ローカルサイトでラブラブ3

「あー、終わった終わった」
 高尾和成が宿題を終えて伸びをした。
「お前は気楽でいいのだよ。オレは、帰ったら予習復習をやんなきゃいけないのだよ」
 緑間真太郎が言った。
「えー、いいじゃん。そんなの。……マジメだねぇ、真ちゃん」
「お前だって予習復習やってるだろ?」
「あ、わかる?」
「お前も人事を尽くしているのだよ」
「まぁね。でも、一息入れない? オレのローカルサイトに進展があったのだよ」
「語尾を真似するな。――どうなった?」
「ゲームができたよ。と言っても、一部だけだけどな。ひなちゃんに絵を描いてもらった」
「見せるのだよ」
 高尾は緑間に促されるままにパソコンを開いた。ディスプレイにはでかでかと『おひとりさま』の文字が。
「ゲームはこっち」
 高尾はある画面を見せた。黒髪に吊り上がったオレンジ色の瞳の高尾が上半身だけブラウスを着衣していて、下は何も穿いていなかった。
 ごっくん。
 緑間の生唾を飲む音が。
「ほんとは真ちゃんバージョンのが欲しかったんだけどねぇ……オレのイラストから先に描いてもらったから、声をあてたんだ」
 ゲームの中の高尾が喘ぐ。
『真ちゃん……来て……』
「無論なのだよ」
 そう言って、緑間は高尾を押し倒した。
「ちょっと待って……真ちゃん!」
「誘われてるのに、据え膳食わぬは男の恥なのだよ」
「それっ! ゲームの中の話だから!」
「何を言う。ゲームよりも本物の方がいいだろうが」
「ゲームと現実を一緒にしないで~」
 高尾はあたら花と散らされるのか。その時――規則正しいノックの音が。
「お兄ちゃん、真太郎さん、ジュース……」
 そこで、高尾和成の妹、高尾夏実は絶句した。
 兄が、クラスメートに組み敷かれているのだ。しかも、着衣は半ばはだけている。年頃の娘に見せるには、かなり不穏当なシーンだったかもしれない。
「あ、ジュースとケーキここに置いて行きますね」
 夏実はジュースとケーキを床に置いた。
「それじゃ……ごゆっくり」
 夏実はとってつけたような笑顔の仮面を貼りつかせていた。
「うわ~ん、真ちゃんのバカ! 後でなっちゃんに怒られる~!」
「あれは怒ってたのか?」
「そうだよ~。なっちゃん、怒ると怖いんだって。オレ、何にも悪くないのに叱られるなんて理不尽過ぎるよ!」
「わ……悪かったのだよ。オレが誤解を解くのだよ」
「いいよ! そんなことしなくたって! かえって誤解深めるだけだって!」
 立ち上がろうとする緑間の袖を高尾が引っ張る。緑間はどすんと高尾の上に倒れ込んだ。顔が近い……。
「だから……その気がないならそんな風に誘うな、と……」
『あん……真ちゃん……早くぅ……』
「誘ってない誘ってない」
「このゲームのことも、夏実が知ったら怒るのかな?」
「う……なっちゃん、すぐに出て行ったから……どうなのかわかんないけど。だって、妹に訊けるか?! 『オレの自作のエロゲの画面見た?』なんて……」
 それに……家族の存在もある。死んだら……このゲームのデータを見られるのかな。でも――。
 緑間は緑の瞳で訝しそうに高尾を見つめていた。
「お前……まだこのゲーム創るのか?」
「う……うん」
「家族には内緒なんだな」
「うん」
「もしお前が死んだ後、完成したゲームを夏実が見たらどうなるかな……?」
 緑間がアルカイックスマイルを浮かべる。高尾は想像していた。身の毛もよだつ想いがした。
「捨てられる! オレの遺骨、海に捨てられる!」
「ほう……それほど夏実は潔癖なのか」
「まぁね。思春期だもん。――でも、やっぱりゲームは完成させたいよぉ」
「夏実に殺されても知らんぞ」
「なっちゃんはね……殺さないの。じわじわ~っと真綿で首を絞めるように責めるの」
「それは……殴られるより怖いな」
「だろ?」
「じゃあお前、このローカルサイトのデータがある限り、死ねないな」
「死んだ後、データを消せるデータがあることはあるようなんだけど……」
 その後、高尾と緑間はディスプレイの画面を一旦消して、あーだこーだと死後の対策について話し合った。死んでからのことは、もう気を遣わなくても良いのかもしれないが。
「あんまりお前と仲良くすると、夏実は妬くかな」
「う……どうだろう」
「まぁ、今日はこれで我慢してやるのだよ」
 緑間は眼鏡を外す。睫毛バサバサの緑色の瞳が露わになる。緑間と高尾が瞼を閉じる。唇に柔らかい感触があった。

 緑間が帰った後、高尾が夏実を見つけて言った。
「あ……あのね、なっちゃん……あの時のはね……」
 くすぐりっこをしてたんだ。そうやって誤魔化そうとした。――が。
「――別に気にしてないよ」
 夏実はにっこりと笑った。
 あれ……? なっちゃん、怒ってない?
 でも、何かちょっと覇気がない……。
「夕飯作る? お母さん、少し帰るの遅くなるって」
「ああ……ありがと」
 バラバラになりかけた事実が収斂される。もしかして、もしかすると――。
(あっ!)
 気づいてはいけない、気づきたくはなかったこの想い。
 もしかして、なっちゃんは、真ちゃんのことが。
(好き――?)
 でも、オレは、真ちゃんのことだけは渡したくない。例え相手がなっちゃんでも。
 高尾は決心した。
 ごめんな、なっちゃん。
 緑間とオレよりは、緑間となっちゃんの方がお似合いだろうと思う。でも、けど――。
「お兄ちゃん、泣きそうな顔してる。真太郎さんに押し倒されたの、やっぱり嫌だったの? 止めた方がよかった?」
「え? あ、ううん。それは違う。オレ達の間では冗談みたいなものだから」
「そうなんだ――。お兄ちゃん、何考えているかしらないけど、泣かないで」
 カズ兄泣かないで。そんな幼い頃の夏実の台詞が高尾の脳裏を過った。
「真太郎さんはきっと、お兄ちゃんのことが大好きだからね――」
 夏実がぽつんと言った、些か唐突な――言葉。
「ええっ?! でも、オレ達は男同士で……」
「関係ない! 夏実ちゃんは応援してるよ。お兄ちゃんを泣かせたら、夏実、真太郎さんに叱られちゃう。それに、あたしもお兄ちゃんが好きだからね。もしお兄ちゃんに本当に嫌なことしたら――いくら真太郎さんでも許さない」
「なっちゃん……」
「でも、ちょっとお兄ちゃん達には頭来たから――何でかわからないけど。あのまま置いてきちゃってごめんね。大丈夫だった?」
「うん。大丈夫」
「ごめんね……」
 その『ごめんね』には、いろいろな意味が含まれていると思った。
 なっちゃんは、自分の恋心に気付いているのだろうか。
(なっちゃんだったら、自分の恋より、オレ達の想いを優先するかもしれない)
 いい妹だ。夏実に悪いと思いながらも、高尾は自分の幸福に浸っていた。
 それでも、エロゲを作ったことがバレたら(今はまだバレていないだろう)、きっと怒られるな、と思った。
 まぁ、ゲームを創るのをやめる気はないのだが。
(まず、そこのところから間違ってんのかなぁ、オレ――)
 今度は緑間のイラストをひなちゃんに催促しよう。それから、緑間にも声をあててもらって――。
「よしっ!」
 夏実が言った。
「何が『よしっ!』なの? なっちゃん」
「お兄ちゃん、いつものお兄ちゃんの顔に戻った!」
 なっちゃんもね。高尾はこっそりと心の中で思った。自分のことで大変だろうに、オレのこと気にかけてくれたんだ――。
 真ちゃんのことは譲れないけど――ありがとう。オレの妹ちゃん。そして、後で真ちゃんにも、なっちゃんね、オレのこと怒ってなかったよって言うんだ。

後書き
夏実ちゃんと高尾と真ちゃんの恋模様。
それにしても、緑間って据え膳食うタイプだったんですね(笑)。さすがムッツリ(笑)。
2014.10.16

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