キミノイナイ世界2

「ちゃん……真ちゃん……」
 微かに聴こえるか細い声。これは――。
 今日一日探してやまなかった声。誰よりも聞き慣れてしまった声。オレの魂の最奥部まで食い込んでやまない声。
「高尾!」
「……真ちゃん?」
「くっ、あーはっはっは!」
 オレは笑っていた。見ろ! 高尾は実際にいたではないか!
 全く、クラスのヤツらめ、オレをおかしなものでも見るような目つきをして! 高尾和成は本当にいたじゃないか。
「高尾ー!」
「……真ちゃん!」
 高尾の声ばっかり聴こえて姿が見えない。どこにいるんだ?
「高尾! オレはここだ!」
「真ちゃん!」
 ――靄が僅かに晴れて、高尾の見慣れた姿が現れた。
「会いたかった! 真ちゃん!」
 高尾が抱きついてきた。これは夢ではないだろうな。夢にしては――感触がリアル過ぎる。けれど、心のどこかで、これは夢だ、夢だ――という声が聴こえる。
 オレは高尾を抱き締め、高尾の匂いを胸いっぱいに嗅いだ。――そして、はっと我に返った。
「お前は……どこへ行っていたのだよ」
「真ちゃんこそ……どこにいるんだよ、今。オレ、真ちゃんがいなくて寂しかったんだからね」
 それはオレの台詞だ――と言おうと思ったが、無事に会えたから良しとしよう。
 その時、ものすごい力でオレと高尾は引き離されそうになった。オレでも抗しきれないぐらいの――。
「真ちゃん。真ちゃーん!」
 高尾は、オレの十字架のペンダントの鎖を握った。鎖がちぎれた。
「高尾ー!」
 高尾の姿が見えなくなる。オレは高尾の手を取ろうとして――壊れたペンダントを掴んだ。
 ――オレは強引に覚醒させられた。
「あ、目覚めたか?」
 見慣れた秀徳の体育館で目が覚めた。宮地先輩と木村先輩がオレの顔を覗き込んでいる。心配かけたのだろうな……。
「食欲あるか? うちの店から何か果物持ってこようか」
 木村先輩が額に眉を寄せて言った。
「は……はぁ……」
「料金はちゃんともらうけどな」
「――お気持ちだけで結構です」
 ここで「ありがとうございます」と言えないあたりがオレの悪いところである。高尾はツンデレだと面白がっていたが。高尾なら言えるんだろうな。笑顔で――ありがとう、と。高尾の笑顔が浮かんだ。高尾――。
「というか、何だそれ」
 宮地先輩がオレの左手を指差した。オレはテーピングで保護された指を開く。そこには鎖の壊れた十字架のペンダントが――。
 高尾――!
 オレの全身の血という血が沸騰した。
 あの夢の中で――オレは、高尾と、会っていた?
 では、高尾はどこにいるというのだ。
「高尾……」
 不思議と心は凪いでいた。ここじゃなくても、高尾は世界のどこかで生きている。それだけで、オレは満足だ。
 けれど――会いたい。眠りにつけば会えるだろうか。この壊れたペンダントが証拠だ。これは、オレの宝物だ。
「あー、ひでぇ。チェーンが壊れてやがる。直してやろうか?」
 勿論、宮地先輩が直すわけではない。どこかの店で適当にくっつけてもらうのだろう。これは安物だから――というか、高い装飾品を高尾に買えるわけがない。
 オレは淋しさを隠して笑った。
「いいんです――ありがとうございます」
 その夜、オレはペンダントの十字架の部分を握り締めたまま眠った。

「真ちゃーん」
「高尾」
 高尾がオレの胸に飛び込んでくる。オレは、高尾の好きなようにさせていた。これも夢なんだから。――高尾がオレから体を離す。
「ごめん、チェーン……」
 高尾が済まなそうにペンダントの鎖をパジャマのポケットから取り出す。
「いいのだよ。どうせお前がくれたヤツだから」
「オレのだと壊れてもいいわけ? ひっで! 真ちゃん相変わらず!」
 そう言いながらも顔は笑っている。高尾のパジャマ姿か。良いものが見れたな。――また離れ離れにならないといい。オレは警戒していた。高尾といることができるうちに早く本題に入るのだよ。
「ところで、これはどういうことなのだよ。今までオレはお前のいない世界にいたのだよ」
「うん、あのさ、真ちゃん。昨夜大地震があったの、覚えてない?」
「そういえば……。久々に夜中に目が覚めたのだよ」
「へぇー、真ちゃんも夜中に目を覚ますことがあるんだ」
「茶化すななのだよ。あの大地震の再来かと驚いたのだよ。幸い被害は出ていないようだったが……」
「オレ、調べたんだけど、そういうことに詳しい人によると、あの地震は『時震』というもので、それでオレは真ちゃんのいない世界へ、真ちゃんはオレのいない世界へ飛ばされちまったんだって。『時震』自体は時々あることだけど、こんなに大規模なのは滅多にないことだって、その人言ってたよ」
「それで? どうしたらお前のいる世界へ行ける?」
「――わかんない」
「わかんない、だと?」
「いろんな世界があるみたいだからね。オレ達がいなくなったんでちょっとした騒ぎになっている世界もあるらしいし」
「――ふむ。こっちの世界ではまだ一日しか経っていないが、そっちはどうだ?」
「同じようなもん。ところで、真ちゃん。まだ学ラン――」
「ああ、お前とまた会ってもいいように人事を尽くしてきた」
「んなもん尽くさなくてもいいのに……あ~あ、見たかったなぁ。真ちゃんのパジャマ姿」
「タダでは見せん」
「え? 裸で寝てんの?」
「どういう耳をしてんだ。お前は。え?」
「いてて……耳引っ張んなよぉ……冗談だって」
 ふ……いつもの高尾だな。高尾と軽口が叩けるというのは、何と嬉しいことなのだろう。
「時震の調整にかかりきりになっている人達も結構いるみたいだから――もうすぐ元に戻れるって。オレ達」
「そうか。――だといいな」
「ほんとに……悪夢のような一日だったよ。オレ、真ちゃんの居所を探す為、胡散臭い研究所まで行ってみたからさ」
「そんなところまで足を伸ばしてたのか」
「うん。真ちゃん見つけたくてね」
 オレは、周りのヤツらにあたったり、落ち込んだり、寝てたりばかりだったのが――。
 情けない。
 高尾のなんと行動力のあることだろう。オレはちょっと見直していた。ハイスペックと言われるのは伊達ではないな。今回はオレよりも人事を尽くしている。高尾がいなくなって動転していた為、オレは人事を尽くせなかった、というのも言い訳にはならない。
「数日。数日我慢して。オレも――というか、オレ達には待ってることしかできないんだけど」
「ああ」
 数日なら何とか我慢できる。それに、待つ、ということ。これが一番の行動になることもある、とどこかで読んだことがあるのを思い出した。確かに高尾の行動力も素晴らしいが、よく考えてみるとちょろちょろし過ぎ、という印象も否めない。
「あ、そうだ。このチェーン……真ちゃんに返す」
「いいのだよ。お前が持ってろ」
「でも、これ、どうしろと……あ、真ちゃんとオレとを繋ぐ役割ぐらいは果たしてくれるかな」
「短過ぎるのだよ」
「そんなことないよ。元の世界に戻ったら同じの買ってお揃いにしようね」
「断る」
「真ちゃんひっで」
「オレには――これで充分なのだよ。鎖はちぎれてるし、十字架の部分はどうせ安物だろうけどな」
「――真ちゃん」
 覚醒の予兆を感じる。オレは――高尾のいない世界へと戻って行くのだ。目覚まし時計で目が覚めた。おは朝もばっちり視聴した。
 ただ、「高尾って誰なんだ?」とクラスメートや友人達から冷やかされるのには閉口したが――。
「オレにこれをくれたヤツなのだよ」
 と、壊れたペンダントを見せると皆一応納得したようだった。今日のラッキーアイテムは壊れた宝物、なのだよ。後少しで高尾のいる世界に戻れる。早く会おう、高尾。オレも待ってるからな。

後書き
真ちゃん、早く高尾ちゃんのいる世界に戻るといいね☆
ハピエンの予感を残して――この話は一応終わります。
2015.3.21

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