ローカルサイトでラブラブ24 ~ローカルのみんな、ありがとう~

 ひいていた鼻風邪も治って、オレは再び嗅覚を取り戻した。今日の雑煮はなかなか美味だったのだよ。オレ達のエア冬コミは一月一日だ。
 ピンポーン、とチャイムが鳴った。高尾か、ひな子か――。だが、玄関に現れたのは意外な人物であった。
「こんにちはー」
 ――誠凛バスケ部の女監督、相田リコが笑顔で立っていた。吐く息が白い。取り敢えず家に招じ入れる。
「ごめんね。いきなり来ちゃって。明けましておめでとう」
「あ、ああ……明けましておめでとうなのだよ」
「俺達もいるぞー」
「あ、日向、さん……」
 リコと同じ誠凛のバスケ部主将、日向順平が来た。――小金井や水戸部も。どうでもいいが暇なのか、こやつら……。
「押しかけて済まない。土田は彼女と初詣だそうだ」
 伊月が言う。この男もなかなかいい男だ。確か、誠凛バスケ部で一番女子に人気があるそうだ。でも、この中では土田が一番リア充なのだよ。
「ようっス。緑間」
「緑間君、明けましておめでとうございます」
 ――火神と黒子もいるのだよ。誰なのだよ。張本人は――って、わかり切ったことなのだが。オレはそうっと、さりげなく家に入って来ようとした『張本人』を締め上げた。
「高尾……言え。お前はエアコミのことを何人に話したのだよ」
「真ちゃん、怖い……オレは黒子に喋っただけっだってば……」
「話したのは認めたのだな――」
「う、ううう……ぎぁぁぁぁぁぁぁ!」
 オレが高尾に逆エビ固めを食らわせていると――
「あ、何かしら、これ――小説?」
 リコがオレの本を取っている。ああ、それは……。リコが頁をパラリとめくる。ああ、これはリコに相手にされなくなるフラグなのだよ。さよなら、初恋。オレ、リコのこと好きだったのだよ。昔の話だがな……。
「やだ! この展開! 超萌え!」
 ――気に入った様で何よりか。昨今の女子高生は同性愛の話如きでは狼狽えもしないのだろうか。そういえば、今日のラッキーアイテムは観葉植物のベンジャミンなのだよ。飾っておいて良かったのだよ。
 と、オレが胸を撫でおろしていると――。
「だ、誰が書いたの? これ」
「真ちゃん」
 高尾が間髪を入れずに答える。リコがまた歓喜の声を上げる。
「緑間君、こんなのも書くんだぁ」
「そうなんだよ。結構エッチっしょ、ね?」
「あー? 緑間のヤツ、エロ本書いたのかぁ? 人は見かけによらねぇなぁ。このムッツリ」
「あ、日向君も読む? 緑間君と高尾君の恋愛小説」
「――あー、やっぱいいわ。オレ、そういうの苦手だし」
「いくらなの? この本」
「ご……五百円なのだよ」
「はい」
 渡された硬貨は少々冷たかった。
「はいはい、皆さん、寒かったでしょう。紅茶はいかが?」
 母が優雅にアールグレイを持ってきてくれたのだよ。というか、アールグレイはくせがあるから、もっとポピュラーな紅茶を持ってきてくれ、とオレは言っていたのにな。皇帝の紅茶とまでは言わないから。
「わぁい。緑間の母ちゃん、ありがとう」
 小金井は紅茶をもらって喜んでいる。小金井は猫舌らしく、ふぅふぅと息を吹きながら冷ましている。
「おう、商品はこれだけか?」
 と、火神。火神は買う気は全くなさそうだった。――黒子は買ってくれた。去年の分は完売したからな。内容はコピー本に再録した。
 けれど、オレの小説よりウケたのは高尾のギャグ漫画だったのだよ。わかっちゃいたが、いまいち面白くないのだよ。あ、高尾のギャグは敵ながら天晴れだとは思ったけれど。――オレは密かに高尾をライバル視していた。
 ――また来客が来た。桃井と――ひな子?
「お前ら、どうして一緒にいるのだよ」
「えー? どうしてだったっけ」
「ひなちゃん、私達と同じ方向に歩いていたから、もしかしてと思って声をかけてみたら、ミドリンの家に行くって言ったから、それなら一緒に行こうって」
「そうか――ひな子。早くセッティングするのだよ」
「テツくーん!」
 桃井はオレ達など意に介さず、黒子へフライングボディアタックを食らわせた。――尤も、本人は違うと言うかもしれないが、オレにはそうとしか見えないのだよ。
「うぉーい。桃井ー。そんなに慌てんなよ。――あ、緑間、おめっとさん」
 青峰も来てたのか。まぁ、桃井とは幼馴染だからな。こいつは。そして……。
「お邪魔しまっす。明けましておめでとうっス~」
 このチャラい男が黄瀬。またチャラさに磨きがかかったんじゃないのか? オレがそう言うと、
「酷いっス~」
 と、泣いてオレの母に慰められていた。黄瀬はマダムキラーにもなれるんじゃないか? 黄瀬の新たな能力の開花を密かにオレが危ぶんでいると、のそっと大きな影が。さくさく、とお菓子の音がする。
「黄瀬ちん、泣いてんの~?」
 ――ま、まさかこの男まで来ていたのか。
「お前……秋田から来たのか……紫原」
「ん~」
 紫原はお菓子をさくさく。――もう、エアコミなんだか、本当の同人誌即売会なのかわからない。因みに、こういう言葉はひな子から教わったのだよ。オレも次第に同人界隈に興味を持ってきたし。
 後は――あの男がいたな。
「リコ。降旗は来ないのか?」
「うん。降旗君達はうちのルーキーとバスケだって。緑間君、今年は誠凛がインターハイ優勝いただくからね☆」
 そうか。良かった。騒ぎにはならないかもしれない。騒いでいるのはあの男ではなく、専ら降旗の方だけれど。まぁ、オレ達もバスケを練習しなければいけないのだけれど。誠凛の降旗達が人事を尽くしているのを聞くと、やはり焦る。
 あの男――赤司征十郎。中学時代からの友人。そして――洛山のバスケ部主将を一年から勤め上げている男だ。この間も赤司に誕生日パーティーに招かれたけれど、それはもう、尋常ではなかった。
 きらびやかなドレス。少なくとも五か国語でかわされる談笑。豪華に飾り付けられた内装。オレでさえ滅多に口に出来ないようなご馳走。
 ――あれには気疲れしたな。赤司は子供の頃からあんな環境に置かれていたのか。少し――いや、かなり歪んでしまうのもわかる気がする。
 チャイムが鳴った。ああ、どうせあいつだろうな。――と思っていたが、やっぱり赤司だった。赤司の友人の黛もいる。
「やぁ、緑間。何疲れた顔してるんだい? 正月から」
「――いろいろあってな」
「あがってもいいかな」
「どうぞ」
 今日、初めてまともに人と話した気がする。――いや、まともな、か? 日向や伊月もまともな部類に入るだろうか。赤司も一時性格が変わったが、また温厚な性格の学生に戻っていた。
「緑間。急に押しかけてきてごめんな」
 黛が謝る。勝手に押しかけてきて何も言わない輩もいるというのに――。
「さぁさ、上がってください。何もないですけど、母が淹れた紅茶がありますから。体も温まるでしょうし」
「真太郎。お汁粉もまだあったでしょう?」
「楽しそうだね。僕達も参加していいかな」
「いいとも~」
 ――後ろから声がした。『いいとも』はもう古いのではないか? もうとっくに終わってしまったし。誰かと思ったら高尾だった。
「ひなちゃん、良かったね。みんな楽しそうだよ」
「う~ん、でも、これって……既にローカルじゃなくない?」
 ――それは、オレも思ったのだよ。
「済みません。緑間君」
 のわっ! 不意をついて出てくるななのだよ。黒子……。影が薄いのは元からだったが。
「黒子……お前が謝る必要はないのだよ」
「ちょっと……エアコミのことを火神君と話してまして」
「――んで、それをみんなが聞いちゃったんだよな」
 火神が話に割って入った。オレ達はバスケも好きだけど……ローカルで新しい扉を開いたのだよ。もう、ローカルでなくなってしまったかもしれないが……。
「文化祭みたいで楽しいわね」
 そう評したのはリコだ。桃井も言った。
「そう! 文化祭! 作品を持ち寄って売り買いするの! 買い物ごっこみたいで楽しい!」
「ねぇ、緑間君。今度は私達も作品持ってきていいかしら」
「それはいいが――そんな時間はあるのか? バスケや勉強もあるのに……」
「余暇を使えばいいのよ。……でも、緑間君の言う通りだから、しばらくは買い手専門かな。そうだ。今度古本持って来るわね」
 ――これはもう、同人誌即売会というか、バザーとか――そう呼んでもいいくらいのものであった。ローカルサイトがあったからこそ、今がある。それに、バスケで繋がった縁もある。
「緑間。今年もいい年になるといいな」
 赤司が話しかけて来た。母は、「真太郎にこんなに友達が出来るなんて」と、感涙にむせぶ。赤司も作品を持ってきたらしい。赤司の作品も即座に完売した。黛も自作のゲームを持ってきてくれた。この男は大学で何をやっているのだろうと思う。けれど、そのうちにそれもどうでも良くなった。
 リコが思い出作りをしようと声をかけて、オレ達は集まっているメンバーで写真を撮った。いい思い出になることだろう。――ありがとう、ローカル。

後書き
緑間クンも風邪をひいてたんですね。馬鹿でない証拠だよ(笑)。けど、治って良かった。
ローカルの冬コミ、無事終わって良かったね。
……ローカルサイトシリーズはこれで終わりです。
2020.10.14

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