緑間クンの初恋物語

「なぁ、真ちゃん。真ちゃんの初恋ってあの誠凜のカントクさん?」
 チャリアカーを牽きながら高尾が訊くのでオレは、
「――まぁ、そういうことになるのかな」
 と、軽く受け流しておいた。
「でも、それって高校に入ってからでしょ。ずいぶんオクテなんだね、真ちゃん」
「そうでもないと思うが?」
「オレなんか初恋幼稚園だぜー」
「それにしては浮いた噂ひとつ聞かないのだが」
「なんだよー。こう見えてもオレ、モテんだぜ。真ちゃんはどうなのさ。誠凜の相田さんの他にちょっとでもいいな、と思う女の子いなかったワケ?」
「それぐらいなら……」
 オレはざっと記憶を手繰り寄せる。
(桃井……)
 桃井さつき。元帝光中男子バスケ部のマネージャー。現桐皇学園バスケ部のマネージャーでもある。
「いたんだね」
「い――いないのだよ」
「うっそだー! 挙動不審だもん!」
「う、うるさいのだよ!」
 オレが桃井に好意を寄せていたのは事実だ。ただ可愛いからではない(可愛かったけど)。胸が大きかったからでもない(大きかったけど)。
 あいつは……オレ達をすごく気づかってくれていた。データ収集の腕も一流で、何度助けられたか知れやしない。しかもそのデータから未来の作戦の予測まで計ることができ、それが百発百中なのだ。
 だが料理は壊滅的だった。まぁ、完璧過ぎるより弱点がひとつあった方が親しみは持ちやすい。
 オレは桃井が好きだったが、恋とまでは行かなかった。何故か。
 桃井には他に好きなヤツがいたからだ。
 オレは最近まで桃井の好きなヤツは青峰だとばかり思っていたが、黄瀬によると黒子なのだそうだ。
 ――気がつかなかったオレは黄瀬にサル呼ばわりされてしまったのだよ……!
 しかし、青峰と桃井は結構似合いだと思ってたのだがな。夫婦みたいで。
 この間、青峰に訊いたら、
「なんだ、緑間。知らなかったのかよ。あいつの本命、テツだぜ」
 との答えが返ってきた。
 青峰でさえ知っていたのか……!
 そうなると、オレは黄瀬にサル呼ばわりされても仕方ないのかもな。
 そういえば、思い当たる節もないわけではなかったのだよ。
「どうしたの? 真ちゃん。黙りこくっちゃって」
「え? いや、オレは何も見てこなかったんだなぁって思ったのだよ」
 桃井のことも、相田リコのことも。
「へぇ、真ちゃんがそう言うなんてめっずらし」
「オレだって時には自省することぐらいあるのだよ」
 オレには女心などわからない。
 ――だから、リコに失恋したのだろうか……。いいや。それは関係ない。リコにも好きな者がいた。それだけのことだ。
「真ちゃん、落ち込むなよ。真ちゃんがいい男だってのはオレが保証してやっからさ」
「別に落ち込んでないし、オマエの保証などいらないのだよ」
「よぉし、いつもの緑間のツンが戻ったな」
 高尾はオレのことを『緑間』と呼んだり『真ちゃん』と呼んだりする。
「ま、恋愛ごとならオレに相談してくれよな。アドバイスぐらいはできっかもしんないからさ」
「アドバイスか……」
 オレはオマエのことが好きだ。
 そう言ったら高尾はどんな顔をするだろうか。
 満更冗談ではないのだ。この男に好意めいたものを感じる瞬間がある。
 桃井といる時や、リコと一緒にいる時に感じた甘いときめき。オレは――この男が好きなんだろうか。
 恋愛と勘違いしているだけかもしれない。オレは――そういう方には疎いから。
「真ちゃん……」
「なんだ?」
「教えてくんないかなぁ、その……初恋だったかもしれない娘の話を」
「だからいないと言ってるだろう」
「嘘だね」
「何故そう言う」
「だって、真ちゃんだって男だろ? 恋バナのひとつやふたつ、あるに決まってるっしょ? それに、さっき動揺してたじゃん。気になる子、いたんだろ?」
「いろいろ思い出していたのだよ」
「聞かせてよ。名前は伏せておいていいからさ――いい女だった?」
「勿論なのだよ」
 オレは誘導尋問をされている気分になった。
 桃井はリコに感じが似ているかもしれない。今気付いた。
「やっぱり思い出とかあるワケ?」
「まぁ……な」
 オレは中学時代の記憶を掘り返していた――。

「待ってー、ミドリンー」
 桃井が走ってきた。
「何の用なのだよ。桃井。それにミドリンと呼ぶなと何度言ったらわかるのだ」
 オレはちょっとぶっきらぼうに対応していたかもしれない。だが、そんなことでめげる桃井ではない。
「明日、秀徳の推薦入試の日でしょ?」
「――それがどうしたのだよ」
「はいこれ」
 桃井がオレに渡したのは合格祈願の御守りだった。
「ミドリンならその手の御守りいっぱい持ってそうだけど、良かったらこれも仲間に入れてね」
 そう言って桃井はにこっと笑う。
「あ……ありがとう、なのだよ」
 落ち着け落ち着け、緑間真太郎。桃井は単なるチームメイトなのだよ。
 それに桃井には青峰がいる。彼女のファンクラブもある。(当時は黒子が桃井の本命だとは知らなかった)
 オレに対して特別な好意がある訳ではないのだよ。そう。オレは無駄な勘違いはしないのだよ。
 でも何故だ。胸が痛むのは――。

 その合格祈願の御守りは、今も大事にとってある。というか、たくさんの御守りと共に、部屋の中に閉まってある。――いつかラッキーアイテムで指名される日が来るかもしれないから。
 桃井の名前は伏せてその話を高尾にした。ヤツは言った。
「ふーん。やっぱりその子が初恋なんじゃないの? 真ちゃんにとっては」
「なにぃ?! 馬鹿を言うな! その子にはもう他に好きな相手がいて……」
「恋は思案の外ってね。やっぱり真ちゃんその子が初恋だったんだよ」
「そうか……」
 あれは初恋だったのか……。オレは――傷つきたくないから逃げていただけなのかもしれないのだよ。
 だから、リコにときめいた時、好機だと思った。今度は必ずチャンスを掴むと。
 それに――リコへの恋が桃井への淡い想いを打ち砕いてくれたのだよ。
 まぁ、リコにも好きな人がいたわけだが、彼女に恋したことを後悔はしていない。
 桃井の時も、もし自分の気持ちを伝えていたならば――いや、よそう。単なる繰言だ。
 今は高尾がいるし――オレは結構満足している。毎朝チャリアカーで御出勤遊ばす優雅な身分も悪くないのだよ。おしるこも忘れずに。
「なぁ、高尾」
「はい?」
「オマエはずっとオレの傍にいてくれるか?」
 ――高尾は黙ってしまった。話が飛び過ぎたか。でも、高尾、オマエならこのぐらいは笑って流してくれるだろう――。
「なんか、それってプロポーズみてぇ」
「い、嫌か……?」
「うーん……結構嬉しかったりして? 先のことはわからないけど――オレも真ちゃんとずっといたいな」
 そう言って振り向きざまに笑顔を見せる。太陽に映えるとても眩しい笑顔。
 オレは男の笑顔にどきどきするという人生初の体験をこいつにした。そして、今もまた、どきどきしている。

後書き
緑桃ちっくかな。
企画・よろずの部屋に載せようかとも思ったんですが、緑高前提なのでこっちにしました。
しかし、うちの緑間は可愛いけど料理下手な子ばっかり好きになるんですね(笑)。
2014.2.22


BACK/HOME