私は読み間違えたのかもしれない
――私は……間違えていたのかもしれない……。
昔から、今まで、ずっと……。ずっと……。
ワイエスは本当に自分の意志で死んだのだろうか。
その可能性も怪しくなってきた。ジェームスもそう思っていることだろう。恐らく、私よりも早く。
ジェームス・ブライアン――あの男は天才だから。
アイズは彼に目をつけていた。そして、敵視していた。
ジェームス……。
アイズが彼に敵対するなら、私は彼に味方しよう。
アレスター・マノ。知っていることを私に話してくれてありがとう。
私の名前はカーター・オーガス。私は、大変な男を助手に持ってしまったものだ。いや、ジェームスは私の助手なぞには勿体ない。
彼は何度も私を助けてくれたのだからな。
アイズが彼の敵に回っても、彼は私の親友だ。また、喧嘩をしたり馬鹿なことを言い合ったりする仲に戻りたいものだ。
――今は、それどころじゃないからな。
ジェームス、アンディ……嫌な予感がする。
死が近くに臨んでいるような……。
私はジェームスに無事でいて欲しい。あの長身で黒ずくめの彼がいなくなるなんて信じられない。
それに――そうだ。私はあの男の義理の兄でもある。妹のジョイが結婚したからな。
妹が毎晩彼に何をされてたかは追及しない。あのストイックな男も、木石ではなかったというだけの話だ。
それに、私は彼の気持ちが何となくわかる。――私も性的には紳士とは言えないからな。私がやっているようなこともジェームスはしている。アンディは……私に似たのだろう。多分。
アンディもここに来た時は真っ白な青年だった。ライオンを番の相手にしていたが。
そうそう。アイズの話だった。
ジェームスはアイズに見張られていたらしい。サウスワースにいた頃から、ずっと。
或いはその前からかもしれない。私にはその辺はどうもよくわからない。
よくある陰謀説。そう言えたらどんなにいいだろう。
しかし、アイズの魔の手は確実にジェームスに近付いてきている。
アイズコードはコンピュータだ。しかし、確実にターゲットに対して牙を剥く。
――その背後にあるのは人間だ。私はコンピューターをそう信頼してはいない。医者らしくないと思う向きもあるかもしれないが。
ジェームスのことがなければ、今だって信じられんよ。
アイズ……多分、ジェームスの命の鍵を握っている敵。
ジェームス・ブライアンは一九八八年に死ぬ。どこかで聞いた予言だ。その予言は着々と実現に向かって進みつつある。
だから、ジョゼ・ルージュメイアンが来た。
ジョゼは何もしたくないらしい。愛する人と共にいる他は何も。
ジェームスを目立つところに置きたくはなかった。環境会議に出席するのも、本当は反対するべきだったかもしれない。――ボスとして。
けれど、賽は投げられた。私はアイズに関わって来た者達程、力があるわけでも、賢い訳でもない。
ただ、手持ちのカードで勝負するしかない。
ブラフをかますのも苦手だ。それはどちらかというと、シンの奴か、それともジェームスみたいな天才の仕事だ。
ジェームス・ブライアンには誰も敵わない。勿論、私もだ。フロイドはジェームスをライバルだと言っていたが、ジェームスは彼のことを友人だと思っている。
フロイドはワイエスのようにはジェームスに敵対してはいない。むしろ、ジェームス、そして我々の為に懸命に動いてくれている。
――ローダ・キャラハンには気の毒なことをした。
彼女を守り切れなかった。ローダはそこら辺の男より強いという話だったが。
ジェームス……彼もまた同じ道を行くのだろうか。――信じたくない。
けれど、今の敵はサロニーなんかとは数倍も手強い。ネットワークを駆使しているからだ。
そしてコンピューター。
あれのおかげで我々の世界は狭くなったと言う。
コンピューターやアイズのことについてはきっと、ジェームスの方が詳しい。
いつからなのだろう。ジェームスがアイズの存在に気付いたのは。
私はかなり前からなのではなかったかと睨んでいる。だからこそ――ジョイと結婚した。これは兄として憤懣やるかたないのだが、ジェームスも彼なりにジョイを愛していた。
ああ、でも、ジョイを――巻き込んで欲しくはなかった。
ジェームスも巻き込みたくはなかったろう。だが彼は、個人としての幸せと、皆の幸せを同時に得ようとしているのだ。
――長生きできないタイプだ。彼も。
今のジェームスは、どうせ長くは生きられないのだから、と、好きなことをしようとしているかに見える。フロイドのプロポーズを断ったジョゼが――おや? ジョゼって誰だっただろうか……。
ああ、フロイドの彼女だった。――思い出した。近頃彼女のことだけ何故か忘却してしまう。まるで彼女が何かの欠落ででもあるかのように。
アイズ……。
アレスター・マノはジェームスには大きな変化を起こせるだけの布石を行える力があると言っていた。――確か、そんなようなことだった。
最初はそんな馬鹿な――と思っていたけれど……。
彼は大物だ。彼が望めばそうなって行くのだろう。
けれど、俄かには信じがたかった。彼がいくら大物だとはいえ……。フロイド辺りにこの話をしたら、彼は信じてくれるだろうか。
誇りに思うと思ったのに……とアレスターに言われたが、冗談じゃない。私はあの青年の数倍もジェームスを誇りに思っているのだ。
だが、フロイドに話す訳にはいかない。口外する訳にはいかない。アレスターにも迷惑がかかる。彼も口外しないでください、と頼んで来たことだし。
――ジェームスのいる前でしか、アイズのことは口にしない。
私達も盗聴されているということだし。
まるでスパイ映画だ。ただ、これは現実の話だ。
スーパー・コンピューター、ゼラを設計したアレスター。彼のことはどこまで信じて良いものやら……まぁ、高確率で彼の言うことは本当だと私は思っている。
そして、私にアイズのことを教えてくれたアレスターの勇気に感謝する。
ウルフガング・アンゲラー。ジェームスに教えてください、とアレスターに言われた名前。
ウルフ……狼か。
この狼はジェームスに牙を剥く相手なのだろう。
アンゲラーがジェームスにあだなすようなら、そいつを殺してでも、彼を守りたい。
けれど、これは私一個人が何かできる程度のスケールではなさそうだ。
ただ――アレスターは私のことを信じて打ち明けてくれた。なら、私もアレスターを信じよう。
アイズは教育の場にまで浸透しているようだ。ただ――ジェームスはそれに染まらなかったのだろう。彼は真っ白だ。
しかも、ただ白痴のように真っ白なのではなく、一旦吸収してから白に戻すのだ。
だから、皆彼を慕う。ジョイの気持ちが強ちわからない訳でもない。
もしかして――アレスターがセオテックの人間でなかったら、ジェームスは彼とも仲良くなれたかもしれない。けれど、あの青年は闇を抱えている。ジェームスが闇を抱えているように。
心の闇はそれぞれ違う。
私も闇を抱えている。ジェームスに比べればちっぽけな闇だけれど。
ウルフガング・アンゲラー……この名前には嫌な響きが伴っている。名前にも音階というものがあるのだ。
アンゲラー……聞いただけでぞくっと恐怖で鳥肌が立ってくる。
この音階は私には受け入れられない。多分、私の敵となるだろう。
それから、アレスター・マノのことはフロイドには話しておいた。彼には彼の立場があるとはいえ、陰謀は嫌いだからな。
スタイケン博士が死んだ。
博士は亡くなる前、ジェームスの容疑を晴らしてくれた。彼が亡くなったのは惜しいが、取り敢えず、ジェームスの為にはこれで良かった。
スタイケン博士は、ジェームスの大切な人だ。
ジェームスがマイケル・ネガットと呼ばれていた頃からの知り合い――いや、多大な影響を彼に与えていた人だ。
多大な影響といえば、パデュラ一家もそうなのかもしれないけれど……マリアとイライも死んでしまった。
皆、死んでいくのだ。私もいずれは。
ジェームスでさえ死ぬのだ。彼はむしろ、死を覚悟して行動している。
アイズが何を目的として行動しているのか――。断種実験、優性学……あらゆる角度から人間を支配しようとしている試みではないだろうか。
スタイケン博士はそれに逆らった。
それには、ジェームスが関与しているらしい。
彼には大きな影響力がある。真の天才とはこういうものかと、何度も舌を巻いた。
私は――ジェームスみたいにはなれない。あくまで平凡な人間だ。
カーター・オーガス――この私は努力して心臓外科医になったという点を除けば、突出したところのない人間だ。
ジェームスにはジェームスなりの危難が待ち構えている。
けれど、味方はいっぱいいる。死んだスタイケン博士だってそうだ。
そして、及ばずながら私も。ジェームス、君の為ならどんなことでもしよう。私は彼と違って長生きするようだが。
いろいろな人間から沢山のことを教えてもらった。
ジェームス――君からも。いや、君との出会いが始まりだったのかもしれない。
ジェームス、君は今までの戦いでは常に勝利を得て来た。でないと死んでしまうからな。――だが、今回は……相手が悪い。敵は人間だけではないかもしれない、なんて――。
後書き
カーター視点のジェームスに関する話。彼に語らせたら喋る喋る。流石はカーター。悲観的なことを喋らせたら世界一だね!
また、今回も笑い話になるような点があるかもしれませんが。
コミックスの発売楽しみにしています。
2017.2.12