猫獣人たかお番外編 7

「みゃーじ、さん」
 たかおが呼ぶ。オレは、無視。だがたかおは、
「みゃーじ、さん、みゃーじ、さん」
 と、諦めずに何度も呼ぶので、オレはついにキレた。
「オレの名前はみ、や、じ! みゃーじじゃないの!」
「み、みゃーじさん怖い……」
 たかおが泣きそうになってる。でも、オレには泣き落としなんて通用しねぇからな!
「どうしました? 宮地先輩」
「おう、緑間。こいつがみゃーじさんて言うもんだから」
 初めのうちはたかおもちゃんと「宮地サン」と呼んでて可愛かったものなんだけどなぁ……。
「たかお。宮地先輩嫌がってたのだよ。人の嫌がることはしちゃダメだって言ったはずだろ?」
「うっ……」
 たかおが言葉に詰まった。たかおは緑間の飼い獣人。たかおも緑間には弱いらしい。
「だって、だって、みゃーじさんの方が可愛い……」
 たかおは泣きながらそんなことを言っている。――こんにゃろ。確信犯か。
「オレは可愛くなくていいの。轢いたろか?」
「宮地先輩、かずなり相手にそういうのはちょっと……」
 緑間は結局はたかおの味方をする。まぁ、オレも大人気なかったか――。しかし、緑間がこの猫獣人を大切にしているという話は本当らしい。
「宮地!」
 バスケ部顧問の中谷教授が呼んでる。何だろ。
「いいかね、宮地。たかおにはオレもマー坊と呼ばれている」
 あー、そうだったっけなぁ……。でも、それがオレを呼んだ訳とどう結びつくんだろ。
「最初はオレもちゃんと『中谷先生』と呼ばれたかったさ。でも、そのうち『マー坊』でも良いじゃないかと思えるようになった」
「へぇー……」
 諦めの境地か。でも、オレは中谷教授ほど大人でない。
「だってな――たかおの『マー坊』呼びはとても可愛いじゃないか!」
 中谷教授の顔がぱあっと明るくなった。うわぁ……。オレは一歩退いた。中谷教授――アンタ、ただのたかお萌えか。
 つか、可愛けりゃ何でもいいのかよ。たく、どいつもこいつも。
 アホらしくなったオレはバスケの練習に没頭することにした。
 木村からは、
「あまり気にすんな」
 と言われたが――オレって気にしてるかねぇ。まぁ、ちょっと引き摺ってんのはホントだけど。
 ダンクを決めると、たかおが、
「みゃーじさん、すごい、みゃーじさん、すごい!」
 と目を輝かせて手を叩いていた。そう悪い気分じゃねぇな。
 後は――こいつが宮地サンってちゃんと呼んでくれればなぁ……。
 でもこいつ、緑間のことは『真ちゃん』って呼ぶし、黒子は『てっちゃん』だし、中谷教授に至っては『マー坊』だし……(しかもそれを教授は喜んでいる)。
『みゃーじさん』ね……まぁ、マシな方かもしれないな。
 でも許す気にはなれねぇんだ。
「た~か~お~。また『みゃーじさん』って呼んだろ! 轢くぞ!」
「にゃっ!」
 たかおは飛び上がった。こんなところは可愛いと思えなくもない。
「ごめんなさい。宮地サン……」
 ほーら、ちゃんと『宮地サン』と呼べるじゃねぇか。
 でも、何でだ? 少し寂しいと思うのは……。オレはたかおにみゃーじさんと呼ばれるのがイヤだったはずなのに……ちゃんと呼んで欲しかっただけなんだ……。ちゃんと呼んでくれたら、お前を怒るつもりはなかったんだぜ。

「兄貴ー。タオル」
「おう」
 オレは弟の裕也にタオルを投げて寄越す。
「裕也サン……」
 ほーお、たかおも裕也のことはちゃんとした呼び方で呼ぶんだな。因みにオレの下の名前は清志だから、オレのことは『清志サン』と呼んでくれてもいいんだがな。――裕也がたかおの方を振り返った。
「んだよ」
「ねぇー、みゃーじ、さんは、オレのこと嫌いなの?」
「オレも宮地なんだけど……」
 裕也は不満そうだ。つか、そういうことはオレのいないところで喋れよ。裕也がちらりと視線をくれた。気にしてんだな。口は悪いが気配りはできる弟だ。あまりオレ達の仲については干渉したくないんだろう。
 だけどまあ、こうなったら話くらいは聞いてやろうじゃねぇの。オレは腹を据えた。オレは裕也に対して頷きかけた。
「……嫌いとか、そういうことはないと思うぜ。兄貴は」
「じゃあ、どうして、みゃーじさんと呼んだら怒るの?」
「兄貴は照れ屋なんだよ」
 んにゃろ、誰が照れ屋だ! 後で夕飯のエビフライ巻き上げてやる!
「でも、そう呼ぶのは親愛の証なんだろ?」
「うん。みゃーじさん、好き……」
 たかおが赤くなりながら控えめな笑いを浮かべた。
 ズキューン! ハートにモロに来ちまったぜ、今のは!
 でも、たかおは緑間のモンだ。オレにだってみゆみゆがいる。あー、でも轢きたい! 緑間のヤツ轢いてやりたい! 木村の軽トラで!
「だったら、退くことねぇよ。兄貴が落ちるまで、『みゃーじさん』と呼びな、なぁ、たかお!」
 裕也も笑っていた。こんの馬鹿弟め! お前も轢いてやろうか!
「うん……わかった」
 たかおはこくんと頷いた。
「――よし」
 裕也はたかおの頭を撫で始める。たかおの耳がぴくぴく動いてる。
「くすぐったいよぉ、裕也サン」
「ははっ、お前って簡単なヤツ」
 そうか~あ? とてもそうとは思えないんだが。
「でも、今はほら、兄貴が睨んでいるから、また今度な」
 誰が睨んでるって? たかおがててて、とやってきた。
「み……みゃーじ、さん?」
 そう呼びながら、オレの顔色を窺う。オレは――自分でも単純だなと思いながら、ついに落ちちまったようだ。ああ、だからみゃーじさん呼びはされたくなかったのに。でも、こいつ、可愛いから仕様がない。オレも可愛けりゃ何だって良かったのかな。緑間や中谷教授のことは言えねぇや。
「おう、何だ?」
 オレが答えると、たかおは満開の花のような明るい笑顔になり、何度も、
「みゃーじさん、みゃーじさん」
 と呼んだ。ちょっと照れくさかった。

「あれ?」
 緑間が何かに気付いたようだ。
「宮地先輩……たかおのこと怒らなくなりましたね」
「ん、ああ……こいつには言っても無駄だと悟ったからだ」
「ツンデレ……」
「ああ?! 何か言ったか裕也!」
「何にも」
「みゃーじさん、さっきのシュート、もう一回見せて!」
 高尾がせがんだ。ま、リクエストには応えてやらなくちゃな。先輩として。
「わかった。よぉし、そらよ!」
 ボールは、オレが言うのも何だが、綺麗にゴールに入った。
「みゃーじさん、スゴイ! オレもやる! できるかにゃあ?」
「お前もすぐできるようになるよ」
 緑間の方をちらりと見ると、『かずなりのことは先輩といえども渡しませんよ』と目で言っていた。大丈夫。オレは中谷教授じゃない。お前さんから取ろうなんて思っちゃいないさ。
 たかおは緑間しか見てねぇよ。――ちょっとお前らの仲が羨ましいのは確かだけどな。
 あっ、やべ。こいつらにいつの間にか毒されている。さっさと轢いておくべきだったか……。まぁ、それは冗談として。
 たかおもシュートを放つ。――だいぶ上手くなってきたな。オレがお義理でよしよしと言いながらたかおの頭を撫でてやったら、緑間の眼鏡がパリンと割れた。

後書き
今回は宮地先輩が主人公。
まだまだ拙いところがあるなぁ……。去年だったかに書いた話だったから。
でも、「みゃーじさん」呼びをするたかおは可愛いと思います。
2017.11.9

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