魔法の天使クリーミィカズ 9

「いやー、悪いねー」
 ズズズ……とバニラシェイクを啜ってから高尾が言う。明日音は嬉しそうに笑った。
「つか、明日音ちゃんにバニラシェイクおごってもらったなんて言ったら、アスネリアンの野郎らにリンチされるな。オレ。――後で払うよ」
 何故、明日音の狂信者をアスネストではなく、アスネリアンと言うのか――アスネストと言うと、アスベストを連想させて大変イメージが悪くなるからだと、高尾は前にどこかで聞いたことがある。だからといってワグネリアンになぞらえる必要もないと思うが。
「いいのに……」
「んで、野村さんは明日音ちゃんの気持ちに気付いてないわけね」
「多分……」
「伝えた方がいいよ。あの人、鈍そうだもん」
「でも……」
「あ、そうだ」
 高尾は目深に被った明日音の帽子をずらし、露わになったおでこにキスをした。
「元気の出るおまじない」
「あ……ありがとう」
 そう言って、明日音はくすっと笑った。
「高尾君が女の子だったら、親友になれたかも」
「今だって友達じゃん。――オレにも超ニブチンの彼氏がいるからわかるんだ」
「彼氏って……?」
「緑間真太郎って言うんだ。オレは真ちゃんって呼んでる。いつも、好きだとか、愛してるとか言ってる。明日音ちゃんもこのぐらいやんなきゃダメだよ」
「ん……そうね」
「帰ろう。一緒に。オレ、アイドルなんて柄じゃねぇもん。明日音ちゃんの方が似合ってるよ」
「でも……高尾君はもうパパに目をつけられてると思う」
「パパって?」
「丸橋プロデューサーのこと」
 高尾はあんぐりと口を開いた。
「似てね~~~」
「業界では有名な話よ」
「でも、オレは聞いたことないよ。芸能界に疎いということもあるけどさ」
「パパとママは離婚したの。ママが私を引き取ってくれたんだけど……こんな話イヤ?」
「ううん。面白い。つか、面白い、というのは不謹慎だけど……」
「私、そのせいで仲間外れにされたことあるの」
 明日音が遠い目をした。傍目には恵まれた美少女も両親の離婚だの、村八分だので大変なんだなぁ、と高尾は思った。
「とにかく、オレも行くから」
「ありがと……優しいね。高尾君。私、心細かったから」
「ん」
 高尾は明日音の手を取った。
(これ、浮気じゃないかんね。真ちゃん)
 心の中でこっそり言い訳をする。さっきのキスだってぎりぎりの範囲さ、うん。

「高尾君! 明日音! どこへ行ってたんだ!」
 髪の毛を振り乱していた野村が怒鳴った。丸橋も一緒だった。
「あ……ごめんなさい。野村さん。勝手に出てったりして」
「心配したんだぞ。――逃げたくなる気持ちもわかるが」
 おや、理解してくれてるんだ。オレの立場。てっきり拳固の一発や二発食らうと思ったのに。
「明日音、君だって――」
「野村さん!」
 明日音が凛と声を張り上げた。
「野村さん、好きです」
「え?」
 野村は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。
「ぎゃははは、面白過ぎ! 野村さんの顔!」
 高尾が腹を抱えて笑った。
「……か、からかわないでくれ――そのう、オレも……明日音のことが好きだ」
「野村さん……」
 明日音は感激しているようだった。高尾が腕を目の前でぶんぶんと振っても気付かない。
「だが、それとは別に――アイドルなんだからな。明日音は」
 野村さん、自分に向かって言ってるみたいだ。
「俺は構わんよ」
「丸橋さん……」
「明日音も年頃だ。変な男にやるより君の方が安心できる」
「はぁ……でも……」
「まぁ、今の時点で手を出したら半殺しにしてやるけどな。それとも、本気じゃないというのか? 明日音に対して」
 野村はぐっと詰まったらしかったが、やがてはっきり言った。
「私も、明日音のことがずっと前から好きでした」
 高尾は胸の奥で拍手した。やるじゃん。野村さん。
 ――翌日、高尾は『男の娘』として正式にアイドルデビューを果たした。
 明日音も芸能界の仲間達から、お帰りなさいのコールを受けたらしい。人望のある娘なのだ。しかし、生き馬の目を抜く芸能界で、勝手に仕事をすっぽかして干されやしないかと心配したが、そして、それが初めてではないので、確かにそんな動きもあるにはあるが、記者会見を開いて今までのことをつまびらかにし、もう二度と仕事を投げ出すようなことはしない、と謝罪すると、まず彼女の熱烈なファンが喜んだ。後は、明日音の努力がものを言う。父親のコネではなく。
 高尾がデビューしてほどなく、宮地、木村、大坪が、
「悪ふざけをして悪かった」
 と、謝ってきた。監督に言われて来たらしい。それにしても可愛い、と溜息を吐いていて、本当に反省しているのかわからなかったが(特に宮地が)。だが、秀徳高校バスケ部の良心である大坪はすぐに我に返って、この騒ぎの一端は自分にもあることを認めた。そして、バスケ部主将としても責任を果たすことを約束した。
 高尾と明日音はデュエットも果たし、CDはオリコンチャートで一位を独占、ミリオンを売り上げた。そして、バスケではと言うと――。
「へい、真ちゃん!」
 高尾が緑間にパスを出す。ゴールがリングに吸い込まれていった。
「イェーイ!」
 高尾が緑間とハイタッチをする。緑間も満更でもなさそうだった。
 アイドルと高校バスケ選手の二束の草鞋。黄瀬みたいなモデル業とバスケを両立している前例があるので、ハイスペックたる高尾にできない訳はなかった。
「ふー、疲れたぁ」
 高尾はタオルで汗を拭く。緑間はそれに目をあてる。
「ん? どったの? 真ちゃん」
「いや――そうしてると、お前もちゃんと男に見えるのだよ」
「――男だもん」
「テレビの印象とあまりにも違うので、つい、な」
「ああ。ドレスとか着る機会が多いから」
「そうだな。昨日着たシフォンのドレスはなかなか似合っていたのだよ」
「ほんと? 嬉しいな」
 高尾がはしゃぐ。それを緑間は温かい目で見つめている。
「高尾くーん、緑間くーん」
「ひなちゃん! わぁ、明日音ちゃんもいる!」
「はい、これ。差し入れ」
「わー、サンキュー」
 喜びの踊りを踊っている高尾に、明日音が近付いて行った。
「ねぇ……高尾君。緑間君とはどこまで行ったの?」
「えー、内緒」
「今日の『ごちそうさま』で共演するから忘れないでね」
「わかった」
 差し入れは美味しそうなお弁当。保温ジャーにコーンスープも忘れない。サンドウィッチに唐揚げ、カリカリベーコンにサラダは二種。ポテトサラダとわかめの入ったサラダ、弁当の定番卵焼き――などが並ぶ。
「今日のお弁当は私が作ったの。作ったってほどのものじゃないけれど」
「すげー。明日音ちゃん、女子力ある!」
「ありがと」
 丸橋は緑間にもアイドルにならないかと話を持ち掛けている。緑間は苦笑しつつやんわり断っていた。それでも懲りずに声をかけているらしい。
 それはともかく、『クリーミィカズ』プロジェクトは大成功をおさめ、緑間と高尾の仲も公認という形になった。今、好きな歌を歌って好きなバスケをして――緑間真太郎という恋人もいて、一番充実しているのは高尾和成であったかもしれなかった。

後書き
りア充高尾! 大団円で良かったね!
これ書いたのは去年だったかな。
まよてんやあまちゃんの影響を受けてます。野村はまよてんの滝さんみたいな人じゃないけど(笑)。
私は故栗本薫の『真夜中の天使』に絶大な影響を受けたのです。今、小説書いてるのも栗本先生のおかげです。まよてんのことは高尾とひなちゃん(モブキャラ)との会話にも出てきます。
読んで少しでも楽しんでくださったならこんな嬉しいことはありません。これからも宜しくね!
2015.9.3

BACK/HOME