みどたかの初詣

「うわー。すんごい人出」
 神社の階段で、ファー付きのコートを羽織った高尾和成が呆れたように呟く。
 振袖の女の子達が多い。着物姿の男性もちらほら。吐く息が白い。
 緑間と高尾は並んでそんな人達の集まりを立ったまま眺めていた。
「なぁ、真ちゃん。真ちゃんも着物、着てみない?」
「今からだと着付けに少し時間がかかるのだよ。オレ達はまだ賽銭もしてないしおみくじも引いてない」
 緑間真太郎はこういうことにはとことんこだわる。おは朝の占いなんてものに忠実に従うくらいだから。
「でも――真ちゃんの着物姿、見たいなー」
「ケータイに去年の写真があるのだよ」
「ガラケーか。見して見して~」
「ほら、これだ」
「うっわー。真ちゃんかっけー。惚れ直しそう」
「ふん……」
 緑間は眼鏡のブリッジを直した。
「一年前だからかもしれないけど、ちょっと若いよね」
「まぁ、そうかもな」
「ねぇ、これ、プリントアウト、いい?」
「いいけど、何に使うのだよ」
「宝物にする」
「実物の方が見応えあるだろう」
 緑間はどこかの誰かさんが言ったような台詞を口にして、高尾から携帯を取り返した。
「じゃ、オレも着物着ようかな。真ちゃんとお揃いで」
「――勝手にするのだよ」
 長い脚の緑間はすたすたと行ってしまう。
「待って、真ちゃん待って」
「ほら、賽銭を上げに行くぞ」
「この人ごみの中でか~」
 高尾がうんざりするのもムリもなかった。この某有名神社は人が多いことでも名を馳せているのだ。
「人と人の間を縫っていけば大丈夫だ。高尾」
「何?」
「手」
 緑間は手を差し出した。
「あ、そか。はぐれないようにか」
「まぁ、お前にはホークアイという特殊能力があるがな」
「じゃあ、真ちゃんオレについてきてよ」
 高尾と緑間は人々の間を縫って賽銭箱の前にやってきた。
 小銭を投げてガランガランと鈴を鳴らす。パンパンと手を叩いて願い事を心の中で言う。
「真ちゃん、何願った?」
「――内緒なのだよ」
「オレはさー、これからもずっと真ちゃんと一緒にいられますようにって」
 ――緑間は目を瞠った。もっとふざけた願いを言うかと思えば。
 高尾の横顔が綺麗に見えた。
 ――オレも、同じなのだよ。
 ずっと高尾と一緒にいられるように。
 だが、願い事は口に出さないからこそ願いなのだ。
「来年は――願い事を軽々しく言うものではないのだよ。これからは黙って祈れ」
「あいよ。真ちゃん」
 高尾が微笑んだ。緑間はドキッとした。
 おみくじを引いた。高尾は大吉、緑間は大凶だった。
「くっ……! いつも人事を尽くしているオレが何で大凶を……」
「めげないめげない」
 緑間の頭を高尾があやすようにぽんぽんと叩く。
「お前はいいのだよ。大吉だったんだから」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うじゃん。あそこに結んでこうぜ」
 高尾の指さした先には、他に既に結ばれていたおみくじがたくさん――。
「それに、真ちゃんの凶運はオレが追い払うから」
「――そうか」
「今年もラッキーアイテム、探しに行きますか、隊長!」
 高尾が敬礼したので、緑間はふっと笑った。
「ああ。宜しく頼む」
 緑間の返答に、高尾が機嫌よく頷いた。
「あのさ、オレさ……」
 高尾が言い淀んでいる。どうしたというのだろう。
「着物の真ちゃんもかっこいいけど、カジュアルな格好もなかなかだと思うぜ!」
 言っちゃった、とでもいうように、高尾はパタパタと走って行く。
「おい、高尾」
 仕様のないヤツだ。ちょろちょろと――ホークアイがあるから道に迷うことはないか。オレも高尾とはぐれたって平気だしな。
 でも、さっきの台詞――
 オレは、どんな格好でも高尾に褒めてもらえるのかな。オレは滅多に褒めないが。
 今年も――高尾と一緒にいたい。
 来年もその次も。共白髪になるまで。
「おーい、真ちゃん、何ぼさっとしてるの?」
「置いて行ったのはそっちだろうが」
 こんな軽口を叩ける友達は、有り難い。
「ま、いいや。絵馬書こうぜ、絵馬」
「だな」
 緑間は絵馬に、『秀徳バスケ部必勝』と書いた。
「あー、真ちゃん、同じ同じ」
 喜ぶ高尾に緑間が首を傾げていると、
「オレさー、『今年の秀徳バスケ部は絶対勝つ』って書いたんだー」
 と、嬉しそうに報告する。
「そうか。同じか……」
 バスケプレーヤーとして当然の願いだとは思ったが、高尾と一緒だとわかると少し嬉しかった。
「真ちゃん……」
 高尾がじっとこっちを見ている。何だというのだろう。
「どうした? 高尾」
「――目が変」
「はぁ?」
 それは去年のインターハイ予選敗退の時に、緑間が黄瀬に言った言葉だった。
(目が、変なのだよ――)
 だが、その台詞を自分が言われるとは思わなかった。
「うーん。変って言っちゃあ語弊があるかな……目が優しくなった」
「そうか? 自分ではわからんが」
 でも、きっとそれは高尾と一緒の時だけであろうと思った。――高尾が笑いながら言った。
「オレ、バスケ部入って良かった。真ちゃんという相棒も見つかったし、宮地サンは怖いけど、本当は優しい人だってわかったし」
 それはお前がいいヤツだからなのだよ――。
 緑間は心の中で答えた。高尾がいるから、今の秀徳バスケ部はある。そして、今の緑間も。
「あ、そうだ。明けましておめでとう。今年も宜しくね」
「ああ。宜しくな」
 高尾のスマホにも、緑間のガラケーにも、先輩達や同学年の部員や友人からのメッセージが届いていた。緑間はそれを見て、高尾と和んだ。

後書き
絵馬って初詣の時にも書けるものなのでしょうか。ちょっとそれが疑問。
これは確か元旦に書いた話。
2015.1.5

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