バニラシェイクとラッキーアイテム

「真ちゃーん。帰ろうぜー♪」
 高尾和成が緑間真太郎に呼びかけた。
「わかったのだよ」
 緑間が頷いた。今日も真ちゃんは綺麗だなぁ、と高尾が見つめる。
「今日はチャリアカーはなしだぜ。たまには歩こうや」
「へぇ……珍しいこともあるものなのだよ。雨でもないのに。いつもオレを負かそうとしている高尾はどこへ行った」
 緑間が薄く笑った。
「オレだって歩きたくなる時があるっつーの。ほら、行こうぜ」
 高尾と緑間は校外へ出た。
「あちーなー。もう初夏か」
「そろそろ半袖の季節なのだよ」
「真ちゃん」
 高尾が手を差し出した。
「何……?」
「手繋いで帰ろうぜ♪」
「は、恥ずかしいのだよ……」
 恥じらう緑間を見て高尾は、
(かっわいーい。やっぱり真ちゃんは初心で可愛いなぁ)
 と思った。けれど、もっと先のステップに進みたい気持ちもある高尾であった。
 真ちゃん、恋愛には疎いからなぁ……。
「じゃ、遠回りだけど森の方行こう。そこなら誰も見ていないから」
「そ……そうだな」
 緑間も承諾した。
 緑がいっぱいの森だ。高尾は汗をかいていた。高尾は自分の手がじっとりと汗ばんでいるのを感じた。
「真ちゃん。約束」
「わかってるのだよ」
 繋いだ緑間の手はひんやりと冷たかった。
「真ちゃんの手、冷たくて気持ちいーい」
「ふん……おまえの手は汗ばんでいるのだよ」
 それでも嫌だとは言わない緑間に高尾は愛しさを感じた。
 そこで――。
 ばったりとある二人組に出会った。
 黒子と火神である。
「黒子! 火神! どうしてこんなとこに!」
 緑間は高尾の手をぱっと放した。
「それはこっちの台詞だ!」
 火神は反駁した。
「ボクが誘ったんですよ。この森散歩しようって。ほら、近くにマジバもありますし……」
 黒子が説明する。高尾がにやっと笑った。
「そうかそうか。おい、黒子。一緒にマジバ行かねぇか?」
「わかりました。行きましょう」
「オレは行かねぇぞ!」
「オレも行かないのだよ!」
 火神と緑間が同時に叫んだ。
「え? でも……」
「わりぃな。黒子、お前は好きにしていい」
 そして火神は去って行った。
「オレも帰るのだよ」
 続いて緑間も。
「えー? どうして火神も真ちゃんも行っちゃうんだよー」
「多分、きまりが悪かったんだと思います。火神君も緑間君も」
「うえー。どんだけシャイなんだよ」
「取り敢えずマジバへ行きましょう。あそこのバニラシェイク美味しいんですよ」
「うん。知ってる」

 高尾と黒子は窓際の席へ座った。黒子はいつも窓際に座っているということだ。人間観察をするつもりらしい。
「黒子、こっちの店はお前の学校からは離れているじゃねぇか。それに、何であんなとこいたんだ?」
「高尾君こそ」
「あの森は秀徳とそれほど離れてねんだよ。ま、ちょっと遠回りになるけど――まぁ、いいや」
「そうでしたね。ボクはあの森が気に入っているんですよ。だから火神君と散策しようと――邪魔が入りましたがね」
「はいはい。邪魔者で悪うござんしたね」
 高尾は冗談ぽく言った。
「でも、お互い大変だよなぁ……相手はどっちも恋愛スペック低いし」
「全くです。火神君、ピュアなのもいい加減にして欲しいですよね」
「真ちゃんもピュアだよ――ピュア過ぎんだよ」
 高尾がはぁ~っと盛大な溜息を吐いた。
「それにしてもさ、黒子。火神のどこがいいんだよ」
「え? 見てると飽きないじゃないですか」
「うーん、まぁ、確かに?」
「ボクにとって火神君はバニラシェイクみたいなものなんです」
「ふぅん。オレは、真ちゃんを何に例えるかまだ考えつかねぇけど、オレの場合、オレが真ちゃんにとってのラッキーアイテムになりたいな」
「人生のラッキーアイテムですか」
「まぁね」
 高尾は鼻をうごめかした。
「まぁ……二人とも恋愛に慣れていないのが玉に疵ですけどね」
「そうなんだよな、ああ……真ちゃん。そんな真ちゃんも可愛いけど」
「火神君も可愛いですよ」
「あのガタイでか。でもなぁ……なかなか次の段階に進めないんだろ? 黒子も」
「ええ。火神君は恋よりバスケです。そんな火神君だからこそ好きなんですけど」
「真ちゃんも恋には疎いしさぁ……」
 高尾はまた大きな溜息を吐いた。
「お互い悩みは尽きませんね」
「まぁな……」
 高尾が力なく返事をした。黒子がズズ……とバニラシェイクを啜った。
「いつぞや真ちゃんがお前のことラッキーアイテムにした時、正直ちょっと妬いたんだぜ」
「どうしてですか?」
「だってオレ、お前みたいなつぶらな瞳じゃねぇし――」
「高尾君も猛禽類のような鋭さがあってなかなかいい顔立ちですよ」
「ははっ、そうか?」
「ただねぇ……緑間君のどこが好きなのかさっぱりわかりませんが」
「真ちゃんああ見えて優しいぜ。ツンデレだけどな」
「本当に好きなんですね。緑間君のこと」
「あたぼうよ! だって相棒だもん」
「恋人ではないのですか?」
「オレは恋人のつもりだけどよう……」
「緑間君がどう考えているのかわからないのですね。ボクも未だに緑間君という人がわかりません。緑間君からもらった湯島天神の鉛筆で作った特製コロコロ鉛筆で火神君は国語のテストで98点取りましたが……」
「ギャッハ! 何それすげぇ! オレも欲しい!」
「緑間君にかけあえばいいじゃないですか」
「そうだな。電話してみるか」

「何でこっちくんだよ。緑間!」
「うるさい! 通り道なのだよ!」
「くっそ。こんなことだったら、黒子とマジバに行ってりゃ良かったぜ!」
「オレも高尾とマジバに行きたかったのだよ!」
「あー、腹減ったー」
 正直になれなかった彼氏二人組が後悔して文句を言い出す。
(けれど……もう遅いのだよ……)
 緑間は黒子と高尾がどんな話をしているのか気になり始めた。
「ところで――お前ら付き合ってんの?」
 火神が疑問を発した。
「――悪いか」
「……否定しねぇんだな」
「うるさい! お前らこそどうなんだよ!」
「う……まぁ、付き合ってると言えば付き合ってる――かな」
「はっきりしない返事なのだよ。黒子の方がよっぽど男前なのだよ」
「ああ――黒子な」
 反論が飛んでくるかと思いきや、火神が遠い目をする。
「オレもあいつがあんなに男前だとは思わなかったよ。オレの方がリードされてるもんな。お前らもそうなんだろ?」
「……ノーコメントなのだよ」
 しかし、それは事実上認めたと同じことであることを緑間は気付いていない。
 緑間のケータイが鳴った。
「もしもし――」
「あ、もっしー、真ちゃん」
「高尾?」
「なあなあ、真ちゃん、特製コロコロ鉛筆オレにも頂戴!」
 ピッ。
「おい、いいのか。そんなすぐに切って。高尾からだったんだろ?」
「……いや、間違い電話だったのだよ」
 緑間の台詞には怒気が籠っていた。火神は緑間が怒っているのは察しても理由まではわからなかったようだ。

後書き
まさかコロコロ鉛筆に持っていかれるとは思わなかったのだよ……(緑間調)。
高尾は緑間の人生のラッキーアイテムだから多分大丈夫!(何が)
2014.5.9

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