真ちゃん老けたね

 春休みも終わり、オレ達はそろって高校二年生に進級した――。

「おはようなのだよ」
「あ、おっはー、真ちゃん……て、何その髪型!」
「――この髪型がどうしたのだよ」
「……真ちゃん、老けたね……」
「朝一番の第一声がそれか、高尾……」
 真ちゃんがはーっと溜息を吐いてリアカーに乗り込む。
「どこの床屋に行って来たの?」
「そんなに変か?」
「――うん」
 まるで新入社員みたい。つか、お父さんみたい。こんなお父さんいたらいいけど――。
 まぁ、長い睫毛は健在なのでそれは良かったのだが――。
「春菜にも不評だったのだよ」
 あー。春菜ちゃんね。真ちゃんの可愛い妹ちゃん。兄妹仲はそんなに良くないって聞いたけど――。
 春菜ちゃんて、耽美小説とか好きそうだもんな。BLはどうだか知らんけど。
 綺麗なものにしか反応を示さないようだからなぁ。高校二年というのは詐欺みたいな今の老けた真ちゃん見て、嫌いになったりしないかなぁ。
 あ、オレ? オレは好きだよ。真ちゃんだったら、どんな髪型でも好き。
 ――ほんとは元に戻して欲しいんだけどね……。
「青になったのだよ」
「わっ、いけね」
 始業式早々遅刻しちゃ世話はない。つか、この間までいつもの髪型だったのに、何があったのだよ……。真ちゃん風に言えば、そういうことになるのかな。
 オレは、チャリを漕ぐ足に力を入れる。ここ一年間チャリアカーで登校しているうちに脚力がついた。真ちゃんのおかげかな。それとも、オレがじゃんけんに負けるせいかな。じゃんけん弱いはずないんだけど。
 真ちゃんのじんつくでも見習ってみようか……つい、そんな気持ちになる。
 それにしてもねぇ……真ちゃん印象変わり過ぎだよ。
 ま、大人っぽいっちゃ大人っぽいし、スーツ着たら似合いそうだからいいんだけどさ。
「真ちゃん、今日クラス替えあるよ」
「うん」
「また同じクラスになるといいね」
「うん」
 真ちゃんは本を読んでいる。三浦綾子だ。
「好きなの? 三浦綾子」
「ああ。読みやすいがなかなか奥が深いのだよ。『氷点』ぐらいはおまえも読んだことあるだろう」
「真ちゃんに貸してもらったしね」
 それに、何度もドラマ化されている。でも、真ちゃんが読んでいるのはそれではなかった。
「――道ありき?」
「感動作なのだよ。初めて読んだのは小学生の頃だが、今でも泣ける」
「ふぅん」
 今度妹ちゃんに聞いてみようと思った。オレの妹、なっちゃんのことね。三浦綾子はストライクゾーンだと言ってたから。
 しっかし、よくぞまぁ真ちゃんはいろんな本を読む。この間は吉行淳之介だった。海外の小説にも詳しい。フレドリック・ブラウンとか、H・G・ウェルズとか。SFの他にもいろいろあるけど。この前はヘッセの『デミアン』を読んでいた。
 でも、オレが不朽の名作、ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』を視写したいほど好きだと言ったら、通俗だなと嗤われた。何で?
 それはともかく、チャリアカーが学校に着いた。お疲れオレ。
「高尾君、おはよ……あ」
 ひなちゃんが絶句した。緑間の髪型のことだろう。
「かーわいい! 緑間君、かーわいい!」
 可愛い? これが? ウソだろ?
「可愛いは褒め言葉にならんのだよ」
「むしろ老けたと思うけどなぁ、オレは」
「お坊ちゃんみたいで可愛いよ」
 ひなちゃんのセンスはわからない。
「あ、そうだ。クラス表見よ」
「……そうだね」
 あー、カルチャーショックから立ち直れない。オレはちょっとくらくらした。
 真ちゃんがそわそわしてる。
「どしたの、真ちゃん」
「あ、この髪型な――」
 やっぱり評判気にしてるんだ。いつも我が道を行く緑間真太郎様でも――。今はちょっと可愛いかな。勿論、ひなちゃんの言うのとは違う意味で。
「んー……と」
 こうなれば、甘えてしまうに限る! オレは猫のようにすり寄った。いや、パタリロのように、と言った方がいいかな。
「好きだよ、真ちゃん」
「……本当か?」
「あれー? 怒った?」
「お前はすぐはぐらかそうとするからだ」
 ――ちっ、この手はやっぱりダメか。
「正直言うと、オレ、前の方がいいなぁ。あ、でも真ちゃん顔立ち整っているから、似合わない訳じゃないよ」
「そうか……」
 真ちゃんは安堵したようだった。――可愛い。
「どんな真ちゃんでも、オレは好きだよ」
「――ありがとう」
 え? 今、ありがとうって?
「良く聞こえなかったー。もっかい言ってー?」
 オレは笑いながら嘘をつく。
「二度と言わないのだよ!」
 そう言って真ちゃんは眼鏡のブリッジに手をやる。アンダーリムの眼鏡は重そうだ。そういえば、春菜ちゃんも眼鏡美少女だったな。
「なっちゃんはどう言うかなぁ」
「夏実のことはひとまず置いて、お前が気に入らなければまたいつもの髪型に戻すのだよ」
「オレの為に?」
 真ちゃんはふい、と横を向いた。
「髪型ごときで嫌われては割に合わんからな」
「真ちゃん!」
 オレは真ちゃんに抱き着いた。
「真ちゃんだったら老けてもハゲてもオレは好きだよ!」
「ハゲとはなんだ! 失敬な!」
「それ、ハゲじゃないの?」
「前髪を少々整えただけなのだよ! 前から鬱陶しいと思ってたしな!」
 何故怒る。真ちゃん――。一部の女子からは前髪を掻き上げる仕草がセクシーだと言って真ちゃんは評判だったのだ。あいつら、この真ちゃん見たらびっくりするだろうなぁ。泣くヤツいたりして。オレも大概ひどい。
 でもねぇ……オレ、真ちゃんが年取った顔って想像つかなかったが、こんなところで実現するとはねぇ……。未来の真ちゃんって感じ?
「私、先に行ってるね」
 ひなちゃんが呆れたのかその場を離れた。
 女子二人がきゃあきゃあ言いながら校門から入ってきた。
「高尾君、おはよう。あ、そこの人、もしかして――緑間君?」
 もしかしなくてもわかるんじゃない? 真ちゃん緑色の髪だしさ。
「そ、真ちゃん」
 一瞬間が空いた後、女の子達は叫び出した。
「えー?! ウソーっ! まさかーーーーっ!!」
「そんなーーーーーっ!!」
 女の子達はショックを受けたようだった。これは真ちゃんクラスタ、荒れるぞ。
「高尾君、高尾君。ハゲても緑間君のこと見捨てないでね」
 不安そうな顔をした女の子の一人、りえちゃんがオレの手を取ってはらはらと泣いた。オレは無論そのつもりだ。いつだって真ちゃんのそばにいたいんだからね、オレは。例えバスケ以外でも。
 だから、ハゲではないと言っているだろうと言う真ちゃんの台詞はこの際無視された。りえちゃんはああ言うけど、オレはどんな髪型だって真ちゃんなら素敵に思えるぜ! ていうか、萎えない自信あるから心配すんな!

後書き
真ちゃんの髪型がぁ~!
ジャンネクの真ちゃんの髪型については賛否両論ですね。この話いささか時期を逸しているのはわかります。
真ちゃんならどんな髪型でも素敵に思える……高尾は心が広いなぁ(笑)。私もいつか新型真ちゃんを愛せるようになる日が来るかしら……。
2015.2.27


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