センパイの第二ボタン

 キーンコーンカーンコーン――。
 放課後のチャイムが鳴った。
 高尾和成は緑間真太郎を探していた。
 体育館の裏。見慣れた緑色の髪が見えた。
「あ、いたいた。真ちゃーん……」
「大坪先輩! 先輩の第二ボタンください!」
 カーンコーン……。
 高尾の空洞になってしまった頭にチャイムが虚しく響いた。
 そして次の瞬間、はっとなった。
 真ちゃんの言う第二ボタンはおは朝占いのラッキーアイテムに違いない。
 おは朝の言うことを金科玉条にしている緑間のことである。そう考えて間違いではないだろう。
 同じバスケ部の主将の大坪泰介も困ったように――。
「あー……そりゃ、明日のラッキーアイテムか!」
 緑間は力強く言った。
「そうです! 明後日返しますから」
「わかった。やるよ。ほら」
 大坪はぶちっと制服の第二ボタンを取ると緑間に渡した。緑間はお辞儀をした。
「ありがとうございます!」
「いやいや、なんのなんの。――お、高尾。そこにいたのか」
 そう言う大坪に何ら含みはなさそうだった。
 大坪泰介。バスケ部の主将。三年。優しくて頼れる先輩だ。男女問わずファンも多い。
 だが、それを鼻にかけないのもいいところだった。
「高尾、早く練習に行くのだよ」
「う……うん、そうだね」
 明日のラッキーアイテムは先輩の第二ボタンか何かか。
 高尾がそう訊くと、
「その通りなのだよ」
 と緑間が頷いた。
 こんな無茶ぶりをするおは朝もおは朝だが、その緑間のおは朝信者っぷりに付き合う大坪もたいがい人がいい。
「なぁ、真ちゃん。オレの第二ボタンじゃダメなの?」
「ダメだ」
 と、緑間は言下に否定した。
「なして」
「おは朝のラッキーアイテムはあくまで『先輩の第二ボタン』なのだよ」
「まぁねー、そりゃねー。オレは真ちゃんより数か月生まれて来るのが遅かったけど」
 ロッカールームに向かいながら、二人はそんな話をしていた。
 体育館には中谷監督が既に来ていた。
「どうした? 大坪。制服のボタンは」
 監督が驚くのも無理はない。
「緑間に貸してます」
「どうして?」
「明日のラッキーアイテムだそうです」
 苦笑を噛み殺す大坪に、鳩が豆鉄砲食らったような顔の中谷監督。
「俺が無理を言ったんです」
 と、緑間。確かに無茶な注文には違いない。
「大坪先輩なら……快く貸してくださると思ってました」
 第二ボタンをください。そう男に言われれば、宮地なら「うっせぇ、轢くぞ!」と言うだろうし、木村だって躊躇するに違いない。
 例え一日とは言え、緑間に第二ボタンを貸すなんて……。
(大坪サン。アンタ男だよ)
 ――と高尾は思わずにはいられなかった。
「まぁ、事情があるようだから仕方がない。次は必ずつけてくるように」
 と、中谷監督が注意をした。先生だから当たり前の反応だろう。

「ねぇ、真ちゃん。どうして卒業式には好きな相手に第二ボタン贈るか知ってる?」
 チャリアカーを漕ぎながら、高尾は訊いた。バスケの練習が終わった彼と緑間は帰途についていた。
「……知らないのだよ。考えたこともなかったのだよ」
「第二ボタンが一番ハートに近いからなんだって。好きな相手のハートならさ、そんな方法使っても欲しいじゃん」
「ふぅん……」
 無言。
「真ちゃーん。なんか喋れよ」
「――考えていた」
「何を?」
「高尾、卒業式にはオマエの第二ボタンをオレにくれ」
「え? それって――」
 オレのハート欲しいってこと? 今までの話の流れからするとそうだよな。
「うんうん。あげちゃう。真ちゃんには全部のボタンあげちゃう」
「全部はいらん。第二ボタン、だけ、でいい」
「じゃあさ、真ちゃんの第二ボタンもオレにくれよ」
「なるほど。第二ボタンの交換か」
「あ、でも、真ちゃん女子に人気があるから取り合いになるかな」
「オレはそんなにモテないのだよ」
「またまたぁ」
 緑色の髪、眼鏡の向こうの目は睫毛が長い。美形と言ってもいいぐらいだ。
 加えて長身でバスケは天才的と言っていい程上手くて――モテない方がおかしいと思う。
 後はツンデレな性格とおは朝信者なところがネックだが、そこのところが可愛いと密かに人気が高い。
「高尾こそ……オマエの方がモテているのだよ」
「えー? どしたの真ちゃん」
 緑間がこんな風に高尾を褒めるなんて珍しい。基本ツンデレの彼なのだから。
「ま、嘘でも嬉しいよ」
「嘘をついて何になるのだよ。だからオレはいつもやきもきして――」
 緑間は口を噤んだ。喋り過ぎたと思ったに違いない。
「じゃあ、オレ、真ちゃんの第二ボタン予約しておくわ」
「……ありがとう」
 真ちゃんがデレている。高尾は嬉しくなってペダルを漕ぐ足にも力が加わった。
(オレのハートはとっくにオマエのものだよ)
 高尾は心の中でそっと呟いた。
「あ、しるこ」
 自動販売機の前で高尾はキッ、とチャリアカーを止めた。
「真ちゃん、おしるこ買ってくるね」
「済まないのだよ」
「今日は嬉しいからオレのおごりね♪」
 高尾はおしるこを買って戻ろうとした。
 緑間は大事そうに大坪の第二ボタンをくるくる回している。
 あんな風に、オレの第二ボタンも大切にしてくれるのだろうか。――高尾は思った。
 でも、大坪のボタンをあんなに愛おしそうに見つめるなんて――。
(真ちゃん、本当は大坪サンが好きなのだろうか)
 そう思ってから、ふるふると首を横に振った。邪推は良くない。良くないんだ。ラッキーアイテムだから大事にしてるだけかもしれないし。
「真ちゃーん。しるこ買ってきたよ」
 高尾は緑間にしるこの缶を渡す。
「――高尾。オマエがオレよりも早く生まれていたら良かったな」
「ブフォッ! ええー、何それ」
「オマエがオレより早く生まれたら、数ヶ月でも先輩だからな」
 センパイの第二ボタン。今のは高尾の第二ボタンを貸して欲しかったということなのだろうか。本当は。
 それに、緑間は高尾の第二ボタンを欲しいと言った。
 ――ねぇ、真ちゃん。もしかしてオレら両想いかねぇ。
 高尾の頬が緩んだ。

後書き
高尾、緑間、アンタらはとっくに両思いだよ!
2013.10.10


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