猫獣人たかお番外編 8

 夜中に目を覚ますと、かずなりが満足そうに眠っていた。――オレが朝を待たずに目を覚ますなんて滅多にないことなのだが。
「真ちゃん……」
 かずなりの声がしたのでドキッとした。何だ。寝言か。オレの名は緑間真太郎と言う。
 可愛く思ったオレはかずなりの頭を撫でてやった。彼は「にゃあ……」と小声で答えてくれた。少し前、オレをオスの顔で襲った猫獣人と同一人物とは思えなかった。
 あの時は図らずも乱れてしまったが――初めてにしてはかずなりのテクニックは相当なものだ。オレの理想に合っている猫。その気になればタチネコもどちらも両方できる猫。
(やはり、かずなりは性奴隷に相応しい)
 だから――だから寝たくなかった。一旦寝たら、かずなりの体に溺れてしまうのは薄々わかっていたから――。
 かずなりを性奴隷にさせたくなかった。かずなりは無邪気にオレと寝るのが嬉しくて仕方ないらしい。寝ると言うのは性行為も含む。オレも嫌いではない。というか、オレの方が夢中になっている。
 かずなりは『アニマルヒューマン保護機構』に狙われている。はっきり言って今もだ。大学も、安全かどうかわからない。赤司が見張っているけれども――。
 オレは少し心配性なのかもしれない。だが、かずなりは渡したくなかった。アニマルヒューマン保護機構にも、他の誰にも――。
 かずなりは可憐な声で「にゃあ……」と鳴いた。甘い声で鳴いたかずなりの体は絶品だった。抱くのも抱かれるのも最高だった。最後の方では、どちらがどちらを犯しているのかわからなくなる程におかしくなっていた。
 こいつは……麻薬だ。だからと言ってやめる気もないのだが。
(やはり、こんなところに来てしまったのだよ――)
 いつか、こいつと離れる日が来るんだろうか。かずなりと過ごした日々も思い出に変わる日が来るんだろうか。
(イヤだ! 絶対そんな日は来ないで欲しいのだよ――)
 かずなりの耳がぴくぴく動く。オレはかずなりの頬に涙を落とした。多分、頬だったと思う。眼鏡がないからよくわからない。
「え? 真ちゃん、え――? 起きてたの?」
 かずなりが目を覚ました。
「真ちゃん、もしかして、イヤだったの?」
 こいつは心を読めるのか?
「ああ、イヤだ――」
「そうなの? だったらオレ、もう真ちゃんを抱けなくてもいいから。真ちゃんがオレを抱きたいならそれでいいから――」
「そういうところが、イヤなのだよ――!」
 オレはかずなりの顔を自分の胸元にうずめさせた。たかおかずなり、お前は優し過ぎる。誰かに付け込まれでもしたらどうするんだ。
 はっきり言ってオレは怖い。お前が他の誰かに心奪われたら――と。オレにはかずなりしかいない。かずなりしかいないのに――。オレは嗚咽した。
「真ちゃん、イヤだった、痛かった?」
「そういうこっちゃないのだよ」
「じゃあ、どういう――」
 オレはかずなりの唇を唇で塞いだ。
「真ちゃん、したいの?」
「いや――お前が離れたらどうしようか……そんなことを思って、な」
「大丈夫だよ、真ちゃん。オレは真ちゃんの傍にいるよ。真ちゃんがイヤでも、オレはずっと真ちゃんを見続けるよ」
「オレを、見続ける――?」
「うん。離さないから」
 睦言の応酬なのに、何故こんなにも哀しいのだろう。オレはかずなりを抱き寄せた。かずなりも泣いていた。多分オレが泣いていたせいだろう。かずなりの涙でオレの胸元は濡れた。
「真ちゃん、オレ、ずっと傍にいるよ――」
(ずっと傍にいるよ――か)
 ついこの間まで猫だったかずなりには、人間の情動がわからない。かずなりの知っているのは、飼い主がいること、そして、飼い主がどうしてか自分の傍から離れる不安――。
 かずなりは、猫なのだ。
 オレは昔、猫が嫌いだった。今もあんまりそう好きだとは思えない。オレが寄っていくと猫達はみんな牙を向き爪で脅した。オレが猫嫌いなのがわかるのだ。かずなりだけだ。平気だったのは。
「おめーさー、猫にも嫌われてんだな」
 青峰がそう言って笑っていた。人間にも嫌われ猫にも嫌われ――じゃあ、このオレ、緑間真太郎が愛し愛される存在となってくれる人間――人間でなくてもいいが――はいつ現れるのだろう。そんなことを密かに考えたことがあった。
 オレのは孤独でなく、孤高だ。そう思って得意になっていた――いや、得意になっていたつもりの時期もあった。皆、オレのようでないから、オレのような人間のことは理解できないのだと。
 そこへ、かずなりが来た。
 かずなりはオレの孤独を癒してくれた。オレは初めて、孤独というのがどんなものかを知った。かずなりが誘拐された時は――もうずっと前になるけれども――胸が締め付けられるように痛くなった。
「真ちゃん、オレ、真ちゃん以外と寝ない!」
「――は?」
「真ちゃんは、オレが他の人とするんじゃないかと心配してるんでしょう?」
「うっ、まぁ、それもあるかな――?」
 オレは頬が紅潮していくのを知りながら、ゴホッと咳をする。かずなりの視線がこちらに向いているのが何となくわかる。
「真ちゃん、生きる時も、死ぬ時も一緒だよ」
 何だかプロポーズのような言葉をかずなりが述べた。この人たらしの猫め――。
「一緒に生きて行きたいのは山々だが、一緒に死ねるとは限らないのだよ」
「えー? どうして?」
「残された方には後の人生が残っているのだよ」
「残らない! オレ、真ちゃんが死んだら後を追う!」
「駄目なのだよ!」
 オレはつい怒鳴ってしまった。
「――例えばだ。お前が先に死んで、オレも後を追って死んだら――それを知ったお前はどう思う?」
「うっ、イヤだ……」
 かずなりがぐすっ、ぐすっとしゃくり上げる。
「真ちゃんがオレのせいで死ぬのはイヤだ……」
「だろう? だったら、お前もするな。人が嫌がることは自分もしてはいけないのだよ」
「わかった……前にも言ってたよね。そういうこと」
「ああ」
 オレはかずなりの黒い頭を撫でてやった。オレは視力は弱くて眼鏡をかけていないと輪郭がぼやける。それに、部屋が暗いのでますますよく見えない。
「真ちゃん……元気出して。オレ、もうバカなこと言わないから。真ちゃん泣かせるようなこと言わないから」
 ゆうべ散々泣かせたくせに――だが、それはオレは言わなかった。そういう方向に話を仕向けたくはなかった。
「――寝るか」
 オレがそう言うと、かずなりが「にゃあ」と鳴いた。承諾の意味だろう。俺達は向かい合って抱き合って床に就いた。かずなりの体が温かくてオレはすぐ寝てしまった。

「『アニマルヒューマン保護機構』か――」
 大学に着くと、オレはすぐ赤司に相談した。赤司征十郎。赤司グループの会長の孫でもある。大学のバスケ部の主将で、オレが信頼している数少ない人間の一人だ。勿論、昨日の話はおくびにも出さないが。取り敢えずアニマルヒューマン機構のことを尋ねてみた。
 この大学のキャンパスは明るい。笑い声があちらこちらから聞こえてくる。
「やはり厄介だね。あいつらは――」
 赤司が呟いた。そうか。やはり厄介か。赤司の力を持ってしても――。
「そんな顔をしないでくれ。真太郎。そっちは何とかする。だが――」
 赤司が何ともいえない顔をする。何だ? オレは今、何かおかしな顔をしているのか? 例えば、泣き出しそうな、とか――。赤司だったら見抜いていても不思議ではないが。だが、赤司は一番言いたかったであろうことは言わず、
「あまりかずなりには入れ込むな」
 とだけ言った。それならばもう手遅れなのだよ。だってオレ達は――。
 赤司は不思議な顔をした。悲しそうな、それでいてどこか嬉しそうな表情。眼鏡があるからくっきりわかる。オレの眼鏡は度が強い。この間かずなりが冗談でつけたら頭がくらくらしたらしい。
「まぁ、君達のことは羨ましく思えるがね。僕と光樹はそこまで行っていないから――おっと、そんなことを話しているのではなかったね」
 辿り着けない幸せというのもあるのだよ、赤司――。オレは心の中で呟いた。
 辿り着いたからこそ、起きる悩みというのもある。そして、それは以前より何倍も何倍も辛いものなのだ。
「アニマルヒューマン保護機構は僕に任せてくれたまえ。真太郎」
「ああ、頼む――」
「真ちゃーん。あれ? 赤司も一緒?」
「やあ」
 かずなりはかなり赤司に対する警戒心を解いたようだった。昔は用心していたらしいのだが。
(かずなりも成長する)
 今はまだいい。だが、かずなりにオレの他に好きな人ができたらどうするのか。オレなど用済みになったらどうするのか。例えば、他に好きな女ができたとか。そうなっても自然な話ではある。かずなりは魅力的だし、他の人間や獣人の女の子からもモテる。
 かずなりに新たな恋人が出来たら――オレは気が狂うだろう。
「真ちゃん、授業だよ。いこ?」
「僕も行っていいかな」
「うん」
 赤司も安全圏だ。彼には降旗光樹というチワワの獣人がいる。降旗は少し赤司に怯えながらも何とか付き合っている。かずなりに入れ込むな、と赤司は言うが、赤司も立派に降旗に入れ込んでいる。
 かずなりは大学生になった。かずなりー、かずくーんと言う友達の呼び声にも、上機嫌で応えている。ああ、この瞬間よこのまま続いてくれ――。
「緑間君、たかお君、赤司君」
「うっす」
 黒子と火神だ。火神は黒子の恋人で虎の獣人だ。このところ逞しさを加えたような気がする。黒子も少し大人になったみたいだ。こいつらも成長した。――もう悪いことは考えまい。オレは友人達と一緒に大学の教室の中へと入って行った。

後書き
こんな話書いてたんだなぁ……すっかり忘れてたよ。
たかおはタチもネコも出来る猫獣人のようですね。真ちゃんはすっかりたかおの虜。
2018.01.20

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