緑間クンのファーストキス

 高尾にキスしてしまったのだよ……。
 オレは男好きとかそんなことは断じてない……はずだ。
 チャリを漕いでる高尾が鼻歌を歌っているのがムカつく。
 どうしてオレは、あの時、高尾にキスしたいと思ったのだろう。オレはただ……あいつに日頃の感謝を伝えたかっただけなのだよ。――寝込みを襲ったつもりは断じてないのだよ。信じてくれ、湯島天神様……。
 嗚呼、父さん、母さん、親戚一同。生まれてきてすまない。オレ、緑間真太郎は――越えてはいけない一線を越えてしまいそうなのだよ。
「なーにブルーになってんの。真ちゃん」
 高尾が上機嫌で訊く。いつもと同じような明るい高尾……。
 オレはもう、お天道様の下を歩けないのだよ。
「ラッキーアイテムでもなくしたの?」
「それはちゃんと持っているのだよ」
 今日のラッキーアイテム。――赤ペン。
 これで自分のやったことを添削したいのだよ。
 高尾にバレたら……きっと離れていくのだよ……。
 高尾が起きて来た時、何とか上手くいつも通りに振る舞うことができたと思ったのに……。
 後悔はじわじわ来るのだよ……。二人きりになると更に……。
 えーい! そもそもこいつが悪い!
 あんな……あんな無防備に寝ているから、薄い色の唇がピンクに色づいて動く度艶めかしく思えたから……。
 なんて……犯罪者の台詞なのだよ。
 家族よすまん。妹よごめん。オレは犯罪者なのだよ……。
「ちょっとー。いい加減いつもの真ちゃんに戻ってくれる? うぜーから」
 ああ。高尾……オマエにはわかるまい。オレは……オオカミなのだよ……。オマエなんか一口でぺろりなのだよ。
「あ。おしるこ、買ってくんね」
「いや。オマエはいい。オレが行く」
「は?」
 どこに高尾に目を付ける輩がいるかわからない。高尾は無邪気過ぎなのだよ。
「じゃあ、じゃんけんで決めるー?」
 高尾の態度はどこか投げやりだ。すまん、高尾。
「じゃーんけーんぽい……おー、オレの勝ちだ。どうしよう」
 無駄な勝ちを拾ってどうする、高尾……。
「――オレが買ってくるのだよ」
「えー、でも勝ったのオレだし……いいの?」
「自分のおしるこぐらい自分で買えるのだよ!」
 つい怒鳴ってしまった。
「『ひとりでできるもん』……」
 昔NHKでやっていた伝説の番組だ。オレのツボに入ってしまったのだよ……。オマエも知ってたか、高尾。
「う、うるさいのだよ……」
 オレは自販機の前に立っておしるこを二本買った。
「ほら、高尾」
「え? オレの分まで? いいの?」
「いいのだよ! ほら!」
「ははっ、サンキュー。真ちゃんがデレたー♪」
「でっ、デレてなどいないのだよ」
 ただ……今朝の詫びのつもりなのだよ。詳しくは高尾には言えん……。
「こ、コーラの方が良かったか?」
「んー、でもオレ、今和菓子気分♪ あんがとね、真ちゃん」
 そう言って笑う高尾。
 普段だと、なに能天気に笑ってんだと頭に来るところだが……。
 今は……可愛い……。
「あ、でも今チャリ漕いでるから飲めねぇや」
 な……そうだったか!
「ま、いいや。後でおいしくいただきます」
 オレも後で高尾をおいしくいただきます――じゃなくって!
 オレはどこかおかしくなっているのではないか? 運命の歯車、狂ってないか?
 今日のおは朝の占いで蟹座は12位だったのだよ。よく当たる占いだな。
 ちなみに蠍座は1位で――
『好きな人にちやほやされます。でも調子に乗り過ぎには注意!』
 という結果だった。
 誰だ、高尾の好きなヤツって……。
「ねぇ、真ちゃん」
「なっ、何なのだよ!」
「何かあった?」
「何も……ないのだよ」
「ウソだー。この高尾様のホークアイは何でもお見通しなんだぜ。熱でもある? 腹でも痛い?」
 …………。
 全然見通せてないのだよ、高尾……。
 オレがちょっと優しくするとこれなのだよ……はっきり言って高尾が眩し過ぎる。
 大体――オレが悪いのだが、あれはオレのファーストキスだったのだよ――。己の迂闊さに腹が立つのだよ!
 高尾相手なら別段悔いはない。ただ、オオカミに豹変したオレが自分で怖くなっただけなのだよ。
 時間を巻き戻したい……。オレは、オレは高尾をそんな目で見てたのか。
 信号待ちだ。高尾がこっちを見ている。
「へぇー……」
「何なのだよ」
「いや、改めて真ちゃんてキレーだなーと思ってさ」
「き、きれいだと……?!」
 高尾はその台詞がどのぐらい破壊力を持っているのかわかっているのか!
「うん、睫毛長くて色が白くてすっごいキレイ」
 オマエのその褒めちぎっている相手は実はオオカミなのだよ……。ちっとも綺麗ではないのだよ。
「信号が青になったのだよ」
 照れ隠しにそう言うと、
「あっ、やべ」
 と高尾がチャリアカーを動かし出す。揺れ具合が心地良い。
 いつもだとその揺れに身を預けて思い切りリラックスするのだが――今はそんな気になれないのだよ。
「高尾、何か欲しいものはないか?」
「んー、特にないなー。欲しい物は全部持ってるしー……」
 ――このリア充爆発しろ!
 と、宮地センパイのいつも言っている台詞をオレも心の中で唱える。ついでに木村センパイの軽トラで轢いて欲しい。
 オマエは自分の一顰一笑でオレを振り回しているのかわかってるのか?
「後はバスケができればそれで」
「それはオレも同じなのだよ。でも、欲しい物は本当にないのか?」
「んー、真ちゃんのデレ?」
「……さっきもオレがデレたと言ったな。そもそもデレとは一体何なのだよ」
「ぶはっ! それわかんないの?! やべぇ、真ちゃん、超カワイイ!」
「オレは可愛くなどないのだよ。可愛いと言ったらむしろオマエの方だろう」
「それをデレって言うんだよ。うはぁ、つか真ちゃんわかりやす過ぎっしょ。あのね――言っちゃっていいかな。あのね。今朝変な夢見た」
「変な……?」
「真ちゃんがオレにお礼を言う夢」
 それは夢ではないのだよ。それに変とは失敬な。
「いやー。これは夢だ夢、現実ならマジっすかって感じだったけど。それから……」
「わー。それ以上は言うな!」
「あ、てことは、やっぱ真ちゃんオレにちゅーしたんだー」
 ……穴があったら入りたい気分なのだよ……。
「何でオマエはそんなに嬉しそうなのだよ……」
「だって真ちゃんが相手だもん♪」
「…………!」
 オマエは男同士ってことに抵抗はないのか?! オレだってオマエだったら余裕で抱けてしまうかもしれないのだよ?! オレの方が力は強いし。
「実はさー、妹ちゃん以外の人とキスなんて初めてなんだよね、オレ」
 ……その高尾の妹にも嫉妬してしまうオレはバカガミよりもバカなのだろうか……。頭が痛くなってきた……。
「だけどさー。いいじゃん、別に。オレも真ちゃん嫌いじゃないし。そういうことであんまり苦にやまないこと。いいな」
 オマエはそれでいいかもしれないが……オレはこれからい寝がての夜を過ごすことになりそうだ。まだ朝も始まったばかりなのだが。
 チャリアカーが学校に着いた。こんなけったいな物を置いてくれる秀徳もかなり大らかな高校なのだよ。
「つーいた♪ お疲れオレー。ま、テンパる真ちゃんも見てて面白かったけどな。やべ。思い出してきちった」
 こいつめ……。天使に見せかけて実は魔性の男か?!
 高尾は大口開けて笑っている。このぉ……なんか突っ込んでやろうか。
「笑うな、高尾……!」
 こいつはリンチにかけてやる……! 恨みを込めてそう思った。
 このオレを嬲ったのだよ。一発殴らなきゃ気が収まらん!
 覚悟しろよ高尾……!
「ん……でも……実はオレもちょっとテンパってしまったから……真ちゃんのことばかり言えないんだ。でも、真ちゃんが相手ならオレ……何だって許せちゃうかも」
 …………。
 耳を擽るような声で紡がれた言葉に不覚にもときめいてしまった。
 全く……高尾和成。こういうところではオマエに敵わないのだよ。このお返しは必ずするからな。
 例えばその――オマエを抱くとか……自分で考えて恥ずかしくなったのだよ。合意の上でなければ流石に立派な犯罪だろうか……。やはりこれは没だ。
 だが得意のバスケでなら絶対負けないのだよ! 覚悟しておけ高尾!

後書き
テンパる真ちゃんとそんな真ちゃんを振り回す高尾を書いてみたかったのです。
なかなか可愛いな、真ちゃん(笑)。
2013.12.23


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