決して気付いてはならぬ

「おら、ちんたらしてんじゃねーぞ。切るぞ」
「あは……今日もおっかないっすね。宮地サン。ファニーフェイスのなのに」
「うっせ! 轢くぞ高尾! それからオレのことは『先輩』と呼べといつも言ってるだろうが!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
「何してるのだよ」
 緑間がやってきた。
「あ、真ちゃーん。宮地サンにイジメられたのー」
「バカ! イジメてなんかねぇ! ただ、先輩に対する態度をだな……」
「わかってますよ。宮地先輩。どうせコイツが余計なことを言ったんでしょう」
 高尾、まるきり相棒にも信用されてない。
「真ちゃん、ひっで!」
 そう言いながらも高尾は笑っている。これもお馴染みの風景と化している。
 確かにオレは少々口が悪いかもしれない。でも、生まれもった性格だ。仕方ない。文句があるヤツは去れ。
 オレは緑間も高尾も大好きだ。そうは見えないかもしれんが。今のはじゃれ合いのうちだ。
 オレは宮地清志。三年。もう少しでこのバスケ部ともお別れだ。
(いろいろあったなぁ……)
 やっとスタメンに入れた時は嬉しかった。
 緑間真太郎と高尾和成もスタメンだ。一年生コンビ。緑間は無愛想だが、悪いヤツじゃない。おは朝占いを信仰している。そして――。
 高尾和成。こいつがくせ者だ。
 ホークアイ、というトンデモな特技を持っているこいつは、どんな時でも笑っている。
 オレは――こいつに惹かれている。
 でも、ダメだ。オレが持っているこの気持ちに気付いてはならぬ。――だが、オレは自分自身の恋心に気付いてしまった。
 だから、せめて気付かせてはならぬ。この想いを。
 高尾の恋人は緑間なのだから。しかも、両想いときている。
 オレは、こいつらのイイ先輩というポジションでいい。イイ先輩かどうかも自分では定かではないのだが。いつもキレまくりだもんな、オレ。
 でも、緑間も高尾も平気でついてくる。特に高尾がだ。多少オレのことを面白がってもいるらしい。
 オレは高尾にときめくたびに、
(オレにはみゆみゆがいる、オレには……)
 と心の中で唱えるのだ。
 それにしても、緑間と高尾の息のぴったり合うこと。こいつらが三年になった時は、秀徳は負け知らずだな。
 高尾のホークアイと緑間の3Pシュート。もう秀徳バスケ部の伝説となりつつある。こいつらなら――日本一になるのも夢じゃないかもしれん。
 でも、こいつらよりもっとすごい奴らがいるってんだから、世間は広い。
 コートから出たオレはずっと緑間と高尾の方を見遣っていた。高尾のパスを受け取った緑間がゴールからめちゃめちゃ離れた距離からシュート! オールレンジシュートを撃てるのはオレの知る限り緑間だけだ。それに――。
 高尾も結構頑張ってんじゃねーの。オレはそんな後輩二人組を、つか高尾を見つめていた。視線がどうしてもそっちへ吸い寄せられてちまう。この技は緑間がシュートの体勢に入るのと、高尾のパスが寸分の狂いもなくぴったり合致することが鍵である。高尾もパスのタイミングを外すことが少なくなってきたなと思う。すると、後ろから野太い声がした。
「おい、宮地、練習」
 おっと木村だ。何故かこいつとはウマが合う。がんばってスタメンになった者同士だからだろうか。ドルオタというところも一緒だし。
 オレが振り向くと木村は小声で言った。
「宮地――高尾は諦めろ」
「な……」
「わかるぞ。お前がどんな気持ちで高尾を見つめているか。でも、諦めろ」
「何バカなこと言ってんだよ」
 オレにはみゆみゆがいる。呪文を唱えようとした時だった。
「ま、黙っておいてやるから。あいつらには」
 木村がオレの肩をぽんと叩いた。
 このやり取りは、プレイに熱中している緑間と高尾には聞かれなかったはずだ――多分。高尾がホークアイを発動させてなければだけど。ホークアイで人の話を立ち聞きできるのかはいまいちよくわからんが。
 もう部員の殆どが帰ってしまっていた。
 緑間も高尾も努力家だな。天性の才に溺れてしまわずに、努力で磨きをかけている。
 緑間はキセキの世代だ。こいつのシュートはオレの知る限り、落ちることは滅多にない。
 そして、高尾和成。
 こいつはどうも謎だ。軽薄に見えて、実はものすごく真面目なんじゃないかと思うことがある。真面目が服着て眼鏡つけて歩いているような緑間よりもだ。
 緑間も、そんなところが気に入っているらしい。二人はいつも一緒にいる。一見、高尾が付き纏っているように見えるが、緑間も邪魔だとは思っていないらしい。でなければ、とっくに追い払っているはずだ。
 高尾のパスと緑間のシュートの練習も終わったみたいだ。
「ね、ね、真ちゃん。宮地サン、見て見て」
 高尾が言う。何だよ、一体。
 高尾が高速でドリブルすると、見事な3Pシュートを放った。
 それは、緑間に切迫した流麗さだった。まぁ、緑間の3Pの方が美しいには違いないし、第一飛距離が違うが。
「よっしゃあ! オレのシュートも、落ちん」
「というか、お前はオレの台詞を真似するな」
 高尾と緑間が言い合っている。
 前より上達している。それは認める。緑間との練習の賜物か……オレが入る余地はなさそうだな。
「でも、真ちゃんのシュートの方が綺麗だよなぁ……」
「当たり前だ。どれだけ練習して身に着けたと思っている。まぁ、でも――」
 緑間が高尾の髪をくしゃっと撫でる。
「オレはお前の努力も知っているのだよ」
 こいつら、素か?! 素であんな感じなのか?!
 ムカついた! こいつら轢く! ぜってー轢く! 特に緑間!
「どうしました? 宮地先輩」
「お前らを轢く算段をしてたんだよ。人前でいちゃつきやがって!」
「いちゃついてる? どこがですか?」
 あー、もう自覚なしっつーのが一番恐ろしいな。
「高尾の頭を撫でたろ、今」
「ああ、あれは……」
 緑間も少々狼狽える。
「あれも真ちゃんの愛の形なのだよ。ねー、真ちゃん」
 高尾がひょこっと現れた。
「つーか、あれぐらいいちゃついたうちには入らないっすよ」
「んー、まぁ、そうなんだけど、お前らがやるとどうにもムカつく」
 オレが言うと、高尾が吹き出した。
「何だよ、もう。宮地サンひでぇなぁ。じゃあ、宮地サンもオレの頭を撫でてください」
 ご要望とあれば。
 オレは高尾の黒い頭を撫でた。汗まみれだというのに、手触りが心地よかった。
「――これでいいか?」
「えへっ」
 高尾がへらりと笑った。ああ、もうそんな顔してオレを見んな!
「後片付けしたら帰るのだよ、高尾」
「待ってよ、真ちゃん」
 やはり高尾は緑間に取られる運命か――オレが快い敗北感に浸っていると。
 ――緑間がこちらを見ている。いや、睨んでいると言った方が正しいか?
 おいおい、緑間。そんなことで焼きもち妬くなよ。高尾はモテるんだぞ(緑間もだけど)。こんなことで妬いてたら体がもたんぞ。
 オレはつい緑間が心配になってしまった。高尾は気付かない。緑間の独占欲にも、オレの気持ちにも。
 あー、腹立つ。
 高尾は変なところで鈍いしな。ホークアイはどうしたんだ。オレらの気持ち気付いてるんならとんだ悪女だが。悪女――普通は女に使う言葉だけどな。
 ロッカールームでも緑間と高尾がまだ喋っている。主に学校でのよもやま話だ。高尾が一方的に喋っていると言った方が実情に合っているか。
「宮地ー、帰ろうぜー」
 木村が言った。キャプテンの大坪も一緒だ。
 緑間と高尾はチャリアカーという妙てけれんな乗り物で帰るんだろう。あんな車で登下校を認めるとは、うちの高校も寛大だな。
 ちっ。いつかまとめて轢くか。あの二人。――こう言うのはオレの親愛の証でもあるんだからな。気に入らないヤツにも使うけど。
 ……何だかオレの気持ち、バレバレみてーだな。木村にも、緑間にも。せめて高尾には気付かせないようにしよう。オレとこれからも今まで通り付き合いたいなら――決してオレの気持ちに気付くんじゃねーぞ、高尾。

後書き
タイトルは『誰も寝てはならぬ』をアレンジしました。
宮地センパイがちょっと可哀想な気もしますが……宮地センパイにもいい人現われますよね。いい男だもん。宮地センパイ。
2014.11.9

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