「ああ。聞いてるとも。オレも嬉しかったのだよ」
「その言葉に嘘はなさそうだね。真ちゃん、いつもより声が優しいもん」
 ああ、恋が実ったからなのだよ。
「ねぇ、真ちゃん。真ちゃんはオレの為に、女の子達の告白断ってたの? 可愛い娘ばっかだったじゃん」
 そうだ。みんな可愛かった。性格も良さそうだった。けれども、オレは、高尾の方が――。
「他のヤツを思いながら女と付き合える程オレは器用ではないのだよ」
「うん。オレも――。実はさ、最近、オレも告白されたんだけど、断った。オレには真ちゃんがいるから――」
「あ、あ……」
 オレは動転した。
「あまり心臓に悪いことを言うのではないのだよ」
「へぇー。試合のプレッシャーには強い緑間真太郎様も恋には弱いって訳か」
 高尾のにやり笑いが脳裏に浮かんだ。
「少なくとも得意分野ではないのだよ」
「黄瀬なんかはそういうの強そうだよね」
「あいつと一緒にするな」
「うん。オレ、愚直な方がいいもん」
「オレが愚直だと言いたいのか?」
「だってさー。毎日おは朝のラッキーアイテムなんて大真面目に探す男なんて真ちゃんぐらいじゃん」
 そう言って高尾は笑った。オレはもしかしてこいつに遊ばれているだけではなかろうか。まさかな……。
「お前はオレのどんなところが好きなのだよ」
「んー、難しい質問だな。強いて言うなら……全部?」
「――真面目な答えみたいだな」
「オレはいつだって真面目だよー。真ちゃん程ではないけどね」
「そうは見えないのだよ」
「オレだってさ……悩みとかぐらい、あるよ。真ちゃんに捨てられないかとかね。オレ、鬱陶しいヤツだと思われてるかもー、とか」
 そうだ。こいつはああ見えて繊細なのだった。
「お前の取り扱いには気をつけているつもりなのだよ」
「わは。取り扱いって、オレ、真ちゃんのラッキーアイテム?」
「当たらずと言えども遠からずなのだよ」
「じゃ、一生持ち歩いててくれる? オレがじじいになっても」
「勿論なのだよ」
 今日、オレは一生高尾を傍に置いておくことを誓った。一方的にだが。
「今、テスト勉強期間中だからさ――それが終わったらデートしねぇ」
「――いいな」
「真ちゃんどこ行くー?」
「考えておくのだよ」
「うん。オレも考え中。んじゃねー。もう切っていい?」
「ああ。お前も勉強頑張れよ」
 電話が切れた。何となく頭がクリアーになった。ついでに過去問も解く。どんどん解ける。
 やはりラッキーアイテムを携行していて正解だったのだよ。今日のラッキーアイテムはお洒落な栞だったのだよ。持ち運ぶのに楽だし、高尾とは結ばれるし――。
 オレは少し、我儘らしい。それでも高尾は付き合ってくれるが、今度からもうちょっとヤツを大事にしようと思ったのだよ。

後書き
2017年7月のお礼画面小説です。
やはり緑高が好きです。昔は高緑が好きだったんだけど。なんか高尾ちゃんが可愛くなってしまって。
ちょっと腐向け。高尾にキスした後らしい。羨ましいぞ緑間!(笑)
2017.8.2

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