オ―ガス家の誕生日

オーガス一門には三人の十月生まれがいる。
シン・ギャラガー、カーター・オーガス。そして、ジェームス・ブライアン。

 十月八日。
「一体何でこんなに客が来てるんだね」
「あなたのせいよ、カーター。あなたが環境会議の騒ぎの時にマスコミにいい顔するからよ」
よらば切る少女アンジェラが言った。
マスコミや、見たことのない人間が何人かいる。アンジェラやアンディの友人、ジェームスのム所仲間も来ているが。非番の警官達もプライベートで参加している。ケントやローズといった犬達もおとなしく待っている。
「取り敢えずあたしはビーフシチュー煮込んでいるから」
「俺には大盛りで頼む」
トラブルメーカーのシンだ。いつもいかがわしく見えるサングラスを外さない。外見も中身も狸のような男だ。ただ、本当の狸と違って煮ても焼いても食えやしない。しかし、以前ジェームスやカーター達が窮地に陥った時、彼の機転が救ってくれた。傍迷惑な奴だがそう悪い男でもないようだ。――などと油断していると巻き込まれる。
「あなたの分はないわよ。シン」
「何でだよ!昨日は俺の誕生日だったんだぜ。俺だってバースデーパーティーの主役の一人だろ?大切なお客様だろが」
「あなたはただの酔っ払いじゃない。アルコールを永久に絶ったら、あたしもあなたを客と認めてもいいわよ」
「冷てぇなあ、アンジェラ。なあ、カーター、アンジェラ冷てぇよな」
「すまない、シン。今回はアンジェラの肩を持つよ」
「へっ、そうですか。何でぇ、長髪の優男のくせに」
「まあ、否定はしないが」
この女みたいな外見のせいでカーターは親友のジェームスにいつもセクハラを受けている。
そういえば、ジェームスはどこにいるのだろう。
辺りを見渡すとフロイドと話しているジェームスを見つけた。
「誕生日おめでとう。J・B」
フロイドの声が聞こえた。
「ああ、ありがとう」
カクテルグラスを手にしながら、ジェームスが答えた。ジェームスはカーターと掛け合わさってから、酒が強くなった。しかし、カーターは一度飲みに行ってから、二度と彼とは飲みに行かないと固く誓っている。
白金色の髪。六フィートの長身だがバランスはいい。無くした右目を覆うように伸ばした前髪。カーターの助手である隻眼の男、ジェームス・ブライアン。
「ジェームス」
「カーター」
「よぉ、カーター。あんたももう少しで誕生日だな」
「ありがとう、フロイド」
フロイドはジェームスの友達で彼の片目を撃ったワイエスとそっくりだったが、性格は正反対だった。
フロイドが言った。
「ジェームス、俺のじいさんがあんたに会いたがってたから、俺のこと羨ましがってたぜ。じいさんも死ぬ前にあんたに会えるといいけどな」
「俺もあんたのじいさんに会いたい」
「それにしても……ビアトリスはどうした?俺だったらもう気にしないのに」
「そうだな。今のあんたにはジョゼがいる」
「まあな。あいつも意外といい女だし」
フロイドがぬけぬけと惚気る。ジョゼはアンジェラを手伝って台所仕事をしているのだろう。
「ビアトリスは体調が悪いそうだ」
カーターが野暮を承知で割り込んだ。ジェームスは軽く頷いた。
「そうか。妊婦だから無理はさせない方がいいな」
「だな」
フロイドも返事をする。
「ジェイク」
アンディがやってきた。ジェームスを『ジェイク』と呼ぶのはアンディだけである。
「ビアトリスさんから電話だよ」
「すぐ行く」
「カーターも」
「わかった。じゃあ、フロイド。ちょっと私達は席を外すよ」
「ごゆっくり」
ビアトリスに失恋したフロイドは少し複雑そうな顔で微笑んだ。
「君も来るかい?」
「いや、俺は……」
フロイドは首を横に振った。
「早く行きなよ」
アンディはいらいらしたように言う。ビアトリスを待たせているのを悪いと思っているのだろうが、それより何より、アンディはフロイドが嫌いなのだ。
電話へ向かう途中、振り返るとアンディは美人女性のリポーターに声をかけようとしていた。
「カーターさん、お話があるのですが……」
男性記者が尋ねてきた。
「後でね」
カーターは手を振った。
ジェームスはキングハムにしか個人的取材を独占する権利を許していないので、結果的にカーター達を取材することになる。それに、カーターのことだけでも十分記事になってしまうのだ。
まず、ジェームスが受話器を取った。
「ビアトリス。来てもらえなくて残念だったよ。……お腹の子は大丈夫か?心配ないか。良かった。ああ、カーターだったらここにいる。変わるか?」
ジェームスが受話器を渡した。
「ビアトリス」
「元気?」
「ああ、元気だよ。君こそ平気かい?」
「ええ。大したことないけど、ハーディが気が気じゃないみたいで……」
「だから来なかったのか」
「まあ、それだけじゃないんだけど。」
ビアトリスもフロイドに会うにはまだ恋心がふっ切れていないのかもしれない。それほど好きだったのだ。
十年近く山あり谷ありがありながらそれでもジャネットと付き合ってきたカーターには彼らの気持ちがわかるような気がした。
とにかく、妊婦にストレスは禁物だ。ビアトリスも賢明な判断をしたと思っている。
「ちょっとジェームスも電話に出れないかしら」
「一緒に?」
「ええ」
カーターはジェームスを手招きした。ジェームスが顔を近づけた。
「ジェームス、そしてちょっと早いけどカーター。お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
そう言ったのはジェームスだった。カーターも同じ気持ちだった。
「プレゼント、後で届くと思うけど……受け取ってくれる?」
「喜んで」
「私、素敵な動物図鑑見つけたの。カーターも気に入るといいんだけど」
「気に入るに決まってるだろう」
ジェームスが答えた。
「それは私の台詞だ……私も動物は嫌いではない。ありがとう。それより体調は?」
「ちょっと吐き気が強い程度。心配しないで。……あなた方のお母さんも、こうやってあなた方を育てたのね。あなた方が胎児のうちから」
「ああ、そうだな……」
生みの母。決してカーターを愛してくれなかった母。
けれど、いつも愛そうと思っていた。カーターの方も。母の憎しみを強く受けながら。
ジェームスは二言三言いって電話を切った。
「カーター、顔色が悪い。少し休め」
「けれど、君は今日が誕生日で……」
「俺はあんたに無理して欲しくない。あんたは俺のボスだからな」
そう言って、ジェームスは口の端に笑みを浮かべた。
この男はどうしてこんなに優しいのか。
(私よりもとても苦しい、とても辛い青春時代を送ってきたのに……)
それは、ジェームス本来のしたたかさのおかげであったのかもしれない。
彼の体には傷が沢山ある。浅いのも深いのも。よく生きてここまでたどり着いたものだと思う。
取材陣の目が見つめているのがわかる。けれど、彼らも必要以上に踏み込もうとはしなかった。
「……わかった。少し休む」
カーターは二階の自分の部屋へと向かった。
いろいろなことがあったけど、ちゃんと乗り越えてきた。
母も……母のことも許そう。今が一番幸せだから。
そして……ジェームス。君に会えたのは、人生での最高の収穫だ。
ジェームスはいずれまた、カナダにいるカーターの妹ジョイに手紙を書くのであろう。筆不精の兄であるカーターに代わって。

後書き
昨日、誕生パーティーをしていたら、
「そういや、ジェームス達も十月が誕生月だったな」
ということを思い出しました。特に、今日はジェームスの誕生日ですから。しかし、この話はカーターが主人公です。
もっと書き込みたかったところもあるけど、収集がつかなくなりそうなのでやめました。
ハッピーバースデー! シンちゃん! ジェームス! カーター! 
2012.10.8

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