高尾を独り占め

「好きです。高尾君」
 ――む、高尾と……あの娘は見たことないから、きっと別のクラスの女だな。
「悪いけど……オレ、他に好きな人いるんだ」
 好きな人? 高尾に好きな人? そんなこと、聞いたこともないのだよ。まさか、高尾のヤツ、断る為にわざとそんな嘘をでっち上げたのではあるまいな。
 女の子が去るまで、オレは何となく隠れていた。
「高尾」
「真ちゃん」
 高尾の顔がぱっと明るくなった――ような気がした。
「高尾、お前の好きな人とは一体誰なんだ?」
「あれ? さっきの――見てたの?」
 高尾が困ったように笑う。
「ああ。見るつもりはなかったんだが……」
「真ちゃんだよ」
「は?」
「だーかーら、オレの好きな人は真ちゃんなの」
 嘘に過ぎないのだよ、ああ、嘘に過ぎないとも。こいつはとてもテキトーなヤツだから。
 そう思っても、心臓の鼓動は止まらなかった。高尾が上目遣いでこちらを見上げている。高尾はオレより頭半個分下だからな。――オレは、ふわふわした気持ちで訊いた。
「本当か?」
「うん、マジ」
 オレは、思わず高尾を抱き締めてしまっていた。

「やっとくっついたのね。おめでとう」
 高尾から話を聞いたというひな子がお祝いの言葉をくれた。喜んでいいのかどうかはわからない。だって、高尾は男なのだから――まぁ、ひな子は喜んでいるようだけど。
「でもね……緑間君、本当は高尾君が好きなんだってこと、周りは気付いていたようよ」
「――え?」
「だって……高尾君が他の男の子と話したりしている時、それが高尾君の特別仲良しの子だと、緑間君すごい顔で睨んでたじゃない」
「――まさか……なのだよ」
「緑間君てわかりやすいのよ」
「…………」
 ひな子が鋭いことは知ってたが――。
「一部では話題になってたわよ」
 ひな子がこそっと耳元で囁く。オレの顔が火照った。そんなにわかりやすいか? オレは。
 でも、まぁ、高尾と公然の(?)恋人になったのだからオレは――。
「高尾ー。物理の教科書借りに来たぜー」
 別のクラスの男子生徒だ。
「おう!」
 高尾が元気よく答える。――オレは物理の教科書を持ってその男子のところへ行った。
「あ――真ちゃん?」
「お前が借りたいのはこれだろう?」
 そう言って渡した、ハトロン紙で表紙を保護したオレの物理の教科書。書き込みやアンダーラインもあるが、邪魔にはならんだろう。
「わ……わ……!」
 男子生徒は震えている。こいつは確か本宮と言ったんじゃなかったっけ? 時々高尾に教科書とか借りてたよな。何で震えてんだ?
「ありがとう、ありがとう!」
 本宮は感に堪えた、といった様子でオレに何度も頭を下げた。――ん? そんなことされるほど大したことはしてないが?
「おーい、みんなー! これ、緑間の物理の教科書ー!」
「ええっ?! 見たいー!」
「見して見してー!」
 そんなに大したもんじゃないのだよ……。何大騒ぎしてるのか訳がわからないのだよ。
「真ちゃん……そんなにオレが物理の教科書、ダチに貸すこと我慢できなかった?」
「な……何のことなのだよ」
「ふ、まぁいいや。そんなに妬かれて高尾ちゃんは幸せなのだよ」
「だから、何を言っているのかわからないのだよ」
 オレはつい声が裏返ってしまった。

 放課後――。体育館でオレ達はバスケの練習をする。
「はい! 真ちゃん!」
 高尾のパスを受け取ったオレはゴールにシュートする。
「やっぱ、相変わらずすげぇな! 真ちゃんのシュートはほんと芸術品!」
 高尾が褒めてくれるのが嬉しい。他の誰に騒がれようとも。
 部活の後、一年は残って皆で掃除をする。宮地さん達が監督している。
「こらー、ちんたらしてると轢くぞー」
「あー、宮地サンこっえー」
「誰が怖いだって? これでも優しくしてる方なんだぞ!」
「す……すみません……」
 宮地さんと高尾がじゃれ合っている。宮地さんは手加減して高尾にヘッドロックをかけている。
 オレがその方向を見つめていると――。
「おい、緑間、手が止まってんぞ」
 木村さんが声をかけてきた。
「あ……すみません」
「ったく、さっきのお前の顔、怖かったぞ。そんなに高尾が気になるか?」
「いえ――」
「宮地は大丈夫だ。みゆみゆが本命だからな。オレと同じで」
「はぁ……」
 アイドルには興味なかった。
「あんまりやきもちやくと、そのうち高尾が逃げ出すぞ」
 やきもち? オレが? 高尾に? まさかそんなことは――
 ――ないとは言い切れないオレだった。
「ま、あんまり気にすんなと言いたかっただけだ」
 そう言うと、木村さんはまた作業に戻った。

 チャリアカーの止まっている自転車置き場に行きがてら、オレは高尾に、木村さんがこんなことを言ったんだが――、と話した。
「高尾……オレから逃げ出したいか?」
「ううん」
「でも――あんまり妬かれるのもうざったいだろう」
「他の人が相手の場合だとね。でも、真ちゃんなら、嬉しい」
「そうか――」
 オレは少しほっとした。――何でほっとしたのかはわからなかったが。
「高尾。オレは嫉妬深いかな」
「そうかもね」
「そうか――やはりな」
 落ち込みたい気分だった。
「でも、オレはそんな真ちゃんも好きだから。それに――やきもちやいてるのは真ちゃんだけじゃないよ。オレだってそうだもん」
「お前が?」
 少々意外に思ったオレは足を止めた。高尾は「うん」と頷いた。
「今日だってさ、ひなちゃんとイチャイチャしてたじゃん」
「あれは――お前とくっついておめでとうと言われただけなのだよ」
「うん。そんなこったろうとは思ったけどね。内心穏やかじゃなかった。真ちゃんから物理の教科書借りた本宮にも妬いたぜ」
 高尾が苦笑する。そんな苦笑いの顔が可愛い。
 ああ、オレがお前を気にするように、高尾、お前もオレを気にかけてくれていたんだな……。これからもいろいろあるだろうけど、やっぱりオレはお前を独り占めしたいのだよ。
 オレは独占欲が強いからな。逃げたら承知しないのだよ、高尾。

後書き
二年くらい前に描いた話。
読み返して萌えた……☆
今でも緑高好きです。
2016.3.7

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