緑間クンのお宅訪問

「高尾、今日オレの家に行く予定だったろう? 家族もいるし、できるだけ歓待してやるのだよ」
 緑間んちにオレが行くの? そういえばそんな約束もしたっけかな。すっかり忘れてた。けど。
「いいぜ」
 オレも緑間んちに行ってみたいと思ってたんだ。二つ返事で頷いた。
「へぇー。緑間んちに行くのか」
「あ、宮地サン」
「さぞかしラッキーアイテムがごろごろしてるんだろうな」
「宮地さん。オレのことを変態みたいに言わないでください」
「でも、その通りだろうがよ。男のくせにおは朝の占い信じてるなんて……うごっ」
 今のは力を込めて緑間が宮地サンの腹にバスケットボールを投げたところだった。
 うわー。緑間、おは朝をけなされたのがそんなに腹の立つことだったのか?
「てめー、先輩を何だと思っている。絶対轢く! 明日ぜってー轢く!」
 って、宮地サンは言ってるけど、口調の割に人のいいセンパイなんだよな。
 あれ? 真ちゃん笑ってる。
 なぁんだ。今のはただのじゃれ合いか。それにしてもちょっと緑間が過剰反応っぽいけど。
 まぁ、オレもいつもやられてることだけどねー。
「行くぞ。高尾」
「へーい」
 今度もまたチャリアカーはオレが引くことになった。くっそー、じゃんけん強過ぎなんだよ、真ちゃんのヤツ。
 ――今日はオレもちょっとどきしていた。これで、『緑間真太郎』という謎のベールに満ちた存在の秘密に迫れるのかな。
 つーか、緑間の家族ってどんなの?
「ねぇ、真ちゃん」
 オレは緑間のことを『真ちゃん』と呼んだり、『緑間』と呼んだりしている。普段は大抵『真ちゃん』かな?
「真ちゃんの親ってどんな人?」
「――普通の両親だが」
 ――ウソだな。
 この変人緑間真太郎が普通の両親から生まれて来ることなど有り得ない。真ちゃんはバスケの天才だけど、おは朝を頭から信じ込んでいる変人でもある。そこんところは宮地サンに同調してもいるのだ。オレは。
 でも――
「真ちゃんの親っつったら、美形なんだろうな」
「さぁ……オレにはわからんが」
「なに? 親御さんもバスケしてたの?」
「してない。二人ともテニスはしていたが。出会ったのもテニスコートだったという話を聞かされたことがある」
「テニスねー……ブルジョアだ」
「まぁ、当たっていなくもないが」
 真ちゃんは楽しそうだ。きっと自慢の親なんだろう。
「あ、真ちゃんじゃんけん」
「必要ないのではないか? どうせオレが勝つのだよ」
「その自信、ひっくり返してやんぜ!」
 ――しかし、そんなこともできずにさすがに今はちょっと落ち込み気味のオレはおしるこを啜る真ちゃんを緑間家までチャリアカーで運んできたというわけだ。ああ、長かった。
 しっかしいつ見ても広くて大きい家だなー。それに真っ白。白亜の豪邸っつーの? 妹ちゃんが見たら喜びそうだな。
 チャリアカーで運ばされた不機嫌はいっぺんにふっとんだ。
 真ちゃんがベルを押した。うわっ。ライオンのノッカーまである。
 すっげー……冗談でも何でもなしに、ほんとにいいとこのぼっちゃんだったんだ。緑間……。まぁ、何となく気品があるところは感じていたのだが。
「お帰りなさい、真太郎」
「ただいま、母さん」
 オレは……真ちゃんの母と言う女性に見惚れていた。
 なんだよ! この人形みたいに綺麗な人は!
 緑の髪は結えてあるが、ほどくと多分腰まではあるに違いない。笑顔が優しい。
「あなたが高尾君ね。真太郎から話は聞いております」
 美しいメゾソプラノ。聞いていて心地良い。
「は。高尾和成です。緑間君とは同じバスケ部です」
 いかんなぁ……。声が上ずる。柄にもなく緊張してるみてぇだ、オレ。
「さぁさ、あがってくださいな」
「は、はい」
 緑間がくすっと笑った。何だってんだよ、もー。真ちゃんのお母さん見たら、宮地サンだってきっと同じ反応すると思うぞ。
「今日は夫も帰っておりますの。高尾君の顔を是非見たいんですって」
 オレの顔見てもどうってことないと思うけどねぇ……。真ちゃんの家族ってちょっと変なのかな。まぁ、真ちゃんの両親だからな。
「こんにちは。高尾君。真太郎の父です」
 おっ、こっちもまたすげぇ美形。男らしくて、自信に溢れていて。
 でも真ちゃんの方が美人かな。お母さんの血を引いている分だけな。
「さぁ、どうそ」
 真ちゃんのお母さんは皿に飾ったお菓子を振る舞う。
「どうかしら。お口に会えばいいのだけれど」
「……こんな美味しいお菓子食べたことありません!」
 それは本音だった。
「じゃあ、後で同じのを是非お土産として持って行ってくださいな」
 真ちゃんのお母さんが笑う。笑顔もとっても綺麗な人だなぁ……。
「ありがとうございます!」
 妹ちゃんが喜びそうだな。兄としての格もまたぐーんと伸びていくわけだ。妹ちゃん、こういうの好きだもんな。
 オレ達は真ちゃんのお父さんやお母さんも交えていろんな話をした。オレ達は学校や部活の話。真ちゃんのお父さんは主に仕事の話。
 真ちゃんのお父さんはユーモアがわかるし、真ちゃんのお母さんがこれまた聞き上手だった。真ちゃんも話すのに夢中で白い頬に赤味がさしている。
 ああ、もう! 時間よ止まれ!
「夕ご飯も食べて行きません?」
 オレはちらっと時計を見た。六時を回っている。部活で居残り練習をさせられる時は遅くまでかかることだってある。家族もそういうのは了承済みだ。
「では、お言葉に甘えて」
 夕飯は、家政婦さんが心尽くしの和食を作ってくれた。何から何までオレの家と違い過ぎる……。オレのお袋も料理好きだけど、真ちゃんとこの家政婦さんには負けるかもな。
「真太郎はね、高尾くんのことを喋る時、それはそれは楽しそうな顔をしますのよ」
 そう言って真ちゃんのママはころころ笑う。
「真太郎にいい友達ができて良かったと思いますわ」
 今は下僕扱いだけどねー……。オレはこっそり心の中で思う。
 でも真ちゃん、前より明るくなった気がする。オレに対する態度も……うん、ちょっと、少し、変わったかなぁ……。
 真ちゃんは何も言わずに味噌汁をすすっている。この味噌汁もねぇ、すげぇうめぇんだよ。
 真ちゃんはこんなところで育ったんだな。
「父さん、新聞」
「おっ。悪い悪い」
 新聞を読んでいた真ちゃんの父は急いで片付ける。――こういうところは普通の家庭っぽくて微笑ましいんだけどな。
「高尾君。真太郎はちょっと変わってるから、学校ではどんな風に過ごしてるか、ちょっと心配だったんですがねぇ……」
 へぇ。親御さんの目から見ても、真ちゃんは変わってるんだ。
「いえ……真……じゃなかった、緑間君はごく普通だと思いますよ」
 おは朝をむやみに信じることと、勝利への飽くなき執念を除けばね。
「学校の中で浮いているかどうか心配だったんですがねぇ……中学時代はバスケ部の仲間に随分支えられていたようですが」
 ああ、キセキのヤツらね。あいつらも変人具合は真ちゃんと似たり寄ったりだと思うけど。真ちゃんの話とかで噂を聞く限りでは。
 真ちゃんの妹は友達の家で徹夜の勉強会があるらしい。前々からの約束だったらしいのだ。
 会いたかったな―。真ちゃんの妹さん。きっとすっげぇ美少女だぜ? 緑間も変人具合はともかく、睫毛びしばしの超イケメンだもんな。
 真ちゃんはご飯を食べ終わるとご馳走様と言って立ち上がる。
「ああ、真太郎。今日は高尾君に泊って行ってもらうんだろう?」
「――忘れてた。高尾。今日は泊っていくだろ?」
 え? 泊る? この家に?
 そりゃ、友達の家に泊ることはよくあることだけどさぁ……。
「――そこまでお世話になっちゃ悪いですよ」
「いいんだ。私がそうしてもらいたいのだからね」
 うわぁ、さすが真ちゃんのお父さん。有無を言わさぬ迫力があるよ……。
「では、お世話になります。――あ、家族に連絡していいですか? まだ電話してなくて……」
「ああ」
 真ちゃんのお父さんは頷いた。
 さすがに何も言わず朝帰りはちとまずい。
「――ちょっと失礼」
 オレは物陰に入ってお袋に電話した。勿論、自分のケータイでだ。
「あ、お袋? オレだけど――」
「和成……今どこにいるの?」
「真ちゃんち」
「――まぁ、緑間さんちにいるの?」
 お袋の声音が変わった。緑間の家って、やっぱり結構すごいのかもしれない。
 真ちゃんちに泊ることを伝えて(『がんばってね』とお袋は言っていた)、戻ってくると真ちゃんのお父さんとお母さんがリビングで談笑していた。オレはそれを立ち聞きしてしまっていた。
「まぁ、そうなの……」
「私も真太郎の試合、見に行きたいんだけどねぇ……」
「真太郎に頼めばいいじゃないですか。確か学校では撮るんでしょう? DVD」
「直接この目で見たいんだが、そうすると真太郎怒るからねぇ。バスケも面白いけれどね。あんなに真太郎が熱心にやっているスポーツだものな……」
「まぁ、でも、頼りになりそうなチームメイトがいて良かったわ。高尾君て、本当にしっかりした子ねぇ」
「真太郎もいつもより和やかだったし――」
 どうした、和成。ただの世間話じゃねぇか。遠慮する必要がどこにある。
 オレがなかなか入れずに様子を窺っていると――
「高尾」
 袖をくいくい引っ張られた。
「あ、真ちゃん」
「風呂、入るか?」
「いいの?」
「おまえが先でいい。一応客人だからな」
「ありがと」
 真ちゃんはバスタオルと普通のタオルと緑色のパジャマを渡してくれた。
 真ちゃんが来てくれて助かったぜぇ。あの真ちゃんの親二人にはどうも気遅れする。いい人達なのかもしれないが。でも一応お風呂を使うことの承諾を得る。
 お風呂に入って汗を流すと、
「高尾、今日はオレのベッドで寝ろ」
 という真ちゃんのお達し。
「――真ちゃんは?」
「布団を敷いて床で寝る」
「悪いよ」
「気にするな」
 真ちゃんはぶっきらぼうだが優しい。ただ、他人に有無を言わせないところはお父さん似だな。
「へへ、真ちゃんのパジャマぶかぶか~」
「我慢しろ」
 おや? ご機嫌斜め? 別に悪い意味で言ったんじゃないんだけど。
 しっかしちりひとつない部屋に狸の信楽焼があるって相当シュールだな……。まぁ、いいんだけど。オレも人様の部屋にケチつけるほど立派な部屋に住んでるわけじゃなし。
 真ちゃんのベッドはいい匂いがした。緑間家のシャンプーとボディソープの匂い。好きだな……。
 やがてオレは……とろとろとし始めた。

 外が白み始めてオレは目を覚まそうとした――が、それも夢だった。
 だから――これも夢だったのかもしれない。
「高尾」
 真ちゃんが聞いたことのない優しい声でオレを呼ぶ。
「オマエのおかげで退屈しなかった。学校も部活も楽しかった。新しい友達もたくさんできた。だから――感謝してるのだよ」
 それから――唇に柔らかい感触が。
 ドアの音で、真ちゃんが部屋を出て行ったのがわかった。
 ――あれ?
 オレは今度こそ本当に目が覚めた。
 この感触って、もしかして――キス?!
 夢だよね! 夢だよね! 真ちゃんが感謝してるって言ったのも、唇の感触も全部夢!
 だって、そうでなきゃあ……いくら何でも話が出来過ぎっしょ!
 それに……あー! オレのファーストキス!
 ねぇ、神様。夢だって言ってよ。頼むから……。
 取り合えず着替えよう。そして落ち着こう。
 オレは一応朝支度を整えて下に降りる。廊下に真ちゃんのお母さんと真ちゃんがいた。
「おはようございます。すみません。洗面所借ります」
「はい。――真太郎。タオル出しておあげ」
「わかった」
 真ちゃんは頷くと、オレの前を歩いてタオルを準備する。
「タオルは普通はここにしまってあるのだよ。次に来る時は間違わないようにな」
 次にって……次もあんの?
 だーっと気疲れがしたがそんなにイヤでもない自分に気付いた。仮に真ちゃんにファーストキスを奪われたとしても――そりゃ最初は慌てたが今は……かえって嬉しかったりして――夢でもさ。ふふ。
 わっ! 高尾ちゃんはゲイだったのか?! でも、真ちゃん以外は嫌だしな――たとえ夢でもだよ。
 ――やっぱり夢だったんだろうか。感触はリアルだったけど、あれも本当に唇かどうか。
 じゃあ何だろう――おは朝占いのラッキーアイテムのぬいぐるみとか? ――自分の考えに噴いてしまった。
 えーい、誤魔化すな高尾和成! 妹ちゃんとは昔ふざけてちゅーしたことがあるからわかるだろ! あれは確かに唇だった!
 ……もういいや。キスなんていずれ誰かとするんだし。
 妹ちゃん以外の最初の相手が誰だろうが……そりゃ、真ちゃんだったら嬉し――嫌ではないけど。
「あと、歯ブラシを使うならここにある。新しいのをおろして構わないのだよ」
 そう言って真ちゃんはその場を去った。
 歯を磨いて顔を洗ってやっとすっきりしたオレは、まるで引きつけられるように朝ご飯のいい匂いのする方へ向かう。食堂の扉がかすかに開いていた。
 食堂には既に真ちゃんの妹以外の緑間家の面々が揃っている。オレは改めて挨拶した。
「おはようございます!」

後書き
夏に書いた話にちょっと手直ししました。でもまだおかしなとこあるかも(汗)。
今回、長くなってしまいました。
この話、季節はいつなんだろ。
緑間の高尾へのキスは……私の趣味です。みどたか、かな?
高尾ちゃんは妹ちゃんがファーストキス……だったらいいなと思います。でも妹ちゃんとはちゅー以上はダメよ☆
2013.12.21


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