猫獣人たかお番外編 9

「たかお君……」
 女の艶めいた声がする。でも、それはオレにとってはただただ恐怖を呼び覚ますばかりで――。
 真ちゃん、助けて、オレの心を、助けて。
 でないと、オレは――。
 女はハイヒールを履いたつま先をオレの目の前に突き出す。
「お舐め」
「にゃあ……」
「返事は『はい』でしょ?」
「はい……」
 オレは女の言う通りにした。革の味しかしなかった。

「今度はちょっと縛らせてくれる?」
「縛る……?」
 オレは馬鹿のように繰り返していた。
「ふふ、可愛いわね、たかお君。緑間真太郎には勿体ないわ」
「オレは――真ちゃんのもんだ。他の誰のモンにもならねぇ!」
 そう、例え真ちゃんにどんなに似た存在がいてもだ。オレは真ちゃんの言うことしか聞かない。真ちゃんとしか――寝ない。
「くっ……ふぅ……」
 オレは抵抗した。だが――
「――緑間真太郎がどうなってもいいの?」
 耳元で低い声で囁く。オレは血の気が引いた。
 真ちゃん……。
 真ちゃんを痛い目や辛い目に遭わせたくない。それだったら、オレ自身が痛かったり辛かったりする方がまだいい。
「おねえさん……オレが言うこと聞かなかったら、真ちゃん殺すの……?」
「うふふ、そうね……そこまでする気はなかったけど……そうしてもいいわね」
「やめて!」
 オレは叫んだ。
「何でもするから真ちゃんを傷つけるのはやめて!」
「……わかったわ」
 女はふっ、と笑った。
「その代わり――私の言うことを何でもきくのよ」
「わかったよ。おねえさん……」
「私のことはご主人様と呼びなさい」
「――ご主人様……」
「そう、いい子ね」
 女はオレの頭を撫でた。オレの耳がぴくぴくと動いた。気持ちいいからではない。怖いからだ。
「うふふ……」
 女はオレの耳をぎゅっと引っ張った。
「いたっ!」
「あなたが可愛いからよ。痛みに歪む顔も可愛いわ」
 女はロープでオレを縛った。
「――ねぇ、何でこんなことするの? おね――ご主人様」
「やりたいからやっているのよ」
「ほんと? そんな風には見えないよ」
「賢しい口をきくんじゃないわよ!」
 女はオレの胸元をハイヒールで踏んだ。
 うう……痛い……真ちゃん、真ちゃん……。
 オレは痛さで泣いた。そして、それよりもこれから何をされるのか不安で泣いた。
 体が痛い。心が――痛い。
 オレの心も真ちゃん恋しさに泣いている。
「やめて、やめて……ご主人様……」
「やめて、と言われるとやめたくなくなるのよね」
 女は道具を持ってきた。あれでオレを痛めつけるんだ……。
 それで滅多やたらにオレの体を叩く。痛い、痛い。けど――さっきより痛くない。
「うふふ。新しい世界に目覚めた? そんな顔してるわよ」
「そんな訳――」
「さぁ……それは体に聞いてみないとね……」
「いた……ああっ!」
 オレは滅茶苦茶にされながら、確かに快感を感じていた。そんな自分が憎かった。さっきの何倍も憎かった。
 そこに愛はないのに――。
 真ちゃんだったらこんなことしない。愛していないのに抱くことはしない。真ちゃんがオレを抱くのはオレが求めたからだ。
 この女のは無理やりだ。
「こんなことしても、オレは屈しないからな」
 怒りを心に抱いてオレは女を睨みつけた。
 オレのプライド、そして真ちゃんへの愛の為にオレは戦う。
「ふぅん……」
 女の尖った爪が顎を撫でる。
「さっきよりよほどいい顔をするようになったじゃない。あなたみたいな獣人を飼い馴らすのも乙なものだと誰かが言ってたわ」
 誰かって誰だよ! そんなどうでもいいヤツの為の戯言の為にオレは生きてるんじゃない!
「それは間違ってる!」
「そうかもしれないわね。だから君で試すのよ」
 狂ってる……。
 この女は人並みに恋をしたこともあるようだけど、上手くいかなかったのもわかる。この人には他人の心というものがわからない。
 この人には愛がわからない。
 それはこの人のせいだけではないかもしれないけれど間違いなく本人のせいもあると思う。

「あらあら、傷だらけになってしまったわね。――血が出てるわよ」
 そう言って女はオレの傷跡に舌を這わせる。おぞましさでぞわぞわした。
 尻尾がぴくぴくと動く。
 真ちゃんが同じことをしたのなら――。
 オレはそれを甘受したかもしれない。その差はどこから来るのだろう。恋だろうか。
 でも、オレはこの女に恋をしていない。
「だいぶ傷つけちゃったわね。ごめんね」
 そのごめんね、という時の顔がちょっと可愛くて、不覚にもオレはときめいてしまった。
 ダメだろ、オレ! ほだされちゃ!
 真ちゃん――。
 オレの恋人は真ちゃんだけだよ――。
「今、緑間真太郎のことを考えてたの?」
「う……」
「言いなさい、考えてたの?」
 女はまた耳を引っ張る。痛い痛い。今度は本気だ。耳がちぎれる……!
「オレは――いっつも真ちゃんのことしか考えてない!」
「嘘おっしゃい!」
「嘘じゃないもん! オレは真ちゃんのものだもん!」
「じゃあ、これからは私しか見えないように調教してあげなくちゃね」
 はっきり言って真ちゃんにサド心がないとは言わない。でも、真ちゃんは優しい。自分の気持ちもオレの気持ちも大事にする。オレが嫌がったら大抵はやめる(やめない時もあるけど)。
 真ちゃんはごり押しをしてオレが怒った時はオレが許すような気持ちになるまでそっとしておく。温かく接してもくれる。
 何か、この人はオレをわざと怒らせようとしているのかもしれない。
 オレは初めてこの人を可哀想だと思った。
 この人は自分より弱い者を虐待することでしか、己を保てない人なんだ……。

後書き
山田葉奈子とたかおの話です。この時は葉奈子の名前は出て来ませんが。
ちょっと大人向けだなぁ……。
たかおが可哀想でごめんなさい。
2018.03.04

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