初めての…

 高尾和成は頬を紅潮させながら帰って来た。
「ぼかぁ幸せだなぁ」
 若大将ではないがそんな台詞が出てくる。
 たった今まで、恋人――緑間真太郎に抱かれていたのだ。しかも、初めて。
(ここまで来るのに、どんなに時間がかかったことか……)
 今日、やっと初エッチにこぎつけたのだ。緑間は変なところで鈍いから苦労した。
(あー……まだケツがいてぇ……)
 でも、それは幸せの痛みだ。高尾は顔を緩ませた。緑間が見たら「そんな変な顔するんじゃないのだよ」というかもしれない。
 けれど、構わなかった。両親と妹は家族旅行に行っている。高尾は家にたった一人しかいないのだから。
 抱かれていた間は気持ちいいのと痛いので何が何だかわからなかった。けれど、緑間に抱かれていると思うだけで最高だった、
 今は幸せを抱きしめながら眠ろう。
「いい夢見れそうだぜ」
 おやすみ、真ちゃん。

 一方、緑間は悶々としていた。
(高尾は最後までいかなかったな……)
 オレは下手なのかと、ホテルの一室で一人悩んでいた。
 そういう緑間はというと――。
(オレは、良かったんだがな……)
 自慰なんかと比べ物にならないくらい気持ち良かった。高尾の体は想像以上の味だった。
 だが……自分だけ快楽を貪っていいものだろうか。
 根が真面目なだけに、気にしなくていいことを緑間は気にしていた。
(高尾は寝ているだろうか……)
 緑間はケータイをかけた。
「……はい。高尾です。……あ、真ちゃん」
 嬉しそうな声が返って来る。
 こいつ……嬉しいのかな。
 緑間は電話越しの声に対して思う。高尾と喋っている。それだけで下半身に血液が溜まっていくような気がした。
(全く……いつからオレはこんないやらしい体になってしまったのだよ……)
 緑間は自分で呆れた。
 若いからと言ってしまえばそれまでだが――。
「大丈夫か? 高尾」
「うん。大丈夫だよー」
 幸せそうな声にこっちまで嬉しくなってしまう。
 あ、そうだ……用件があったのだよ。
「高尾……体は……」
「ん、ちょっと痛いけど……」
「そうか……」
 それから、沈黙。それを破ったのは高尾。
「なんかさー、喋ってくれよ、真ちゃん。なんか恥ずかしいだろ」
「あ、ああ……」
 そういえば、今、高尾は寝ようとしていたんじゃないだろうか。
「高尾、寝るとこだったか?」
「うん。やることないしね」
「すまん。眠いところを」
「んーん。真ちゃんならいつでも大歓迎!」
 オレは一度眠ったら朝まで起きないのだがな――どんなにうるさくても。緑間は思った。
 だから、高尾に、
「昨日電話したのに、お前気付かなかったろー」
 と、からかい交じりに不平を言われたことも一度や二度ではない。
 それでも、今日の緑間は眠れそうにない。
 今座っているベッド。ここで緑間は高尾と睦み合っていたのだ。ラブホテルは好きじゃないので、普通のホテルにしてもらった。
「家族もいるだろうに、いいのか?」
「今日ね、家にはオレ一人なの」
 だったら高尾の家でも良かったかな……。高尾の家は好きだ。高尾の家は意外と綺麗だ。母親が掃除が好きなんだ、と聞いていた。
 でも、高尾の家まで汚すことはない――緑間はそんな考え方をする男だった。
「オマエ――最後までいかなかったろ?」
「――え?」
 高尾が不審そうに訊き返す。
「だから……オレがお前を抱いた時――」
 言いながら体中の血液が沸騰しそうになった。
「あー、うん。幸せだった」
 ふにゃんとした笑いが見えてきそうな声だった。
「でも――」
「真ちゃん、そんなことで悩んでたの? もしかして、自分はヘタなんじゃないかと」
「ああ……」
 何でそんなことまでわかるんだ? ホークアイのせいか? いや、ホークアイはそんな技能ではない。
「真ちゃんの言いたいことなら大体わかるよ。だってさー、オレ初めてだったんだぜ。男に抱かれるの」
「え、じゃあ、女とは――」
「ぶっは! あんなバスケ漬けの毎日で女と付き合えるわけないじゃん。告白は何度かあったけどさ。それに、オレには真ちゃんしかいないからさ」
「告白……」
 その女の子達とは何もないとはいえ、ちょっと妬いてしまうのだよ……。
「真ちゃん、まさか気にしてる?」
「い、いや……」
「ギャハハ。うろたえている真ちゃん、かーわいーい」
「真面目に話をするのだよ」
「うん。ピロートークだね。初めてだから最後までいかなかったけど、今度はもうちょっと慣らしてから行くね」
「そうではなくて――」
「ん?」
「次も――あるのか?」
「嫌?」
「とんでもないのだよ!」
 むしろ喜んで――だが、その言葉は心にしまっておいた。
「オレも初めて。お前も初めて。そんなにすんなりと上手くいくとは思ってねぇよ。でも――最高だった」
「そっか……初めてか」
 緑間は何となくほんわかした気持ちになった。緑間の初めては高尾のもの。
「オレも――最高だったのだよ」
「あー、真ちゃんがデレたー」
「でっ、デレてなど……」
 緑間は焦った。だが、この状態は確かに世間ではデレと言うのだろう。
「明日も会おーね。ただ、ちょっとエッチは……さすがに尻が痛いんだけどさ――明後日だったら大丈夫だよ」
「明後日……」
 緑間が反復するように呟いた。
 それにしても、やっぱり抱かれる方は負担が大きいのだな。
「わかった……今度は優しくする」
「今日も充分優しかったけどね」
「お前が導いてくれたのだよ」
「だってさー、そうしなきゃいつまで経っても俺達Cにたどり着けないじゃん」
「Cって……」
 そういえば、もう童貞じゃないのだ。――緑間はこそばゆく思った。それは、相手は男だけれど。
「真ちゃん変なところで疎いんだもん」
「ああ……それは……」
 自分でもわかっているのだよ。性欲がないわけではないが、セックスなんてなくても生きていける。そう思っていた。――高尾を抱くまでは。
 今はもう、高尾の体に夢中だ。高尾がいなければ生きていけない。心も体も高尾を求めている。
(今夜は眠れそうにないのだよ……)
 高尾とは対照的な緑間であった。
 このまま朝まで話していたいけど……高尾はもう眠いだろう。高尾は付き合いが良過ぎるから、己から切るしかない。
「じゃ……もう切るぞ」
「うん……おやすみ、真ちゃん」
 高尾の声は名残惜しそうだった。
「眠いとこ悪かった」
「――ん」
「……おやすみ」
 そう言って緑間はケータイを切ってベッドに寝転んだ。シャワーは既に浴びている。眠れないと思っていたのに、横になると夢の中へ入ってしまった。
 ――いい夢だった。内容までは覚えていないけれど。起きた時のすっきりした気持ちのいい感触だけはありありと残っていた。

後書き
高尾も一緒に泊まろうとは考えなかったのかねぇ。お金の問題とかがあるのかな。
読んでわかる通り、事後です。だからちょっと大人向け。
2014.9.8

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