キミのいない日

 ケータイが鳴った。
「もしもし――?」
「あ、真ちゃん?」
 高尾だ。声がちょっとおかしい。
「何だ? 喉をやられたのか?」
「うん。だから、今日は休むわ」
「ゆっくり養生するのだよ」
「へぇ――真ちゃんのことだから『人事を尽くさないから風邪をひく羽目に陥るのだよ』なんて言うのかと思ってた」
「いや、実はそれも考えたが」
「真ちゃんて、人が弱っている時は優しいね。熱もあるから今日は窓の外でも見ながらゆっくり寝るよ」
 今日は清々しい青空だ。きっと高尾の心の慰めになるだろう。
「明日までには治すのだよ」
「うん。――ありがと、真ちゃん」
 電話を切った時、オレは不意に寂しさを覚えた。今日は、学校に行っても、高尾はいないんだ――。

 高尾の席は空っぽだ。オレの心も空っぽだ。
 全く、お笑い種なのだよ。オレはいつの間にこんなに高尾に依存してたのか?
「緑間――」
「高尾?」
 オレは振り向いた。
 それは高尾によく似た声を持つクラスメートだった。
「何だよ。緑間。オレを高尾と間違えたのか?」
「あ――」
「ま、いいけどさ。これ、プリント。高尾に会ったら渡しといて」
「ああ」
「じゃあな。それにしても、仲がいいんだな。お前ら」
 そんなことはない――そう言おうとして、言葉に詰まった。
 クラスメートの目が優しかった。さっきの男子(斎藤)だけではない。女子も何となくオレに優しかった。
 どうしたのだよ――何で皆オレに優しくするのだよ。
 オレは何となく高尾の席に目を遣った。
 高尾――。皆がお前のいないオレに気遣ってくれてんのか? そうとしか思えない。
「緑間君」
「ひな子」
「つまんなそうな顔してる」
「あ、ああ――」
 そうかもしれないのだよ。
 高尾は煩いヤツだが、一緒にいると退屈しなかった。オレは高尾に振り回されながら、そんな自分が嫌いじゃなかった。
「だから、みんなほっとけないのかな」
「そういえば――いつもよりオレに優しいのだよ。このクラスの全員が」
「まぁ、私達たかみどに楽しませてもらってるからね。癒されるというか」
「うん?」
「なんだかんだ言って楽しんでるのよ。私達。高尾君と緑間君を見ているだけで」
「そんなことちっとも知らなかったのだよ」
「だから、たかみどコンビの高尾君が抜けると私達も調子が狂うっていうか――。高尾君早く元気になるといいね」
「ああ――」
 オレは自分が一番高尾を必要としているのがわかる。
 ああ、だから、今日は人の優しさが身に染みるんだ。あいつがいない分。
「緑間君てさ、高尾君がいなかったらただのヤなヤツじゃない」
「――悪かったのだよ」
 しかし、ひな子の言っていることは当たっているのかもしれなかった。オレは、人付き合いに重点を置くタイプではない。
 それが、一部では鼻持ちならないと噂されているのも知っている。でも、高尾はそんなオレを友達だと言ってくれる。
 高尾――早く帰って来い。
 ラッキーアイテムをいくら持っていても、お前がいないと意味などないのだよ。オレは――お前にすっかり依存してしまっているのだよ。
 高尾といつか離れる日が来ること、わかってはいるけど考えたくない。ずっとお前と一緒に馬鹿話をしていたいのだよ。
 オレは、お前が嫌いじゃないのだよ。キセキのヤツらともまた違って――。
 何だ? 目の前の輪郭がぼやけてきたのだよ。
 オレはトイレの個室に駆け込んだ。
「高尾、高尾――」
 情けない。このオレが頑是ない子供のように泣いているなんて。
 たった一日でこれだ。ずっと別れることになったら、オレは到底耐え切れないだろう。ひとしきり泣いた後、オレはトイレから出てきた。オレが教室に戻ると、ひな子が言った。
「元気出た?」
 そんなわけないのだよ。だが、泣いたことでさっきより心が軽くなってきたのを感じた。
「中谷先生がね、後で職員室に来いって」
「監督が?」
 中谷先生はバスケ部の監督でもある。
「お見舞い、行かないの?」
「お見舞い――そうか」
 いつもなら、風邪をうつされるのが嫌で、お見舞いには行かない。というか、オレにはお見舞いに行くだけの友達がいなかった。
「私も一緒に行く?」
「いや、オレは一人で行くのだよ」
 オレは清々しい顔をしていたことだろう。そういえば、斎藤から渡されたプリントも届けなくてはいけないな。

 オレは、職員室に行った。
「緑間」
「監督――今日はワガママ三回分を使って部活を休みます」
「それはいい。緑間、元気そうだな」
「おかげ様で」
「朝は真っ青になってちらちらと高尾の席の方ばかり見ていたが――立ち直ったのか?」
「……はい」
「青春だねぇ。オレにもそんな親友がいたよ」
 中谷先生の台詞に我知らずほっこりした。
「ああ。これ、持って行け」
「――お菓子?」
「それと授業で使ったプリントだ。高尾に宜しくな」

「真ちゃん!」
 高尾はオレを見るなり叫んだ。そしてゴホゴホと咳き込んだ。
「大丈夫か?」
「だいじょぶだいじょぶ。真ちゃんの姿見ただけで治ったよ」
 まだ熱があるらしく頬もりんごのほっぺをしていた。――嘘が下手なのだよ、こいつは。
「これ、斎藤から。それから――監督からはこれ。授業のプリントとお菓子なのだよ」
「わっ、これ超レアものじゃん! 監督張り込んだなぁ」
「そうなのか?」
「一緒に食べない? 真ちゃん。あ、でも、風邪うつると困るかな」
「オレは人事を尽くすから平気なのだよ」
「わかった。じゃあ、帰ったらうがいをして。オレ、真ちゃんがいなくて寂しかったよ。まさか、真ちゃんがお見舞いに来るとは思ってなかったけど」
 オレだけの一方通行じゃなかったんだな――高尾が小さく呟くのが聞こえた。
「空の青を見ると心が慰められたよ」
 高尾とオレは、高尾の母に切り分けてもらった美味しいお菓子を二人で食べた。
「明日は学校行くかんね」
「無理しなくてもいいのだよ」
「いんや。明日までに必ず治す。だって、真ちゃんのことが心配だもん。オレも、真ちゃんがいなくて寂しかったし。あのね――オレ、真ちゃんのこと考えてちょっと泣いちゃった」
 内緒だよ――と、高尾は人差し指を己の唇にあてた。
「――オレも泣いたのだよ」
「ほんと?」
 高尾が目を見開く。
「じゃあ、オレ達、同じだね。うわー、どうしよ。泣いてる真ちゃんなんて見たくないよ。ますます早く風邪治さなきゃ」
「明日もゆっくり休んで構わないのだよ。オレがお前の家に行くから」
「でも悪いなぁ……今日は部活も休んだんでしょ? オレだったら丈夫だから、明日になったら治るよ」
「是非ともそう願いたいものなのだよ」
 学校に高尾のいない日――今までどんなに高尾に世話になっていたか改めて思い知った。同時に、たくさんのクラスメート支えてもらっていたことも。

後書き
高尾ちゃんがいなくて密かに泣いた真ちゃんに萌え。
かっこよい緑間も書きたいんですけどね。
緑間のクラスはたかみどを中心に回っている……(笑)。
2014.5.30


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