エース様に乾杯
「しーんーちゃん♪」
オレは真ちゃんに抱き付いた。
「高尾……離れるのだよ」
「真ちゃん充電~」
「人前ではやめるのだよ」
真ちゃんはオレを引きはがす。
ちぇ~。ただのスキンシップじゃん。――でも、人前ではやめろということは、誰もいないところではいいってことか?
去り際に真ちゃんはオレの頭をぽんと軽く叩いた。叩いたっつーか、撫でたっつーか?
もう……真ちゃんてば本当にツンデレなんだから。そんな真ちゃんがだ・い・す・き。
今でこそこんなにじゃれ合えるオレ達だが、第一印象は最悪だった。
だって、真ちゃん――キセキの世代の緑間真太郎のいる帝光中にぼろ負けだったもん。好きになれという方がムリ。
だからオレ、高尾和成は、緑間が嫌いだった。
でもさ――同じ高校来るとは思わなかったんだよね。噂はあったけど、実際に見るまで実感湧かなかった。
オレは、真ちゃんにつっかう相手になるように毎日真ちゃんと練習した。
そして――気が付けば恋に落ちてた。
真ちゃんに恋――オレは幸せと不幸を同時に背負い込んでしまった。
真ちゃんはいい男だけど、あれだろ? 男同士だろ?
オレはしばらく悩んでいた。
真ちゃんはあれで男気のある、優しい男だ。まぁ、ワガママだけどな。そんなところも好きなんだ。
真ちゃんが誠凛の女カントクさん(相田リコという)が好きだって聞いた時、ああ、やっぱりね、と思った。
真ちゃんがモテないわけ、ないもん。成績はトップクラスで美貌の持ち主でバスケ部ではエースで、って――。
なんだよ、真ちゃん、とびきりのいい男じゃん。
それなのに、相田さんにはフラれてしまったらしい。
オレは、彼女についてはちょっと複雑な感情を持っている。
真ちゃんをフッてくれてありがとう、という気持ちと、何で真ちゃんフッたんだよぉ、という気持ちと。
なんか、相田さんは、真ちゃんには他に好きな人がいる、ということを見抜いたらしい。真ちゃんから聞いた話だけどさ。
オレが悩んでいる間にも時は過ぎていく。
真ちゃん、もしかしてオレのこと好きなの? ――と思ったのはつい最近で。
だったら嬉しいな。でも、真ちゃんには結婚してガキ作って幸せになって欲しいんだ。――ちょっと想像がつかないんだけど。
「高尾、パス回せ」
「あいよ」
うちのエース様は部活の時は真剣だ。いや、何に対しても真剣だけどさ。ラッキーアイテムを探している時だって。
あ、ラッキーアイテムというのは、真ちゃんが信じているおは朝占いが言っている、身に着けると運気が上がるというアイテムのこと。
――まさか、テレビの占いを本気で信じている奴がこの世にいるとは思わなかった……しかも男で。
そんでまぁ、オレも付き合ったり振り回されたりしてるんだけど――
真ちゃんと過ごす時間はとてもキラキラしている。オレが生きてた中で一番幸せだと思うほど。
――オレのエース様に乾杯。
今日もスタメンは残って練習。センパイ達はDF、オレ達はOF。
オレと真ちゃんのツーメン。
宮地さんがガードにつく。真ちゃんの3Pシュートが決まる。ニクイ位カッコいいぜ! この!
「緑間のシュートは反則だよな~」
宮地さんが呆れたように言う。オレもそう思う。コートのどこからでもシュートが撃てるなんてさ。
でも、さっすがうちのエース様だぜ! シュート練習も欠かさないしさ。
ああ、オレが女なら確実に惚れてた……今でも惚れてるけどな。
「ねぇ、真ちゃん――」
練習後、オレが心安立てに声をかけようとして――それからぱっと視線を逸らした。
「どうした、高尾」
「――何でもない」
やっぱり真ちゃんはいい体してんな。オレもそんなに貧相な方ではないけど――
あの体に抱かれたらって、思うんだ。
オレ、ヘンタイかねぇ。やっぱ。ゲイじゃないとは思うんだけど。可愛い女の子が好きなんだけど。真ちゃんだってそうなんだけど。
キスしたりされたりしたこともあったけど、やっぱりお遊びの域を出ないしな。
愛してるよ、真ちゃん――。
秀徳のエース様だからではなく、美形だからでもなく、多分性格が優しいからだけでもなく、オレは緑間真太郎という存在が好きなんだ。
叶わないよね、こんな恋。
男で困ったことなんてないけど、これは別。
だから、誠凛の女カントクさんは非常に勿体ないことしたと思う。真ちゃんにつっかう人なんてそういない。
あー、羨ましい、変わってくれ。
「行くのだよ、高尾」
「はーい」
真ちゃんに呼ばれてオレはとてとてと近くに寄る。そして――学ランに着替え終えた真ちゃんの背中にこてんと頭を預ける。
「何してるのだよ」
「……充電」
「声に覇気がないのだよ」
「――そう」
オレは適当に答えた。オレだって覇気というか、元気がない時ぐらいあるんですよー、だ。
「どうした? 何かあったなら聞いてやってもいいのだよ」
上から目線の言葉。でも、それが真ちゃんの精いっぱいの優しさであることは知っている。
――時が止まればいいと思った。
オレのエース様。頼りになるエース様。
でも、別れの時はいつか必ずやってくる。
だから――充電。いつか別れる日の為に。
真ちゃんは世界で活躍する選手になるだろう。だからオレは、この瞬間を覚えておく。
真ちゃんと離れた後でも、生きていけるように。でも今は――。
「真ちゃん。一緒にいてくれる?」
「何を言っているのだよ。今、こうして一緒にいるではないか」
「ん……そうじゃなくてさ……」
一生一緒にいてくれる?
そう訊いたら心優しいエース様は、考えておくのだよと言い――実際に考えてくれるに違いない。そういう男なんだ。うちのエース様は。
「……オレ、幸せだよ」
「唐突なのだよ。それに、どうしてそんなことを言う? 今のお前はとても――不幸そうなのだよ」
不幸そうか……そうかもしんない。あんまり幸せだと、何故か忍び寄ってくる不幸な感情。
あーあ、こんなはずじゃなかったのに。
まず、エース様エース様と持ち上げて、最後に捨てる。それがオレの復讐だと思ってた。オレ、人に好かれる自信はあったしね。
散々利用して、捨てる。そんなことを入学当初は考えていたよ。
うん。その気持ち、一ヶ月で壊れた。壊れて良かった。
真ちゃんにかすり傷でも負わせるくらいなら、オレが死んだ方がまし。真ちゃんを捨てるくらいなら――オレが捨てられた方がまし。
真ちゃんを泣かせたら、オレは自分を絶対許さない。
「ごめんね……真ちゃん」
いっぱい迷惑かけてるよね。でも、離れられない。真ちゃんから離れることなんて、できない。
――忘れることなんて、できない。
「エース様……真ちゃん。オレ、本当に幸せだよ。お前と会えて」
「そうか……」
その後の言葉が続かない。本当はもっと、言いたいことたくさんあるのに。
幸せな不幸――昔、そんなことはあり得ないと言った人がいたけど、あったじゃん。幸せな不幸。
そいつには本当に好きなヤツがいないからそんなこと言ったんだろうな。
「帰ろっか。真ちゃん……」
充電終わり。また真ちゃんと生きていける。まだ――真ちゃんと生きていける。真ちゃんがオレの黒髪をくしゃっと撫でたのが、今の最高のデレだった。
大好きなオレのエース様に――乾杯。
後書き
このタイトルは高尾ちゃんの名曲、『エース様に万歳』をもじりました。
この話を読んだ方々が、なんか感想持ってくれると嬉しいな。
2014.11.29
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