猫獣人たかお番外編 2 ~火神と黒子~

「テツヤ。この子は火神大我君だ。今日から家で世話することになった。
 そう言った父の言葉。
「火神大我だ。宜しくな!」
 高校生とは思えないくらい立派な体格。男らしいきっぱりとした顔立ち。まるで燃え立つ炎のような赤い髪。耳と尻尾は虎みたいです。――彼は虎の獣人ですから。
 ――ボクは、一目で恋に落ちてしまいました。

 火神君はバスケも上手くて、ボクはすっかり夢中になってしまいました。ボク達のバスケでの相性はとても良くて、彼も僕のことを相棒として認めてくれるまでになりました。
 でも、これは期限つきの恋。
 溺れないように気をつけなければ。そう思う度、目は彼を追っていて――。
「なぁ、黒子。どうしてオレを火神って呼ぶんだ? タイガでいいんだぜ」
 ある日、彼はボクに言った。
「え、だって、もらわれてきたとはいえ、君は火神家から預かった人ですし」
「人――か」
 そう呟いた火神君は遠い目をした。
「オレなぁ、両親は獣人じゃないんだよ。オレだけ突然変異」
「…………」
「それが元で両親は離婚しちまった。親父は可愛がってくれたけどな」
「……そうですか」
「そんな顔すんなよ。変な話しちまったな。ごめんよ」
「――いいえ。話してくれてありがとうございます」
 僕は、涙をこぼしながら火神君の頬を撫でた。
「火神君……好きです。キミが」
「……オレも、好きだぜ。黒子」
「でも、まさか、恋人としてではないですよね……相棒としてですよね」
「好きだぜ。相棒としても――恋人としても」
 そして、火神君は彼の頬に添えた僕の手に自分の手を重ねた。ボク達は、そこで初めてのキスをしました。
 大学に行く時は、一緒に同じ大学行こうね、と約束した訳ではないのですが、結果的にそうなりました。その大学はバスケでも有名で、身体能力の高い獣人の選手をいち早く取り入れていました。火神君は、バスケの獣人枠に受かりました。
「これから、一緒に大学行けるな、黒子」
 火神君は目を輝かせて話してくれました。
「火神君、前に『どうしてオレを火神って呼ぶんだ?』と訊きましたよね?」
「ああ、それが何だ?」
「ボクも訊きたいです。どうして君は僕のことを黒子って呼ぶんですか?」
「ああ――それは」
 火神君は頬をぽりぽり掻いていた。
「黒子は黒子でいんじゃね? もうそれで定着しちまったし。オレも黒子の方が呼びやすいし」
 彼の発言に深い意味など求めたボクが馬鹿でした。
「でも……一度は下の名前で呼んで欲しいな、なんて思ったりもしたものですから」
「ああ、いいぜ。テツヤ」
「はい。火神……いいえ、タイガ君」
 ボク達は顔を見合わせた。何となくこそばゆくて、笑って誤魔化した。とても――幸せでした。
 やっぱり『火神君』の方が呼びやすいですね。それからもボクはずっと火神君のことを『火神君』と呼んでいました。火神君も今まで通りボクのことを『黒子』と呼んでいましたが、お互いの気持ちに変わりはありませんでした。

 変化が起こったのは、その年――ボクと火神君が学校にすっかり慣れ、キセキの世代という中学の時一緒で同じ大学に進んだバスケの天才達や、高校の頃からお世話になっていた尊敬する日向先輩や木吉先輩といったバスケ部員の人達や、たかお君という猫の獣人等々といった方々と友好を深めていた時のことでした。
「タイガ君。君にお見合いの話があるんだが」
 そう告げたのはボクの父。火神君のお父さんとは親友同士だったそうです。
「お見合い?」
 火神君の声は不機嫌さを孕む。
 獣人は数が増えたとは言え、まだまだ世間に認められない存在で、だから、早くからお見合いというものをするのだそうです。
「そう。相手は普通の人間のお嬢さんでね。相手が獣人でもいいと言うんだ」
 そばで聞いていたボクはむかっとしました。何が普通なんですか。普通って、どういう意味ですか。もし獣人の国に行ったら、ボク達が異端で火神君の方が普通なんですよ。
 ボクは父に初めて反抗的な思いを抱きました。
「タイガ君、君の父親の了承も取りつけてある。彼は仕事が忙しいから、私とお母さんだけでタイガ君のお見合いに同席することになった。テツヤ、留守番は頼んだぞ」
 ――ボクは父の話を聞いてはいませんでした。
 その後、ボクの部屋に来た火神君とボクは、しばらく何も喋らないでいました。写真を挟んで――写真の女の子は可愛らしいお嬢さんです。ボクの見慣れた畳の部屋。何だか、ボクの部屋とは思えないようなよそよそしい雰囲気に満ちていました。
「どうするんですか? お見合い」
 ボクが口火を切った。
「断る。決まってんだろ?」
「でも、世間的には獣人はまだまだマイナーな存在ですし……こんないい話、二度とないかもしれませんよ」
「いいの。オレにはお前がいるんだから」
 嬉しい言葉です。でも――。
 ボクは男で、火神君も男で――しかも、彼は獣人です。ボクとこのまま付き合って不幸にならないでしょうか……。
「ボク、キミをみすみす不幸にすることはできません」
「どうして! オレはお前といさえすれば幸せなんだぜ!」
 ああ、もう! ボクも幸せで気絶しそうです。ボクも火神君と一緒にいたい。けれど、もし火神君に他に好きな人ができたら?
 火神君が自分に嘘をついてボクの方に気持ちを向けようと、その立派な虎の魂を歪ませるのを見ることほど辛いことはありません。そんな彼を見ていたら、こっちだって傷つきます。いえ、ボクが傷つくのは構わないのですが、火神君まで一緒になって傷つくのは――耐えられません。
「アメリカじゃ、男と男のカップルなんて珍しくないんだぜ。男と男の獣人のカップルも」
 火神君は親の仕事の都合でアメリカに行っていたことがあります。だから、一応英語も話せるのです。あまり成績はかんばしくありませんが。
「ここは日本ですよ」
「――オレ、考えていたことがあるんだ」
「何です?」
「オレ達、大学を卒業したら、黒子、お前と一緒にアメリカに行こうと……」
「でも、ボクはここに馴染みがありますし」
 火神君ははーっと溜息を吐きました。
「そっか……そうだよな。取り敢えずこの件は断っとくよ」
 ――次の日曜日、火神君はお見合いに行くことになりました。火神君は断ったのですが、とにかく一度だけでもと押し切られたのです。ああ見えて火神君は押しに弱いから……。
「んじゃ、行って来る」
 ちょっと覇気のない彼をグータッチでお見送りしました。
 ボクは――玄関の外で彼を待つことにしました。
「あーっ、てっちゃんじゃん」
 黒耳黒尻尾の猫獣人が話しかけて来ました。たかおかずなり君です。それから、パートナーの緑間君――緑間真太郎君も。
「こんなところで何してるのだよ」
 緑間君は語尾が『なのだよ』です。密かに『なのだよクン』と呼んでいる人もいるほどです。親愛の情には違いないのですが。キセキの世代には変な人が多いです。面白いので好きですし、バスケでは確かに天才なのですが。火神君も彼らに勝るとも劣りません。
「火神君を――待っているんです」
 ボクは吐き出すように呟いた。
「タイガ、今日は何しに行ってるの? てっちゃん」
 たかお君が訊いてきます。
「――お見合いです」
「そうか……黒子、お前、火神が好きなのだろう?」
「――はい」
 緑間君は前は少し色恋沙汰には疎いところがありましたが人って変わるものですね。緑間君とたかお君はパートナー同士です。ボクも火神君とそうなりたいと思っています。
「どうして、火神を見合いになんて行かせたのだよ。黒子」
「え? だって――ボクには止めようがないじゃありませんか。火神君も断ると言ってましたし」
「バカガミがつい承諾したらどうするつもりなのだよ」
「そんなことはありません」
 ボクは長身の緑間君を見上げた。
「ボクは彼を信じています」
「……なるほど」
 緑間君はブリッジにテーピングした左手をやって眼鏡の位置を直した。あんな重そうな眼鏡をして、よくバスケができるなぁと感心してはいるのですが。日向先輩も眼鏡のシューターですが、あちらは軽そうなノンフレームの眼鏡です。
「オレが真ちゃんを信じているように、てっちゃんもタイガのことを信じているんだね」
「その通りです。たかお君」
「オレと同じだね。――あ、車来たよ。真ちゃん」
 たかお君が言いました。彼は俯瞰図で世の中を見渡すことができるのです。だから、ボク達より一足先に車が来たのがわかったのです。ほどなく、車が見えてきました。父と母と火神君を乗せた車です。
「黒子!」
 火神君は急いで降りてきました。にやにやしているたかお君達の目も忘れて、ボク達は玄関の前でひっしと抱き合いました。火神君は言いました。
「ちゃんと断って来たぜ! 見合い!」

後書き
猫獣人番外編。 今度は火神と黒子です。
火神も黒子も大好きです。
お見合いはどんな感じだったんでしょうねぇ。ちょっと気になる……。
2017.5.3

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