初日の出を見に行ったのだよ

「やっぱ冷えるねー、真ちゃん」
「当然だ。まだ冬なのだよ」
 高尾がぴとっとオレにひっつく。
「えへへ、真ちゃんあったかーい」
「離れるのだよ。……バカ尾」
 人の気も知らないで。
「あっ、ほら、みんな集まってるよ。真ちゃん!」
 真ちゃんねぇ……オレには緑間真太郎と言うれっきとした名があるのだよ。
 オレのことを真ちゃん呼びするのは、秀徳でも高尾だけではあるまいか。
 オレはバスケに才があるから一目置かれているし……。しかも、生まれついての才に加えておは朝のラッキーアイテムがある!
「あー、あんまりよく見えないねー。写真みたいなの期待してたのになぁ……」
「ああいうのは、プロが撮るから見事なのだよ」
「でもさ、絵みたいな風景見たいじゃん。オレは見たいなぁ。勿論真ちゃんと」
 その時、高尾がへくちっと小さくくしゃみをした。
「大丈夫か?」
「うん」
 高尾が寒いからかまたオレにひっつく。
「オマエはくっつき虫か?」
「……あれって取るの大変なんだよね」
「――オマエとどう違う?」
「ひっでーなー、真ちゃん」
「ふん……」
 いつの頃からだろう。――高尾が可愛く思えるようになったのは。
 初めは殺し殺される関係――まぁ、バスケで人殺しするヤツはいないから物の例えだ――だったのだがな。高尾もオレのことはライバル視してたし。
 それが今や相棒で、隣になくてはならない存在になっている。
 そんなこともあるものなのかもな。
 運命と言うのはわからんものなのだよ。いつも思うけれども。
「あっ、シャッターチャンス、シャッターチャンス!」
 バカ尾……間違えた、高尾はおぼろげな初日の出をスマホで撮っている。こういうお手軽なところも好きなのだよ。
「うーん、プロみたいにはいかないなぁ」
「当たり前なのだよ」
「でも、高尾ちゃんはハイスペックだから、いつかすんげぇ写真撮って真ちゃんに見せてやる!」
 高尾ちゃん……自分で言うな、なのだよ……。いかん。ツボに入ってしまった。
「真ちゃん、どうしたの、ねぇ。オレのことバカにしてるっしょ。ねぇ!」
 違うのだがそう思わせとく。
「もー。真ちゃんたら失礼なんだから!」
 高尾が鼻息を荒くする。でも、すまんなんて言わないぞ。
「まぁ、でも今年も無事迎えられたっつーわけだ」
「だな」
「今年も宜しくね、真ちゃん☆」
「それは前に聞いたのだよ」
「ん……でも、何回やってもいいじゃん。挨拶ってーのは」
「――確かに」
 高尾――こいつには、意外と礼儀正しいところがある。ふざけもするが、芯は通った男なのだ。
 なんでかんで言って、ちゃっかりオレの相棒の座に収まってしまったし。高尾和成はやると言ったらやる男だ。
 人事を尽くして運命に選ばれる。そんなオレの持論を突き崩す可能性もあるヤツなのだが。そういう点では、黒子と似た者同士だ。
「ああ、でも、去年は超サイコーな年だったぁ! 真ちゃんとも会えたしね」
「WCで負けておいて何が最高なのだよ」
「だから、今年は勝つんでしょ? それに、いいことだけを見て行こうよ。去年の嫌なことなんて、破魔矢と一緒に捨てちゃうもんね」
 そうか……。
 でも、去年は確かに、オレにとっても悪くない年だったのだよ。高尾に会えたのもそうだが……。
 宮地先輩、木村先輩、大坪先輩……。スタメンの先輩達の顔が思い浮かぶ。あの人達が引退なんて、寂し過ぎるのだよ……。
 みんないい人ばかりだった。
 チームの大黒柱、大坪主将。キレると怖いが実は人情派、宮地先輩。黙々と秀徳バスケ部を支えてくれた木村先輩……。
 そして――オレの相棒、高尾和成。
 今年は新しいチームメイトがやってくる。オレらは先輩になるんだ。
 中谷監督も監督は辞めないだろうから、当分退屈はしないだろう。高尾のヤツ、もしかして監督をマー坊呼びするんじゃないだろうな。
 ワガママなオレを支えてくれたチームメイトが辞めていくのは寂しいが、オレには高尾がいる。
「よぉ、お前ら」
「大坪主将!」
「オレらもいるぜ」
「宮地先輩! 木村先輩!」
 ちょうど先輩達のことを思い出していた時に、都合よく来るなんて、これは運命なのか? 運命なのか?
「大坪キャプテン達も来てたんすね。まぁ、ホークアイがあるからわかってたけど。今年も宜しくお願いしまっす」
 高尾が笑顔で言う。大坪主将が答えた。
「ああ。宜しくな。高尾。――オレ達も初日の出が見たくなってな。緑間達もそうだろ?」
「でも、さみーばっかりじゃん。ここ」
 宮地先輩が体をぶるぶる震わす。
「そうでもないぞ。親父」
「おう」
 木村先輩にそっくりの木村先輩の父親が火を焚いていた。――今気付いたのだよ。周りには他の父兄達。子供達がはしゃぎ回る。そして、真ん中には――鍋。
「ふむふむ。美味しそうな匂いがしますなぁ」
 高尾、親父口調はやめろ……。
「ほれ、甘酒だ」
 木村先輩の家は果物屋なのに甘酒か……。
 オレも甘酒は嫌いではないのだよ。しるこほどではないがな。
「真ちゃん、意外に甘党だもんね」
 と、高尾に言われたことがあった。確かにその通りだ。対する高尾は辛党だ。
 木村先輩のお父さんが紙コップに甘酒を注ぎ入れる。オレは紙コップに口をつけた。
 あったかくて甘い。勢いよく湯気が立っている。
「オレ、甘酒好きなんだー。真ちゃんは?」
「――嫌いではないのだよ」
「真ちゃん……そこは『大好きなのだよ』と言うところじゃん。せっかく木村サンのお父さんが出張してきたのに」
「ははは、息子から聞いた通りだ。なに、構わねぇよ」
「真ちゃんはツンデレだからなぁ」
 高尾も一緒になって笑う。ツキン、と心が痛くなるのはこんな時だ。
 敵意を向けられるのはさして怖くない。帝光中時代はオレ達キセキの世代は他校のバスケ部の敵でもあったのだ。憎まれるのには慣れている。高尾でさえ、最初はオレを憎かったと告白したぐらいだ。
 でも、好意というヤツは――。オレはコミュ障というヤツなのだろうか。どう返していいかわからない。
 まごまごしているうちに、話は他にうつってしまう。オレは、不器用なんだろうか。どうにも会話のリズムがつかめないのだよ。こういうところでは高尾のことをちょっと尊敬するぐらいだ。
「真ちゃん、困ってんの?」
 え? バレたのか?
 木村先輩のお父さんは、仲間のお父さん達と息子の話をしている。
「でよう、信介のヤツが吼えかかったわけさ。その時、ああ、こいつも大人になったんだな、オレの言うことが間違っていれば間違っているとちゃんと意見できるようになったんだなと思ったね」
「木村さんとこの坊主は出来がいいからなぁ――」
「勉強はてんでできねぇけどな」
 そう言って、お父さん達がはっはっはと笑った。「うるさいぞ、親父!」と木村先輩が怒鳴りつける。
「真ちゃん、困ってんの、わかるよ。真ちゃん不器用だから。でも、そんなところが好きなんだよなぁ。オレが持ってないものもの持ってるしさ」
「何だ、お前が持ってないものって」
「んー。誠実さかな」
 高尾がいつになく真剣に話した。けれど、オレは知っているのだよ。高尾も高尾なりに誠実であろうとしていることは。

後書き
もうすぐ二月なのに初日の出の話なんて!(笑)
2015.1.23

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