猫獣人たかお番外編 13 ~虹村と灰崎~

「どうしてオメーは虹村姓を名乗らないんだ!」
「別にいいだろ? 灰崎って名字がオレは好きなんだ!」
 いつも通りの口喧嘩を虹村と灰崎はしている。
「どうしても灰崎って名を捨てろと言うんなら、オレはこの家を出て行く」
「でも、お前、その名字にいい思い出なんてねぇだろうが……」
 虹村が肩を落とすと、灰崎はどうして?という目で訊く。
「お前にとって灰崎家は、お前を捨てた家族じゃねぇか」
「――それでも、家族には違いねぇだろ」
「う……」
「修造サン、オレ、散歩行って来る」
 狼の獣人の灰崎祥吾。ぼさぼさの灰色の髪。自分が認めた相手でなくば、絶対に従うことない狼の魂。虹村家に引き取られるまで数々の辛酸を舐めてきた。因みに彼の飼い主は虹村修造という。灰崎が認めた数少ない相手だ。
「――くそっ!」
 灰崎は電信柱に拳を叩きつける。
「……てぇ!」
 自分でも何やってるんだとは思った。「いてぇ」と言ったはずなのに「い」が声にならなかった。灰崎は空を見上げた。月が泣きそうになるほど綺麗だ。
「何やってんだ、オレ……」
 灰崎は帰ろうとしたが――帰ったら帰ったで虹村に説教されるのはわかっている。それは出来るだけ後に伸ばしたかった。
 ゲーセンでも行こうかな……灰崎が迷っていると。
「灰崎君」
 涼やかな声が聞こえた。黒子テツヤの声だった。
「黒子……」
「おい、俺もいるぞ」
 火神タイガもいるが無視した。タイガと灰崎とは相性が悪い。同じ獣人であるにも関わらず、だ。
(まぁ、オレは狼の獣人。タイガみてぇな半端な虎の獣人なんて目じゃないぜ!)
 それより灰崎は虹村の方が恐ろしい。灰崎は認めようとしないが。
 黒子とタイガはテツヤ2号の散歩に来ている途中だったらしい。
「どうしたんですか? 灰崎君」
 黒子が訊く。
「別にいいだろ。てめえにゃ関係ねぇよ」
「また虹村さんと揉めたんですね」
「…………」
 お見通しって訳か。灰崎はバタ臭い仕草で黒子に言ってやった。
「そうだよ。――あいつ、あんまりにも分からず屋なもんだからこっちから捨ててやった」
「……それは、嘘ですね」
「な、何が嘘なもんか!」
「だって、灰崎君、泣きそうでしたから」
 灰崎は再び黙った。
「そうそう。びぇーびぇー泣きそうだったぜ。今にも」
 タイガが灰崎を揶揄した。
「な……びぇーびぇーなんて泣かねぇよ! ガキじゃあるまいし!」
「おい、こいつ虹村サンとこ送ってこうぜ」
 今度はタイガが灰崎を無視して黒子に言う。
「ボクもそうしようと思ってました。その前に――何で喧嘩したのかボク達に言ってくれませんか?」
「喧嘩したこと前提かよ。まぁいいか。――修造サン、オレに『虹村祥吾』になれってうるせぇうるせぇ……」
「何か聞いたこと後悔したな」
「ボクもです」
「何でだよ! タイガに黒子! てめぇらが聞きたいっていうから――」
「要するにただの痴話げんかじゃねぇか。あほらし」
 タイガが耳をほじった。
「何だよ、その態度は! タイガのくせに生意気だぞ!」
「そうかよ。――じゃ、行こうか」
 タイガが灰崎の手を彼の後ろに持って行ってひねり合わせた。
「いてぇ!」
「黒子、こいつの家ってすぐ近くだったよな」
「目と鼻の先です」
「おめーなー。もう少し獣人の意地見せろよ。ガラパゴスとかでなくていいからさぁ、せめて東京出るとか――」
 灰崎は意味が分からずに首を傾げた。
「まぁまぁ。灰崎君が結局虹村サンの近くから離れられないヘタレだからこそ、こうやってボク達と会えた訳で――」
 さらりと酷いことを言う黒子であった。
「まぁまぁ。――祥吾。図星を指されたとて怒るな」
 2号も黒子に性格が近い。
「2号……お前まで……!」
 せめて2号にはフォローに回って欲しかった灰崎である。黒子にも2号にも罪がないのはわかるが。タイガがにやにやと笑う。
「んじゃ、虹村サンとこに……あれ?」
「げっ! 修造サン!」
 灰崎が鼻に皺を寄せる。
「黒子にタイガ。どうしたよ。またこの不良狼が騒ぎを起こしたのか?」
「いいえ。騒ぎを起こす寸前でボク達が止めました」
「まぁ、こいつは口だけだから騒ぎなんて起こそうにも起こせないだろうけどな。――虹村祥吾クン」
「――タイガ! オレは灰崎だ! わかってて言ってんだろう」
「その通りだ!」
「てめ! ぜってぇ殺す!」
 はいはい、と答えながら、タイガは灰崎を虹村の方へ突き出す。
「じゃ、確かに返したぜ。行こうか、2号」
「わうっ!」
「2号……」
「悪いな。吾輩には黒子やタイガの方が大事なんだ。――まぁ、頑張れ」
 2号にも見捨てられ、灰崎が途方に暮れていると。
「あー……何だその、祥吾、今日はオレが悪かった……」
「な……何で修造サンが謝るんだよ。修造サンが謝ることは何もないぜ……」
「でも……お前が灰崎の姓に執着していること、ちょっと考えればわかるはずだったのにな」
「んだよ……何だよ……修造サン……いつもみたいに怒れよ……オレが悪いって怒れよ……」
 灰崎の涙の跡が一滴、二滴。
「そんな風に聞き分けのいい修造サン、オレは嫌いだ。いつものように憎々しい修造サンでいてくれよ!」
「祥吾……」
「オレ、おっかねぇアンタ、嫌いじゃないんだぜ」
「そうか……」
 虹村はニヤリと笑った。
「灰崎。お前にはお仕置きが必要のようだな」
「あ……ああ……」
「今夜は寝かさないから覚悟するんだな」
「う……やっぱり前言撤回……」
「男らしくねぇぞ、祥吾。お仕置きされたいって言ったのはオメーじゃねぇか」
「ちがーう! そういう意味じゃなくて!」
 ウォーン!という狼の遠吠えが響いた。

 翌日――。
「あー、こりゃ酷いですねぇ……」
「いけすかねぇ野郎だが、ちょっと灰崎に同情するぜ……」
 黒子とタイガがそう言った程、灰崎は満身創痍だった。もう二度と虹村家に帰りたくねぇ! ――それが無理だとわかっていてもそう思う灰崎であった。けれど、虹村もこの狼獣人が『灰崎祥吾』という名を名乗ることを結局は許してくれたのである。

後書き
今回は虹灰です。狼獣人灰崎のお話。
黒子も火神も出すことが出来て嬉しいです。 高尾ちゃんも出したかったなぁ……。
尚、この2号は喋ります。
2019.11.20

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