猫獣人たかお番外編 10

「にゃっにゃっにゃ~ん♪ にゃっふっふっ~ん♪」
 調子っぱずれの歌を歌ってカートを押しているのはオレの同居人、猫獣人たかおかずなり。黒い耳とゆらゆらと揺れている黒い尻尾が獣人の証だ。
「ねぇねぇ、真ちゃん」
 オレは緑間真太郎だから真ちゃん呼びをするのは間違いではないのだが、その呼び方はかずなりにしか許していない。
 大学のバスケ部の奴らは『緑間』『緑間君』『緑間っち』と好きなように呼ぶ。でも、真ちゃん呼びはかずなりしかしない。
「どうした? かずなり」
 一応訊いてやる。
「あのねあのね、納豆っての、食べてみたい」
「納豆……」
 オレは固まった。
「どうしたの? 真ちゃん」
「……納豆はダメなのだよ」
「ふにゃ? どうして?」
「あんな腐った豆は家の敷居を跨がせないのだよ!」
「真ちゃん怖い……」
 かずなりがぷるぷる震えている。そんなかずなりも可愛い……だが。
「オレは納豆は嫌いなのだよ」
「どうして? 青峰が『納豆は日本の食事に欠かせないもんなんだぜ』と言ってたんだよ。納豆知らないって言ったら馬鹿にされちゃった……」
 かずなりの耳がへたる。
 ちっ、青峰め、余計なことを……。
 オレは和食は食の世界の粋を集めた素晴らしいものだと思っているが、納豆だけは……。
「納豆は臭いのだよ。臭いがダメなのだよ」
「うーん、でも、美味しいってよ……」
 かずなりがしょぼんとしている。ううう……オレはこんなかずなりに弱いのだよ……。
 仕方ない。かずなりが食べるのなら。オレに文句を言う資格もないしな。
「わかった。お前は試しに食べてもいいだろう」
「真ちゃん……」
「ただし、オレは食わないからな」
「うん! うん!」
 さっきのしょんぼりした姿もどこへやら。かずなりは勢いよく頷いた。
 それにしても青峰め……いらんことをかずなりに吹き込みやがって……。これだからあいつは嫌いなのだよ。

 夕食の時間になった。今日も和食だ。
「わーい。納豆、ねりねり~♪」
 かずなりが楽しそうに納豆を練っている。というか――。
「納豆の練り方をよく知っているな、かずなり」
「えー、だってテレビとかでよくやってるじゃん」
 そうか。かずなりが納豆を食べたがったのは青峰の影響だけでもなかったんだな。
 今まで我慢させてすまんな、かずなり。
 けれど――。
 納豆の臭いがここまで漂ってくる。吐きそうなのだよ……。
 小学校の給食でも納豆が出てきたのだが、その時は本当に地獄だった……味だってどうということはないし……。
「ねば~」
 かずなりは上機嫌だ。
「真ちゃん納豆って面白いね」
「食べ物で遊ぶな、なのだよ」
「うん。いっただっきまーす!」
 かずなりが納豆を一口、口に入れる。
「美味しい~」
 かずなりは幸せそうにふにゃんと微笑む。可愛いが、そんなに旨いか? 納豆って。
 オレが見ていると、
「あ、真ちゃんも食べる?」
 と、かずなりが言ってきた。
「……いらないのだよ」
 美味しい美味しいとかずなりはぱくぱく食べてあっという間に御飯茶碗を空にする。
「あー、美味しかったぁ」
「そんなに旨かったか……」
「うん。匂いは独特だけどね」
「お椀は自分で洗えよ。それから歯もよく磨いておけ!」
「はーい」
 夕食の後、かずなりは食器を持って、
「にゃっ、にゃっ、にゃ~ん♪」
 と鼻歌まじりで洗っていた。

 オレが新聞を読んでいると――。
「ねぇ、真ちゃん。オレ、歯磨きしてきたよ」
 こんなことをわざわざ報告しに来るとは……ははーん。
 かずなりのしようとしていることを察したオレは唇を寄せる。そして、舌をかずなりの口に差し入れようとした時だった。
 むわ~ん。
「うっ!」
 納豆とミントの香りが混ざって気持ち悪い……。
「どうしたの? 真ちゃん」
 かずなりが心配そうに訊く。
「……臭いのだよ」
「は?」
「だから、納豆臭いのだよ!」
「え~? でもオレ、ちゃんと歯磨きしたよ」
「歯磨き粉の匂いが納豆の臭いと混じりあって吐きそうなのだよ!」
「真ちゃん……」
 かずなりの目に涙が溜まった。……言い過ぎたかな。
「……悪かったのだよ、かずなり……」
「真ちゃん、酷い……」
 かずなりが涙を拭った。オレは言った。
「オレは……本当に納豆の臭いがダメなんだ。だから、お前が悪い訳ではない」
「でも……オレがワガママ言って真ちゃんに納豆買わせたから……真ちゃんは嫌だって言ってたのに……」
「お前はもっとワガママでもいい。だけど……納豆食ったその日はキスはしないからな」
「嫌だ! 納豆もう食べないから真ちゃんとキスしたい。真ちゃんとのキスの味の方が美味しい!」
「かずなり……!」
 なんていじらしいヤツなんだろう!
 見たか青峰! どうせ貴様のことだからいろいろかずなりを焚きつけたんだろうがお生憎様ってもんだ!
「明日、キスしてやるから今日は我慢するのだよ、かずなり」
「うん!」
 そして、オレ達は今日は別々の寝床で横になった。

 朝になった。
「おはよ、真ちゃん」
 オレ達はバードキスをした。
「ん。臭いはだいぶ消えたな」
「うん。でも、真ちゃんが納豆の臭いにあんなに敏感だなんて知らなかった。よっぽど嫌いなんだねぇ」
 かずなりの言葉にオレは自分でもそう思う、と苦笑するしかなかった。

後書き
わかるっ! わかるっ! 真ちゃんの気持ちわかるっ!
……と、心の中で叫びながら書きました。私も納豆嫌いだもん!
納豆のねばねばを洗うのは不快だ……。
2018.04.30

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