緑間の秋

「う~」
 高尾が体をぶるっと震わせた。
「寒いか? 高尾」
「うん。寒い」
「まだ寒い季節ではないと思うが」
「真ちゃんは暑さも寒さも平気そうだね」
 真ちゃん――オレは緑間真太郎と言う名前なのだ。
「まぁ、気温が元で体調が悪くなったことはない」
「羨ましいぜ。うー、寒」
「そんなこと言ってたら紫原のいる秋田では暮らせないのだよ」
「別に紫原と暮らすつもりはないからいーもん。オレはずっと真ちゃんとここにいるもん」
 ――それが絶大な威力を持つ殺し文句だとわかってるのか? 高尾。
「そうも言ってられないのだよ。大学だって別々だろうし」
「何で大学が別々なんだよ」
 不満そうな高尾。唇を突き出す。――可愛い。
「お前、自分の偏差値わかっているのか? オレと一緒の大学に行けると思っているのか?」
 つい、嫌味な口調になってしまうのだよ……。
「それ、どういう意味だよ――あぁ?!」
 やはり高尾は怒ったようなのだよ。
「余計なこといろいろ言いやがって――。ま、真ちゃんて変人だけど、偏差値だけはいいもんな」
 ――いろいろ余計なことを言うのは高尾もなのだよ……。偏差値だけはいいってどういう意味なのだよ。
「オレだって勉強するもんね」
「それがいいのだよ」
 高尾がオレンジ色の瞳でじーっとこっちを見ている。
「な、何なのだよ」
 思わず狼狽えてしまうのだよ。
「真ちゃんて顔もいいしバスケも上手いし――これで変人という欠点がなければねぇ……」
 変人、変人て……。
「そんなにオレは変か?」
「うん!」
 そんな簡単に肯うななのだよ。高尾……。そういえば、オレは中学時代も変人扱いされてたのだよ。くそっ。オレのどこが変なんだ。
 ――今度黒子辺りにでも訊いてみようか……でも、変人という根拠が強固になったら流石のオレもちょっと凹むのだよ……。
「今日、家に来るか? 勉強教えてやるのだよ」
 オレは高尾に言った。
「えっ?! いいの?!」
 高尾が嬉しそうなのだよ。良かった良かった――なのだよ。
 そんなにオレの家は好きか? そうだったならオレも嬉しい。
「オレの家で教えてもらおうかな、と思ってたけど、オレの部屋散らかってるから」
 そんなこともないのだよ。でも、口にはしなかった。
「お前が来たら、春菜がうるさいかな」
「あー、春菜ちゃんね。オレの妹ちゃんのこと好きだから」
「夏実はお前と違っていい子なのだよ」
 夏実は高尾の妹なのだよ。
「何だよ、オレと違ってって――まぁいいや。なっちゃんには後で伝えとく」
「そんなことしなくてもいいのだよ」
「なっちゃんだって真ちゃんが好きだからきっと喜ぶと思うよ」
 夏実に好かれたって仕方ないのだ。そりゃ、オレだって夏実は嫌いじゃないのだよ。でも、本当に好きなのは――。
 オレは目の前の想い人――高尾和成に目を奪われていたのだよ。
「どうしたの? 真ちゃん。あ、じゃんけん」
「――今日はオレが漕ぐのだよ」
 この煩悩を消し去る為に。
「へぇ、めっずらし」
「少しでも風を感じていたいのだよ」
「じゃ、オレはリアカーに乗って楽させてもらいますか」
 高尾がうきうきしながらチャリアカーのリアカー部分に乗る。
「――行くのだよ」
 オレは自転車を漕いだ。結構重いのだよ。高尾はずっとこの重さを感じ取っていたのか。
 まぁ、トレーニング代わりだと思えばいいのだよ。
 街は紅葉に彩られている。
「すげぇな。綺麗な景色じゃん」
「確かに今はいい季節なのだよ」
「リアカー乗るの気持ちいいな。ちょっと寒いけど。――真ちゃん、いつもこんな感じなの?」
「――まぁな」
 オレ達の他にも帰宅途中らしい秀徳の学生達がいた。さぞ驚いたことだろう。いつもはオレがリアカーに乗っているものな。
(緑間がチャリ漕いでる)
(あいつ、じゃんけん敗けたのかな)
(あれ、じゃんけん制だったのかよ)
 噂がひそひそぼそぼそ聞こえてくる。オレは目は悪いが耳はいいのだよ。高尾が笑う。
「あは。噂んなってる。オレ、チャリの人って覚えてもらってたのかな」
「――別に事実だからいいだろう」
「そうだな。――今度は正々堂々じゃんけんに勝って乗ってやる」
「やってみろ。オレはラッキーアイテムがあるから無敵なのだよ」
「あはは。真ちゃんはいつもそれだ」
「ラッキーアイテムを笑うヤツはラッキーアイテムに泣くのだよ」
 しかし、高尾にはいつも世話になってはいる。高尾は笑いながらもいつもオレの傍にいてくれた。
 オレのことを変人と言いながらも、いつも、傍にいてくれたのだよ――。
 やはり、オレもこいつと同じ大学に通いたいのだよ。
「勉強、少しハードにしていいか?」
「ん? ああ、いいよ」
 高尾は何か考え事をしているようなのだった。何かそういうのは伝わるのだよ。何を考えていた。高尾。
「どうしたのだよ。高尾」
「んー、秋だなぁ、と思って」
「それだけか?」
「真ちゃんと友達になって、まだ一年も経たないのに、随分いろんなことがあった感じ」
 オレもなのだよ。高尾。お前と会えて良かったのだよ。
「いろんなことがあって、楽しかったなぁ」
「これからもっと楽しいことが山のように待っているのだよ」
「――真ちゃんが言うとそんな感じがするね」
 信号待ちだ。オレは自転車を止めて後ろを振り向いた。
「高尾。頭に紅葉がついているのだよ」
「え? あ、本当だ。――秋のアクセサリーって感じ?」
 高尾が笑う。――可愛いのだよ。
 こいつが相棒で本当に良かった。バスケでも、日常生活でも。
 ――信号が青に変わった。オレはまた脚に力を込める。これはいい運動になりそうなのだよ。だから、高尾は脚力があるのだろうか。
「高尾。勉強もバスケも頑張るのだよ」
「そうだね。ウィンター・カップも近いし」
 ウィンター・カップが終わったら、三年の先輩達は引退する。その時は盛大に祝って送るつもりなのだよ。
「優勝しようね」
「勿論なのだよ」
 オレと高尾。そして、三年のスタメンの先輩達がいれば、優勝は夢ではないのだよ!

後書き
この秋の話、今を逃すと次はないと思って載せました。
今はもう、こちらでは冬にさしかかっております。初雪も降ったし。
真ちゃんは「まだ寒い季節ではない」と言っていましたが、もう充分寒いと思います。
都内はどうなんでしょうねぇ。
2018.11.23

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