くっつきたいのだよ

「おっはよー、真ちゃん」
 高尾か……今日も元気だな。
「どしたの? 真ちゃん、乗んねぇの?」
 はぁ……高尾は気楽でいいのだよ。
 オレ、緑間真太郎はおは朝の占いを至上最高のものとして信じている。そして、今日の占いは――。
 さそり座との相性最悪。
 そして高尾はさそり座なのだよ……。
「今日は……オマエはオレから離れるのだよ」
「なにー? またさそり座との相性最悪とかっておは朝で言ってたのかよ」
「な……何故わかる」
「そりゃあ、真ちゃんとの付き合いも長いからねぇ……何? ラッキーアイテムはまたつぶらな瞳の何か?」
「――違うのだよ」
「なぁんだ。今日もまた黒子がラッキーアイテムになるのかと思ったよ。あんときゃオレ、どうしたらいいかわかんなかったんだぜぇ。黒子と二人取り残されて。んで、今日は何?」
「難しい本、なのだよ」
「難しい本? 何か今回も漠然としているな。文学とか何か?」
「仕方ないから家にある難しい本を持ってきたのだよ」
「へぇー……あ、『蝮の絡み合い』なんてのがある。真ちゃん、これエロ小説?」
「違うのだよ……モーリヤックの作品でキリスト教の文学の最高傑作のひとつなのだよ! オレはこれを読んだ時、始めから終りまで涙が溢れてきて仕方なかったのだよ! それを何だ! エロ小説だのなんだの……」
「へぇ……真ちゃんも本読んで泣くのかぁ……」
「オマエはどうなのだ?」
「へ? オレ?」
「オマエだって本を読んで泣くことぐらいあるだろう」
「んーと、あ、そうだ。泣きはしないけど、『果てしない物語』という本が面白かったなぁ。後、『ナルニア国物語』とか。映画にもなった」
「それは難しい本か?」
「難しくねんじゃね? 児童文学だし」
「児童文学ほど書くのを難しいものはないと河合隼雄も言ってたぞ」
「誰だよ、それ……」
「高名な心理学者なのだよ。ユング心理学って知ってるか?」
「? 何それ」
「河合隼雄はユング心理学を日本に広めた男の一人なのだよ。惜しいことにもう亡くなってしまったがな」
「へぇ~、真ちゃんて物知り~」
「今日もその人の本を持ってきているのだよ。だが……難しいかどうかは知らん」
「知らんて……真ちゃんの本だろ? それ」
「河合隼雄の本は難しいけど難しくないのだよ」
「何だそれ。訳わからん」
「そうか……ではこれも難しい本なのだな。近づくのだよ。高尾」
「ん……」
 チャリアカーを降りた高尾がオレとくっつくと……。
 トラックがやってきた。プァップァー、とクラクションが鳴る。ここは道幅はそれなりにあるけど、普段は滅多に車が通らない場所なのに!
「うわぁぁぁぁぁっ!」
 オレ達は慌てて離れて逃げる。
「は……はぁ、危なかった……」
「轢かれるところだったのだよ……」
「宮地センパイより先に別の車がオレ達を轢いたら、宮地センパイ泣くかなぁ」
 冗談を言っている場合ではないのだよ、高尾……。
「死んだら泣くとは思うがな」
「じゃあ、できるだけ死なないようにしよう。真ちゃん」
 高尾が瞳を潤ませているように見える。
 そんな顔するんじゃないのだよ。高尾。思わず抱きしめたくなるではないか。
 ああ、でも、今日は蟹座とさそり座の相性が最悪なのだよ。そしてオレの星座は蟹座なのだよ。
 高尾とくっつきたいのだよ……。でも、一日の我慢なのだよ。
「図書館に寄ろう。高尾」
「何借りるわけ?」
 決まっている。世界で一番のベストセラーで世界で一番の文学とされている――
「聖書だ!」

 聖書には聖なる力がある――というのは、オレの勝手な思い込みなのだが。
 そんなことを言ったら高尾は笑いながら、
「だったらさぁ、仏教の本も借りればいいじゃん!」
「キリスト教と仏教は相性が悪いのだよ」
「イスラム教よりはマシじゃん」
「なるほど」
 オレは仏典もいくつか借りた。
「つかさ、重くない? 真ちゃん」
「大丈夫なのだよ」
 オマエと一緒にいられれば、な。
「くっつくのだよ。高尾」
 ――高尾の頬に朱が散った。……可愛い。
「ん……まぁ、いいけど」
 その時――猫がオレのところに来たのだよ。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「真ちゃん……相変わらず猫嫌いだね」
「取るのだよ、高尾、取るのだよッ!」
 この世のものとは思えない化け物がオレの足にすり寄っている。
「ちょっと待って。あ、いい感じ。せーのっ」
 高尾は写メを撮っている。
「高尾、『とれ』、と言ったのはそういう意味ではないのだよ」
「へへっ、知ってるよー」
 高尾はにやにや笑っている。
 このー……後で覚悟するのだよ。
「ほら、猫ちゃん。もうおうちに帰んな」
 その猫には首輪がしてあったのだ。どこかの飼い猫が紛れ込んで来たのだろう。
「真ちゃんておかしいねー。何であんな可愛い生き物が嫌いなの?」
「猫は引っ掻くのだよ」
「はいはい」
「聖書も仏典もラッキーアイテムではなかったのだよ……返しに行くのだよ」
「えー。せっかく借りたのにー?」
「む……まぁ、読んでからでも遅くはないかな」
「そうだよ。それにしても真ちゃん。どうしてそんなラッキーアイテムを手に入れるのにこだわるわけ?」
「ラッキーアイテムで悪い運気を中和させるのだよ」
「それ、前に聞いたことがあるような気がする。でも、何で中和する必要があんの?」
 何でこの男はこんなことを訊いてくるのか……。
「それは……オマエとく……」
 くっつきたいからなのだよ。
「――靴紐がほどけたのだよ」
「オレだったらさ、一日真ちゃんと離れていても――まぁ、平気だけど」
「そうか……平気なのか……」
「真ちゃん、もしかして落ち込んでる?」
「落ち込んで、などっ、いないのだよっ!」
「まぁ、真ちゃんと一日近づけないのは残念だけど」
 高尾……!
 オマエもそう思っていたか。それでこそオレの相棒なのだよ!
 オレは今日という最悪な一日が少しでも早く終わるように星に願った。

後書き
CDドラマがなければこの作品は生まれませんでした。
2013.3.27


BACK/HOME