猫獣人たかお番外編 4

「あっ、なっちゃん」
「こんにちは。お久しぶりね。お兄ちゃん。そっちの人は緑間さんね。話には聞いてたけど」
「うん。かっこいいでしょ」
 オレとなっちゃんは「じゃあね」と言って別れた。
「どうした? かずなり」
 真ちゃんが尋ねる。オレの保護者兼恋人の緑間真太郎。因みにオレは真ちゃんの飼い獣人たかおかずなり。
「ああ。今の黒猫? なっちゃん」
「猫の時のお前によく似てたのだよ」
「妹だもん」
「――お前に妹がいたのか」
「いちゃ悪い? なっちゃんは本当はにゃんちゃんという名なんだけど、にゃんちゃん→なんちゃん→なっちゃん、という風に変化していったわけ」
 真ちゃんが苦い顔をした。
「何て言うか……お前らの名づけ方はイージーなのだな」
「オレにかずなりなんて名つけた真ちゃんには言われたくないなぁ」
「なにー?! かずなりは立派な名前なのだよ!」
「はいはい。オレも気に入ってますって」
 たかおは仲間達が、かずなりは真ちゃんがつけた名だ。獣人になって人間生活をするにあたり、真ちゃんと相談して『高尾和成』という当て字をすることになった。
 オレ、本当にこの名前気に入ってるんだ。
「ごめんね、真ちゃん」
「む……そう下手に出られると……かずなり」
「んー?」
 オレは真ちゃんに頭を撫でられた。真ちゃんには世話になりっぱなしな気がするなぁ、オレ。
「しかし、何か話していたのか? お前ら」
「んー。挨拶」
「オレにはにゃあにゃあ言い合っているようにしか聞こえなかったのだが」
 まぁ、人間の真ちゃんにしてみればそうだろうねぇ。なっちゃんにも、真ちゃんのようないい飼い主が見つかればいいな、とオレは思った。
 ――これが一ヶ月くらい前のこと。

 オレは結構忙しく、なっちゃんのことをあまり思い出さなかった。薄情な兄貴だったとは思うが、なっちゃんはなっちゃんで仲間達と楽しくやっているだろうと思っていたのだった。それに――あんな短時間でなっちゃんの運命が変わるとは思わなかったのだ。
「大変……大変だよぉ! たかお」
 オレの元に駆けつけてきたのは情報屋のゲン。
「おー、どうした? ゲン」
「なっちゃんが……保健所に連れてかれた!」
「え!」
 保健所に連れていかれること――それは野良猫達にとっては死を意味している。殺処分されてしまうのだ。
 まぁ待て。たかおかずなり。まだなっちゃんが死ぬとは限らない。保健所は一週間前後は猫を保護していると聞いたことがある。
 そうだ! 真ちゃんに相談しよう!
「たかお! 早い方がいい! もう一週間は経ってるから!」
「にゃんだってー?!」
 それを早く言え! ゲン!
「オレも今知ったんだよぅ。情報屋の名が泣くけどな……。なっちゃん、ここんとこ見なくなったなと思ってたけど……保健所に行った後どこかのおじさんにもらわれたって聞いたから、安心してたんだ! でも、再び保健所に連れて行かれたって……最初は嘘だと思ってたけど……なっちゃんが、子供の手を傷つけたと言って……その子のお母さんと、なっちゃんをその家族にあげたおじさんが喧嘩しているのを見た猫がいるんだ」
「バカな! なっちゃんに子供を傷つけるなんてそんなことできるはずないよ!」
「だからさぁ……オレ、訊いたんだよ。その辺の猫達に。――なっちゃんはじゃれてた時、誤って子供の手をひっかいちゃったんだって。するとお母さんが急に血相変えたって。わざとじゃないとはいえ人に怪我させたから……。子供の方は懸命になってなっちゃんを引き止めたがったらしいんだけどその子の親達が連れて行って……みんな言ってるよ。『なっちゃんは悪くない』って」
「そうだったのか……教えてくれてありがとゲン!」
「早くなっちゃんのところに行ってあげて! たかお!」
 皆まで聞かず、オレは近くの保健所に駆けて行った。なっちゃんが連れていかれたとしたら多分そこだろう。
 なっちゃんも真ちゃんに飼ってもらうんだ。なっちゃんはいい子だから、真ちゃんも気に入ってくれるだろう。
 きっと、きっと……。
「え? 全身黒い猫? 一週間くらい前に連れてこられた? 前に引き取られていったようだけど、子供に怪我させたとかでその後処理されたよ」
「いつ?」
「――昨日だね」
 保健所のおじさんが言う。
 処理――つまり、殺すこと。
 オレは――目の前が真っ暗になった。

「かずなり……」
 オレを呼ぶ真ちゃんの声。オレの大好きなクリームシチューだったけど、食欲など湧かなかった。
 人間は勝手だ。
 飼いたいと言いながら、平気で保健所に再び手放す。なっちゃんの言い分も聞こうとしない。なっちゃんは人間語を話せないけど、でも、それでも……。
 なっちゃんはどう思っただろうな。拾われて、その後で捨てられて。多分それは、全く拾われなかったより酷いこと。
 なっちゃんを家に引き止めたがっていた子供は優しい子だったみたいだけど、なっちゃんを自分の都合で捨てた親の子だ。どんな風に育つかわかったもんじゃない。
 なっちゃんも獣人になれたら良かったのに……。
「かずなり、どうした?」
「なっちゃんがね、死んだの?」
「――事故か?」
 確かに猫が轢かれる事故も増えている。それについても人間達には考えてもらいたいもんだ。
 でも、なっちゃんはそんなヘマはしない。
「殺されたんだよ……保健所に」
 オレが獣人になっていなかったら……オレも保健所に連れて行かれたかもしれない。
「かずなり……」
 真ちゃんは何か言いたそうだったが、結局今は何を言ってもダメだと思ったのか、オレを残して部屋を出て行った。
 真ちゃん……。
 なっちゃんを捨てた家族が、真ちゃんと違う人種であることくらい、わかってるよ。
 でも、ダメなんだ。今は、真ちゃんの顔も見たくない。
「――たかお君、たかお君」
 ――その声は! てっちゃん似の影の薄い神様!
「神様! どうか、なっちゃんを、この世に生き返らせて」
 神様は困った顔をした。
「それはダメなんです。――なっちゃんと呼ばれていたあの子は、猫の天国で幸せに暮らしています」
「猫の天国?」
「ええ。ですが、兄である君に一言いいたいって。一瞬だけ、下界に降ろしてと頼まれました」
 なっちゃんの体が空中に浮かんでいる。黒くて美しい猫。なっちゃんは生前よりも毛並みが綺麗に見えた。
「お兄ちゃん……」
「なっちゃん……」
「今までありがとう。幸せになってね」
 ――オレは、幸せのオーラに包まれた。なっちゃんも感じているのだろうか。――幸せを。
 なっちゃんも、幸せになってね。
 オレは、涙をこぼした。オレの中にこんなに涙があるなんて知らなかった。
 オレ、幸せになるよ、なっちゃん。君の分まで。
 次の瞬間、なっちゃんの姿は消えた。神様の姿も。冷たい風がはたはたとカーテンを揺らしていた。

 きぃ、と食堂のドアを開けた。
「あ、かずなり……呼びに行こうとしてたのだよ」
「待っててくれたの? 真ちゃん」
「ああ。猫――いや、元猫のお前には辛いことだったかもしれんが……」
「大丈夫。オレ、平気。なっちゃんが会いに来てくれたから」
 真ちゃんがどうにも解せぬと言った表情で首を傾げる。真ちゃんは信じないかもしれない。でもいいんだ。聞いてもらおう。
「なっちゃんはね……猫の天国に行ったんだよ」
「そうか……」
 と、真ちゃんは吐息と共に呟いた。
「オレが飼ってもよかったのだよ……このマンションは幸い犬猫お断りじゃないし」
 オレ達はマンション住まいなのである。
「でも、真ちゃん……ありがと」
 オレと真ちゃんとなっちゃんで暮らす夢。でも、それは夢なんだ。
「オレね、なっちゃんにお礼を言われたよ。それから、『幸せになってね』って。人間に対して恨み言も言わなかったんだ。オレ、それが嬉しかった」
「お前と似て優しいのだな」
 真ちゃんが肩を貸してくれた。オレは真ちゃんの肩に頭を預けて泣いた。

後書き
なっちゃん、可哀想だけど、猫の天国で幸せに暮らしてね。
たかおもショックかもしれないけど……。たかおには真ちゃんがいるから。
保健所のことや捨て猫のことについては、私もちょっと思うところがありまして……。でも、よくわからないところもあるんだよなぁ。勉強します。
2017.7.13

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