ワイエスへ

「ワイエス……ジェームスだ。あんたはずっと俺のことを『マイケル』と呼んで いたから、マイケルと言った方が通りがいいかな。まあ、とにかく久しぶりだ。 あれからこっち、いろいろあったからな。旧友の墓にも来れないくらいにな。今 回も花を持ってきた。墓参りには欠かせないものだからな。アイリスとか、蘭と か、薔薇とか……選んだのはカーターだ。あの男は優しい。『ジェームス、いい かね。君の広過ぎる博愛主義にとやかくは言わない。ただ、ワイエスは君に危害 を加えたんだぞ』と言っていたんだ。ぼーっとして、右の耳から左の耳だったが 、言っていることはだいたいわかった。ワイエス、あんたが生きていたら、カー ターと気が合っただろうな。……優しくて、生真面目なところが似ている。あん たが死んだ時、見え透いた嘘を言うほど、優しい男だぞ、カーターは。今だって 『君の気が知れんよ』とぶつぶつ言いながら、車の中で待っている。カーターが ボスで、本当に良かったと思っている。……カーターを撃たないでくれてありが とう……そんなことをしたら、俺は一 生あんたを許さなかっただろうな。……カーターに聞いたら、おまえも俺と上手 く付き合っていきたかったそうだな。残念だ。俺もあんたが好きだった。なんせ 小さい頃からの友達だからな。俺の目を撃ったのも、行き過ぎた愛情からか? ワ イエス。あんたは考え過ぎる。もっとストレートでも良かったんだ……フロイド みたいにな。フロイドはいい男だぞ。ワイエス。結構あんたに似ているかもな。 見た目は。性格は正反対だがな。あんたもあんな風に真っ直ぐだったら、ストレ スもたまらなかったろうに。フロイドとスポ根するのも悪い気はしない。最初カ ーターは、フロイドが不吉な男と思っていたらしいが、なに、そんなことはない 。俺は、初めて会った時から、信じていた。彼を。……それに、あんたに目を撃 たれたことも、災難だとは思っていない。恨んでもいない。この右目を見る度に 、あんたのことを思い出す。それは悪い気分じゃない。取り立てて特徴のない顔 だ。アクセントがついてかえって良かったくらいだ。だが、ワイエス、あんたは 辛かったろうな。あんたはデリ ケートだから。だが、どんな罪を犯しても、生きることを放棄してほしくはなか った。俺をどんなに憎んでもいいから。エリーとあんたは違う。あんたはエリー を同じ穴の狢と言ったそうだが…ああ、これもカーターに聞いた。エリーに謝る 気はないが、あんたには謝りたい…謝りたいというより、『悪かった』といって 、肩を叩き合って、友情を確かめたい。俺もいずれあの世に行く。それは遠い将 来ではない……その時は容赦しない。今度こそ、甘やかさないからな。そして、 あんたの全てを受け入れる。サロニーの時のように。それにしても、どうして俺 の周りには、愛情表現が過度な奴が多いんだ? あんたといい、サロニーといい… …アンディもやり方は違うが俺を愛してくれているし、カーターは土壇場でアク ションを起こすし……はっきり言うが、あんたら暑苦し過ぎるぞ。特に、カータ ーなんて、ジャネットというフィアンセがいるのに。まあ、そういうところも嫌 いじゃないがな。そういえば、グレッグも俺を殺そうとしたな。グレッグ……こ の前話したよな。オカマだ。そ して、いい女だ。自分のことをブスだと言っていたが、そんなことはない。顔な んて、ついていればいいんだ。……まあ、美しいに越したことはないがな。フリ スにも言われたよ。『おまえは美形が好きなんだろう』とな。確かに否定はでき ん。だが、ただ、運命に導かれて出会った相手が、美形が多かっただけだ、と言 ったら、言い訳になるだろうか……。ワイエス、あんたもなかなかいい顔をして いたぞ。愛嬌があって、目がくりくりとしていて。ああ、あんたのことをどれだ け好きだかわからせることができれば、この命いくつあっても惜しくないものを 。だが、あんたは死に、俺は生き残った。俺は、誰かの為に死ぬ為に、今は生き る。あんただけではない。カーター、アンディ、アンジェラ、フロイド、シド、 ティナ、ビアトリス、ジョイ……他の誰の為にでも死ねる。ジョゼは例外だ。ジ ョゼは俺自身だからな。彼女もそれはよくわかっている。でも、彼女の為に死ね ないからと言って、彼女を愛していないわけではない。むしろ、その反対だ。俺 は宗教は信じないが、神の存在は信じ る。それは愛ではなく、愛以上のものだ。マリアも神を信じていた。マリアは知 っているだろう? イライの母親だ。あんたとも仲が良かった。マリアは言った。 「愛は決して傷つきはしない」……と。殺したのはカーロスという男だったが、 俺を誘拐したのはスタン・マティックだった。しかし、彼には殺意はなかった。 今は家族と幸せに暮らしているはずだ。マリアやマヌエル、それにイライと過ご した時間は、生涯で最も幸せだった期間の一つだ。こういう言い方はおかしいが 、俺は今も幸せだからな。不幸だった時期なんてない。傍目にはどう映ろうと。 何もかもが美しく、傷つけるものはなかった……俺の好きな言葉だ。カート・ヴ ォネガットのスローター5にある一文だ。あんたにこの言葉を捧げたい。サウスワ ースであんたと出会い話をして、いたずらも大いにやって、楽しかったな。本当 に楽しかった。いつまでもこんな日が続くと思っていた。子供の頃は。だが、別 れの時はやってくる。あんたのことは、親友だと思っている……今もそれは変わ らない。今でこそ、は っきり言える。ヒース・ワイエスは、俺の親友だ。あの世で会おう。どの道俺は もう長くはない。それは定められた運命だ。人は誰でも、それぞれの運命に選ば れている。選ばれていない……それは錯覚だ。ジョイという女の子がいる。俺の 未来の妻だ。機会があったら、会わせてやりたい。一緒にあんたの墓参りにでも 連れてくるか。ジョイは……俺がいなくなった後、試練に見舞われるだろう。だ が、それは仕方のないことだ。誰でも、自分自身から逃れることはできないのだ から……。それに、俺は幼い頃から死と隣り合わせにいた。今まで生きていたの が不思議なくらいだ。僥倖だと思っている。いつ死んでもおかしくはなかったの にな。だから今は……この穏やかな幸せを噛みしめていたい。……あの話はした ことなかったな。俺は薄々感じていたが……俺の父親は……アーサー・ネガット だ。もう全米中が知っているそうだ。アーサーが俺を殺そうとしていたことも、 これで納得がいく。だが、アーサーは遺伝子上では父親かもしれんが、実の父ら しいことは何もしなかった。当然かも しれんがな。俺の両親はマヌエルであり、マリアだった。イライは弟だった。母 のイライザは、俺を愛してくれた。俺を生んでくれた。それだけでも、どんなに 感謝してもし足りない。イライザに会ったことがある。綺麗な人だった。イライ ザが死ぬ時だったが……いや、それ以外でも会ったことはある。イライザが…… イライザこそが、俺の生みの親だ。殺されても仕方のない赤ん坊だった俺を、彼 女はお腹の中で、慈しみ、育ててくれた。そして、この世に産み出してくれた。 あの目が俺を見つめ、この手で抱いてくれた。そんな無償の愛を注いでくれた母 を、この世に生きている心優しい人達を、どうして憎むことができようか。愛し たい。人を。あの殺人鬼のサロニーでさえ。いや、サロニーこそ、愛を求めてい た一人の小さな子供に過ぎなかったのだ。彼は、俺と同じ、近親相姦から生まれ 出た者だ。サロニーはそれを知っていたのだろうな。サロニーは俺の一部になり 、俺はサロニーの一部になった。サロニーは一筋縄じゃいかない。覚悟しておい た方がいい。彼の子供を引き取ろうと 思う。エティアス・サロニーJr.。あの子は或る意味俺の子供でもあるのだからな 。存分に手塩にかけて育てるつもりだ。サロニーが受けられなかった愛情をめい っぱい注ぐつもりだ。ジョイもわかってくれるだろう。……ジョイは、カーター の妹だ。俺は世界一の伴侶と世界一の義兄を同時に持つわけだ。……シドはレー ベンサールへ行った。彼女は自分で何をしたいかわかっている。喜んで応援した い。……人を愛したいと言っても、シンは別だ。あれも愛すべきキャラクターか もしれんが、近くにいたら傍迷惑だ。尤も、ディープキスを交わした仲だ。実は 満更でもなかったりしてな。その件についても、あんたの意見が聞きたかったが 、生憎あんたは墓の中だ。つくづく残念に思う。まあ、あんたとシンでは、相性 が合うかどうかわからないが。……話は変わるが、小さい頃はよく、ニューヨー クの地下鉄に乗っていた。カーターは命知らずだと言っていたが、そんなに怖く なかった。人は誰でも、物語を持っている。文学はぴんと来ないが、話は好きだ った。乗客のお喋りに耳を傾け るのは面白かった。人は、誰でも語りたい欲を持っているものだ。あんただって そうだったんだろう? ワイエス。俺を殺そうとする前に、一言相談してくれれば 良かったんだ。そうすれば事態はもう少し変わっていただろうに。過去の繰り言 には意味はないが、どうしてもそれを考えてしまう。人間というものの悪い癖だ 。或いは業というものかもしれんな。こんな話、アンディや……カーターにすら もあまり話したことはないがな。あんた相手だからこそ言ったんだ。今、あんた に会えないことを、心から寂しく思っている。あんたの苦しみを分かち合うこと ができなかった。そのことは事実だ。人は誰でも十字架を負っている。あんただ ってそうだった。けれど、人と交わることで、その荷は負いやすくなる。あんた にはそういう相手がいなかったのか? ワイエス。……いたら、死ぬことはなかっ たか。俺がその役目を引き受けても良かったんだが。あんたを愛していた。もち ろん、性的な意味じゃないが。……アンディも、俺に対して言っていた。『あん たを愛しているんだよ 』と。そう言ってくれる仲間がいるのは幸せだ。だが、いつかは人間、自立もし ていかなければならない。自立した上で、本当の人間関係を築くことができるの さ。アンディも自立の道を着々と歩いている。行き過ぎたり、失敗したりするの は仕方がない。そこで学ぶべきものがある。……だが、ワイエス、あんたとのこ とは……今の俺には取り返しのつかないことだ。死後のことは、生きている者に は誰もわからない。……死後の世界を垣間見た。そう思うことはあっても。非常 に興味深いテーマだが、それを研究している時間は、俺にはない。こうやって話 している間にも、どんどん時は過ぎていく。誕生から、死に向かって歩いている のだ。だが、今はその中間だ。あんたの魂が安らかに眠っていることを祈ってい る。今はただ眠れ。ワイエス。いつか生まれ変わるその日まで。その時が来たら ……今度こそ本当に愛する者を見つけるんだ。誰か一人でもいい。何故なら、今 までのあんたは、誰も愛していなかったからだ。愛し愛され……そして今度こそ 、幸せになれ。あんたも俺も、家族に 恵まれていたとは言えない。だが、進むべき道やチャンスはあったはずなのだ。 ワイエス、あんたにも。……いつかあんたの魂を持った者に再会できたらいい。 今度は自殺するな。自分を追い詰めるな。あんたの孤独を癒やしてくれる存在が 、絶対いるはずだから……。あんたは神を信じていなかったな。コンピューター は信じていたようだが。運命とか摂理とかは確かに存在している。カーターやア ンディに俺を会わせた者……そして、俺とあんたを会わせた者……。あんたはい い友達だ。こんなとりとめのない話を聞いてくれて嬉しく思っている。……まだ 、そこにいるんだろう? ワイエス。おまえがどう思おうと、おまえに対する俺の 気持ちは変わらない。……ありがとう、ワイエス。……風が出てきたな。カータ ーが心配するから、もう車に戻ることにする。次からはもっと頻繁に墓参りする 予定だ。カーターが何と言おうとな。……いや、カーターは心が広い。自分の意 見ははっきり言うが、最終的には人の自主性を重んじてくれている。アンジェラ もアンディも、あんたのことに 関してはとやかく言わないだろう。そうするにはオーガス家はあまりにも色々な 事件群に慣らされている。今更あんたの墓参りのことについて揉めたりしないだ ろう。また来るからな」

2010.2.25

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