これはオレのもの

「あ、あの子が通るよ」
「可愛いわねぇ」
「オレ、男だけどあいつ見てると何だかどきどきしちまうんだ」
 人目を惹く男二人。一人はオレ、緑間真太郎だ。オレはちらっと隣を見る。そこには相棒――高尾和成の姿が。
 急にオレの目の前で倒れて以来、こいつは変わった。なんというか、男女関係なく引き寄せてしまう才能が開花したようだった。一人にしておくと危ないのだ。
 歩いてるだけで、ただ、歩いているだけなのに。
 こいつはオレの目を惹きつけてやまないのだよ。
「ん? どしたの? 真ちゃん」
 高尾がオレに語りかける。これはこのオレだけの特権。
 高尾はオレのもの。他の誰のものでもありはしないのだよ。
「ねぇ、あいつ、邪魔じゃない?」
「緑間……ねぇ」
「悪くはないんだけどね。高尾君と比べるとどうしてもね……」
 そんな声にもオレはふん、と鼻でせせら笑う。オレは選ばれたのだ。高尾に。そして――高尾を選んだのもオレだった。
「高尾。寒くないか」
「どうして? 真ちゃんは?」
「――寒いから暖まらせるのだよ」
 オレは自分のコートに高尾を引き寄せた。
「し……真ちゃん……」
「どうした?」
「さすがにこれは……恥ずかしいよ……」
 隣で「キャーッ!」と黄色い声が上がった。オレは気にしない。
「たかみど素敵!」
「誰か! ケータイ持ってない? スマホでもいいよ!」
「ああん。買ったばかりで使い方がわかんなーい」
 オレは少々得意になる。歓声を聞くのがこんなに快感だと思ったことはなかった。
「真ちゃんはモテるなぁ」
 モテるのは高尾。オマエだ。
 そう言ってやりたいが我慢する。ライバルは少ない方がいいのだ。例え相手が高尾本人でもだ。
「やっぱ天才だからモテんのかなぁ……」
「オレはモテないのだよ……」
「いや! 真ちゃんはモテる! そばにいて空気が違うもん」
 空気が違うのはオマエの側だ。しかし何があったのだ。
 高尾は急にモテるようになった。――色っぽくなった。それを見てオレはこいつを誰にも渡したくなくなった。
 オレはバスケとおは朝のラッキーアイテムさえあれば良いと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。
 この小柄なチームメイトにすっかり骨抜きにされている。オレは……どうしたんだ?
 まさか恋? この高尾に?!
 馬鹿な……高尾のことだったら頭の頂から足の先まで知っている。いや、違う。本当はまだ知らずにいるが、知りたくて知りたくてうずうずしている箇所もある。その時、顔が火照った。――オレは、高尾の隅々までよく知りたい。
 これは罪なのだろうか……罪なんだろうな。聖書では男色は禁じているらしい。オレだって、ほんの少し前まで高尾など抱きたいとも思わなかった。
 今は違う。こいつをよく知りたい。喘がせたい。愛したい。
 高尾はオレの欲望を疼かせる。何と言うことだ! これはれっきとした犯罪だ! どんな罪に当たるのかわからないけど、絶対にそうだ。
 高尾……俺に比べて華奢で小柄な体を腕にできるのだったら……。
 オレは罪人として生きてもいい。無辜の民に石を投げられても、オマエへの愛によって生きるだろう。例えオマエがオレを愛していなくても、だ。
 これは押しつけの愛だろうか。そもそも愛とはいったい何だ?
 神は答えてくれない。
 きっと――自分で答えを探すしかないのだ。オレは高尾によって愛と言う名の迷宮に閉じ込められてしまった。哲学は何の役にも立たない。役に立つのはただ愛だけ。
 人事を尽くして天命を待つ。
 オレは、いつか高尾を抱くだろう。この欲望を防いでいるダムはいずれ決壊する。
 その時には、少しでも優しくできるといい。欲望を愛に変えて。
「真ちゃん」
 そんな無垢な目で見ないでくれ。頼むから。
 オレはオマエの純粋さに耐えられるような人間じゃない。据え膳は食う男だ。あまり無邪気に煽られると……襲ってしまうぞ。今だってぎりぎりのところで我慢してるのだからな。
 オレには性欲がないとでも思っているのか。オレは高尾、オマエだったらいつでも抱ける。
 高尾と目が合った。はにかむように高尾が笑う。
「真ちゃん、好きだよ」
 ――は?
 オレの耳は腐ってしまったのか? それとも都合の良い幻聴を聴いているだけか?
 何にしても嬉しい。
「――オレもなのだよ」
 オレは高尾の耳元で囁く。女子どもが騒ぐが気にしない。
「嬉しいっ!」
 高尾がぎゅっとしがみつく。ああ、幸福で眩暈がしそうだ。高尾のシャンプーの香りがする。煽っているのか? このオレを。
 勿論、高尾に他意はないに違いない。こいつはそういう奴だ。無意識のうちにオレを誘っているのだ。
 綺麗な肌理の細かい肌、細い線。さらさらの黒髪。もしこいつが女だったら迷わず告白したであろう。今だって告白し合っているようなものなのだが。
 ――だが、オレは高尾に触れたい。一分一秒でも多く、ずっと。
 オレは、高尾の頭を撫でた。頭をオレの胸元にすりつけた高尾がきゃわきゃわと笑う。
「なんかオレ――真ちゃんに甘やかされてるみてぇ」
 そうなのだよ。オレは高尾を甘やかしているのだよ。
「甘やかされるのは嫌いか?」
「ううん……でも……なんか真ちゃん変わったね」
 それはいい方にか? 悪い方にか?
 高尾は嬉しそうに笑っている。きっとオレはいい方に変わったのだろう。
 甘いのだよ。このオレも。いつも飲んでるおしるこの数倍くらい甘いのだよ。オレは甘党だからそんなの気にしないが。
「真ちゃんて、バスケのこと以外頭になさそうだったからさぁ、オレが真ちゃんに惚れた時、せめて相棒でいようと思ってたんだよ」
 高尾ちゃん見事緑間君のハートをゲーット!なんちって。――と、高尾は下らないことを言う。けれど、それに気を良くするオレも同類だ。
 高尾の肩に手を回し、どこかへ移動しようと歩いていたら、いつの間にか銀杏が散っている並木に二人きり。ぎんなんが臭い。
 だが、オレ達の仲はぎんなんの臭さも邪魔することはできない。
「ねぇ、真ちゃん。オレ達、ずっと一緒だよ」
「勿論なのだよ」
 高尾の顔に翳が走る。愛すれば、愛は不安を呼ぶ。そんなのは本当の愛じゃないと、愛自身が叫んでいる。けれどオレ達には聞こえない。オレ達にはただ、お互いの存在さえあればいい。互いの温もりさえあればいい。
 不安に浸ったり、不幸な愛に酔っている暇があったら、一言、「愛してるよ」と言えばいい。
 それにしても、高尾は変わった。オレも確かに変わったのかもしれないが。高尾が変わらなかったら、オレも変わらなかった。
 オレンジ色の瞳は真っ直ぐに遠くを見遣る。その瞳にはオレは映っているだろうか。オレは知らない。
 謎めいたオレンジ色の瞳。オレはその瞳が好きだった。軽薄な男だと快く思っていなかった時から気にはなっていた。今はもう、誰にも譲らない。
 これはオレだけのものだ。
「真ちゃん」
「ん?」
「――呼んでみただけ」
 蜜月とはこういう時のことを指すのであろうか。そうだとしたら、確かにオレ達は蜜月を味わっている。
「ねぇ、くだらないことなんだけど……」
「何だ?」
「――恥ずかしいな……」
 愛い奴なのだよ。
「くだらないことと言ったら……エッチなことをしたいとか何とか……か?」
「あったりー! どーん!」
 高尾は、駄目?という風に上目づかいをする。これはチャンスだ。しかし――。
「……ここではしたくないのだよ」
「そうだね。ぎんなん臭いし」
 いつでも抱けるとはいうものの、場所はきっちり選ぶのだよ。
 お互いの距離はまた一歩縮まったような気がする。オレは高尾のおでこにキスをする。――そしてオレは、今度の日曜に家に泊まりに来いと言った。

後書き
『オレ、変なんだ』の続きです。
緑間の方がモテるとは思いますが、緑間君は高尾のことしか頭にありません。なんと独占欲の強い男でしょう(笑)。
2013.10.8


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