かわいいたかお3

「だーれだっ!」
 突然両手で視界が塞がれた。こんなバカなことをするのは高尾しかいないのだよ。
「――高尾だな」
「残念。オレでした」
 秀徳高校バスケ部の先輩、宮地清志さんだった。今年三年生。バスケ部のスタメンでもある。
 高尾は最初怖いと言っていたが、実は面倒見のいい兄貴分である。今ではすっかり慣れてしまった。
 しかし――その宮地先輩がこんな下らないことするとは……。
「声、似てたか? オレ。高尾に」
「いえ――こんな下らないことをするのは高尾しかいないと思っていました」
「このやろ――轢くぞ。緑間。木村の軽トラで」
 これが宮地先輩の口癖である。オレだってトラックに轢かれるのはたまらないが、本気ではないはずだ――多分。
「高尾はどこにいます?」
 目上なので一応敬語。
「あー、どっかその辺ちょろちょろしてんじゃね? つーか、あいつのことはオマエの方が詳しいだろ? デキてんだろ? オマエら」
「はぁ? またそんなことを……」
「あんまりぼやぼやしてると取られるぜ」
「そんな奇特な人いませんて」
 ――オレ以外には。
「あ、高尾案外モテるんだぞ。こないだもかわいこちゃんと歩いていたからなぁ」
 ――ひな子かな? なら心配は無用なのだよ。彼女は俺達のことを応援している(らしい)。
「それって、長い髪の清楚な感じの女の子でしたか?」
「うんにゃ。ショートカットの子」
 ひな子じゃない。ということは――。心がざわついた。用心しておくに越したことはないか。
「あの――宮地先輩」
「何だ? 緑間後輩」
 オレはずっこけそうになりながらも訊いた。
「先輩は――人を好きになったらどうしたらいいと思いますか?」
「んー、オレもバスケに夢中でそういうことには詳しくないんだけど――」
「でも宮地先輩もモテますよね?」
「まぁな。でもみゆみゆ以上の女はいねぇな」
「――愚問でした」
 みゆみゆとは今大人気のアイドルである。宮地先輩がアイドルオタクであることをすっかり忘れていたのだよ。
「おい、何諦めきった目で見てんだよ、轢くぞこら!」
 宮地先輩が喚くのを無視してオレはバスケットボールを取り上げる。体育館にはいくつかのボールが転がっている。
 テスト期間も終わり部活も再開だ。
「おっはー」
 高尾がやってきた。ったく、何が「おっはー」なのだよ。古過ぎるのだよ。元ネタがわかるオレも大概古いが。
「おう。高尾。緑間のヤツ、オレが目隠ししたらオマエだと勘違いしたぜ。何故だと思う?」
「なして?」
「こんな下らないことをするヤツはオマエしかいない、だとさ」
「えー、真ちゃんひっでー!」
 高尾はゲラゲラ笑う。高尾は笑い上戸だ。小さい時にワライダケでも食べたんじゃないだろうか――というぐらいよく笑う。
「高尾。ワライダケの効果はまだ切れないのか?」
「うん」
 小さい時にワライダケ云々というのは、実はオレが言い出したことだ。
「真ちゃんて時々変なこと言うよねー。面白いからいいけど。ワライダケって、ちょっ! 確かにキノコは好きだけどさぁ……」
 なんてことを笑いながら喋っていた。笑うか喋るかどっちかにしろと言ったが――その後は覚えていない。
「オマエさー、まだ告白してないの?」
 宮地先輩が口を出す。
「告白? 誰が? 誰に?」
「オマエが緑間にだよ。緑間の告白なんて待ってたらじーさんになっちまうぜ」
「おー、いいね。共白髪で」
 いや、その前には告白するつもりでいたが。
「真ちゃん、好きだよ」
「嘘つけ。オレのことライバル視していたくせに」
「昔の話だよー。今は相棒さ」
 相棒……決して恋人にはなれないのだな。ま、まぁ、それは別段構わないのだが。あんまり待たせると高尾が可哀想かな。
「高尾、あのな……」
 宮地先輩が『不思議の国のアリス』のチェシャー猫みたいにニヤニヤしながら見ている。あれは化け猫なのだよ。それに、オレは元々猫が嫌いだ。
「ん? なーに、真ちゃん」
 ここで告白したら宮地先輩に何を言われるか……。
「わ……1on1しないか?」
「ここで?」
「監督達が来るまで」
「へぇー、めっずらし。真ちゃんから1on1誘ってくるなんて。いいぜ。乗ってやる。真ちゃんが負けたらチャリヤカー牽いてくれよな。あれ、結構腿に来るんだぜ」
「――人事を尽くすオレには勝利しかあり得ないのだよ」
 オレはアンダーリムの眼鏡のブリッジを直した。そして左手のテーピングを外す。
 オレが勝ったら――今日こそ高尾に告白する。
 今までだってチャンスはあったが、未だ告白らしい告白はしていない。――こういうことには弾みをつけるというのも重要なのだよ。今日は蟹座が一位。ラッキーアイテムは眼鏡。視力が弱いオレには必需品なのだよ。寝るとき以外外さない眼鏡がラッキーアイテムとはついているとしか言いようがない。
 ――いざ、勝負。
 これは高尾との勝負ではない。自分との勝負なのだ。
 シュートを撃とうとすると高尾が阻む。む、邪魔するのが上手くなってきたのだよ。高尾……。
 いつまでも可愛いなどと言っていられないな。これは。
 オレは攻撃方法を切り替えてゴールのリングにボールを叩き込んでやった。
「真ちゃん、ダンクうまっ! つーか、ダンクもできたんだね」
「当たり前だ。こんなものサルでもできる」
「オレはてっきりできないのかと――」
「失敬な」
「あんな鮮やかなダンクオレできねぇもん」
「火神の対戦を見てな、久々にちょっとやってみたくなったのだよ。ただし、二度はやらん」
 誠凛の火神大我。そして黒子。オレのライバル達だ。奴らのおかげでバスケも楽しくなった……かもしれん。
「よーし。今度はオレが取ってやる」
 高尾がにやりと笑った。オレも唇の端を上げた。
「望むところだ」
 ――オレと高尾の勝負はオレの圧勝で終わった。
「真ちゃんつえーわ。オレ一回しか入んなかったよ」
「フ……まだまだ修行が必要だな」
 オレは勝った。――いや、最後の勝負が残っている。
 オレがぐるりを見渡すと――ふと、宮地先輩と視線が合った。ここではまずい。宮地先輩はオレの心を知っていて、それでもって明らかに面白がっている。
「高尾。ここじゃなんだ。屋上行って話そう。監督、ちょっと行ってきます」
「うむ。早く帰って来いよ」
 さっき来たばかりの中谷監督が頷いた。
 屋上の風が寒い。理科準備室とかに行けば良かっただろうか。しかし、あそこも鍵がかかっているかもしれないからな。
「何? 話って」
 高尾がきょとんとした顔で訊く。――可愛い。
「あのな……オレ、オマエのこと、最初は嫌いだったのだよ」
「うわー、それ言う為にわざわざ屋上に呼び出したわけ?」
「い、いや、今は違う。練習中の仕草とか、いつも聴いてる声とか、可愛いなと思うようになって――それで……」
「待った。真ちゃん。続きオレに言わせて」
 高尾の顔が近い。オレの心臓が早鐘を打つ。
「真ちゃんの目、眼鏡越しでもやっぱり綺麗だな。大好きだぜ。真ちゃん」
 そして――高尾はオレの眼鏡を取るとこころもち背伸びをしてキスをした。
「ははっ! 真ちゃん、顔真っ赤」
「お――オマエもなのだよ」
 きっと風が冷たいから血の色がのぼって赤くなったに違いない。体が火照っているのもきっと気のせいだ。
「というか、高尾! 眼鏡返すのだよ!」
 俺達は笑い合い――そうして正式に両想いになった。どこからが正式なのだかわからないけれど。
 部活も終わって荷物を整理していたオレは携帯に貼った高尾とのプリクラを見て思わず心が和んだ。高尾の笑顔には癒しの力がある。そう思うのはオレだけかもしれないが。
 ――今度高尾にプリクラに誘われたら、精いっぱいの笑顔で写ってやろう。
 しかし、ひな子にだけは見せないでおこう。またBLだの同性愛の美学だのと妙な方向に突っ走られても困るしな。

後書き
告白しようとして高尾に先回りされた真ちゃん。でも、見事両想いになった様子。はてさて、これからどうなることやら……。
しかし、宮地さんも結構お茶目だ(笑)。
2014.4.28


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