エティアス・サロニー

 俺はエティアス・サロニー……死神と呼ばれていた男だ。
 何度も何度も殺人を繰り返した。そうしなければ生きていけなかったからだ。
 まぁ、途中から、殺人が快楽になったことは否定できないが。というか、ほとんど快楽だった。
 一時期、CIAの殺し屋として働いていた。サーリングのおかげでな。
 沢山、人を殺した。
 まぁ、それについては言い訳する必要を感じない。
 CIAと俺の利害が合致した。それだけのことよ。
 けれど――いつも、心の奥底では『こうでなくあれたら』とは思っていたような気はする。自分の生涯に迷いはないと思っていたが。
 だから、俺はジェームス……マイケル・V・ネガットに固執したんだろう。
 マイケル、ジェームス、どちらでもいい。あいつの名であることに変わりはないのだからな。
 ジェームスは……俺の『こうでなくあれたら』を体現しているように見えた。
 ああ、そうさ。一目でこいつは俺の同類だとわかったさ。
 人殺しも厭わない、そのくせ、憎しみがない。こいつにも前は憎しみがあったが、変ったのだろう。
 共通点はまだある。この男は――近親相姦で生まれてきた存在だ。
 俺は……まだガキの頃から、殺し屋として宿命づけられた男だ。
 まず、家族が俺を殺そうとした。俺を普通ではないと言って。
 ああ、そうだよ。俺を厄介払いしようとしたんだ。俺が――危険だと言って。
 我々は純血を保たなければならない。決して他の血を入れてはならない。
 そういう歪んだ凝り固まった精神が、この俺、エティアス・サロニーを生み出したのだ。
 いや、人のせいにするのはよそう。これが俺の運命だったのだ。
 しかし、父の手にかかれば、納得もいっただろうにな。
 生きていたおかげで、ジェームス・ブライアン――それとも、マイケル・V・ネガットと呼んだ方がいいのか?――に会うことができた。
 あいつと出会って――俺は変った。
 俺はあいつを殺そうとした。殺そうと思っただけで、体は歓喜に震えた。
 しかし、俺は返り討ちにあった。運命はまだ、ジェームスの味方をしているようだ。
 運命があいつを裏切っても、あいつは失望しないだろう。
 俺が世界で何らかの貢献ができたのだと思えるのは――エティアス・サロニー・Jr……息子を生んだことだ。
 あれの母親は、生きながら死んでいた。だから、俺は惚れたのだろう。惚れた――違うな。いても邪魔にならない。あの女はその程度の存在だった。
 あれの母親よりも、俺はジェームスを愛していた。
 そうさ。あいつのことだけを見ていた。思えば、俺は何かに憑かれていたのかもしれん。それは悪魔かもしれない。
 悪魔も人間もそう変わりはしない。これは俺の自論だが。
 だから――俺は悪魔と罵られてもよかった。
 俺の息子は違う。奴は、ジェームス・ブライアンの元で生き、カーター・オーガスに感化され、立派な人物になるのだ。
 何? 見てきたことを言うって?
 実際見てきたんだよ。
 俺の息子が、ジェームス・ブライアンの養子になるとこをな。
 尤も、今のジェームスは俺も融合しているので、義理の父で実の父だ。
 え? 意味がわからないって?
 俺は――ジェームス・ブライアンなんだよ。わかるかな? 俺は、あいつの中に溶けたんだ。もう二人で一人だ。
 アンディが妬いていたがな。こればっかりはどうしようもない。
 俺が目を背けようとしていたことに、ジェームスは真っ向から向き合った。
 あいつは決して逃げようとしない。受け止める。無防備な男だが、その無防備さが力となる――これは、ビリー・トムソンも同じようなことを言っていた。
 俺はずっと――人に愛されたかった。
 いつも独りだったからな。人に必要とされたかった。
 母が好きだった。妹が好きだった。
 中でも、母がより好きだった。
 母が喜ぶことなら、何でもしたかった。
 だが、その当時は幼くて――動物の命を奪うということの意味も何も知らなくて……。
 ああ、あの頃からやり直せたら……いかんな、繰言になってしまった。
 俺は、いい子になりたかった。息子がその志を現実にしてくれて嬉しいと思う。
 息子は、皆に愛されて育つ。そして――愛を知る者になる。俺が残した、唯一の存在だ。
 いや、正確には、俺と、妻との……か。
 ジェームスに対するのと比べれば微々たるものだが、私はあれの母親も愛していたのだろう。あれの無抵抗さが気に入っていた。そういえば、あれも無防備な女だった。
 俺は、ジェームスと共にオ―ガス家にいて、ジェームスとして、そこで暮らしていた。
 いや、そういう言い方は少々確かさを欠く。俺は別々の存在ではなく、ひとつの存在なのだから。この辺は、説明しようとしても難しい。
 オ―ガス家の面々に触れて、俺は温かさを感じた。今まで感じたことのない安らぎを。
 アンジェラという子がいた。茶目っ気を出してお手をしたら、まるでサイレンみたいな悲鳴を上げた。あれは傑作だったなぁ。今でも、思い出すと笑えてしまう。
 これでも、俺はジョークを理解する方だ。とてもそうは思えんかもしれんが。
 家族を殺し、他にも沢山の人を殺し、最後にはCIAに雇われて殺し屋になった男が冗談を解するなんて、誰が信じるだろう! 少なくとも、俺だったら信じない。
 ジェームスも明るい男だ。その前は、とてもそんなキャラクターではなかったが。あんな苦難を経て、あんなユニークになるなんて……だが、俺だったらわかる気がする。
 殺人鬼だろうが、天才児だろうが、俺達は人間なんだ。
 そう――人間なんだ。……ずっとずっと、叫びたかった。心の底から。
 俺はジェームスに俺自身を受け止めて欲しかった。そして、ジェームスは見事に応えてくれた。
 俺は望まれない子だった。それでも――ジェームスは愛してくれた。変な意味ではなくてだぞ。
 ジェームス・ブライアン。奴はそんじょそこらの偽善者とは違う。奴は底が知れない。融合した後でもそうなのだ。昔だったらもっとジェームスのことをわからないでいただろう。俺は、世界でたったひとり、ジェームスを理解している存在だと思っていたが。
 でも、そうではなかった。
 まず、アンディがいた。超自然現象でジェームスと結ばれている青年。二十四時間以内にジェームスに触れないと、互いにおかしくなる。
 そして、カーター。彼も不思議な縁でジェームスと会った。本人はまともな人を気取っているが、俺に言わせりゃやはりどこかおかしい。
 ジョゼ・ルージュメイアンという女もいる。この女は強い。この女もジェームスと共に生きてきたようなもんだからな。でも、この世よりあちらの世界の方に近い女だ。
 ジョゼは猫を飼っている。俺の名から、『サロニー』とつけたらしい。光栄なことだ。
 アンジェラは可愛い。ジェームスも可愛いと思っているようだが、俺にとっても可愛い。俺を嫌がるのであまり話をできないのが残念だ。
 ジェームスが行動している時は、俺も一緒に行動しているのだが。
 ジェームスはちゃんと俺の人格を認めてくれた。だから俺は大人しくしている。
 俺はあいつの行動に影響を与えることもできるらしい。
 例えば朝食だ。
 卵にシャンパン。俺には当たり前の食事が、オ―ガス家では当たり前でなかったらしい。
 前は宇宙食のような豆料理を食わされていたんだという話だから、気の毒なもんだ。朝食を家畜の餌と勘違いしているのではないか? 我々は人間なんだぞ。
 アンジェラも、ジェームスの作る食事にはうんざりしていたらしい。こんなことで喜ぶんだったら、いくらでも作ってやるんだが。
 しかし――良かったな。ジェームス。おまえにはちゃんと居場所があるのだ。俺は、おまえの中にしか居場所がないがな。
 ジェームス、過去はどうであれ、俺はおまえの仲間だ。
 おまえを傷つけるものは――許さない。
 まだ俺が生きていた頃、おまえは俺が殺す、と決めていた頃。
 ジェームス。おまえに仇なす者を全て殺してやろうと思ったよ。俺はおまえを愛していたんだからな。
 復讐してやったよ。そいつらには。
 ジェームス。おまえも俺の運命だったんだ。
 おまえが俺を受け入れてくれた時、俺は嬉しかった。俺の人生や存在が贖われ、報われたようで。
 俺は確かに生きていた。今でも生きている。そのことを、象徴してくれているようで。
 おまえが死んだ時は、俺も一緒に黄泉に行く。
 俺とおまえは一蓮托生だ。
 おまえは俺を連れて行くんだろう? 俺と一緒に行ってくれるんだろう?
 俺は独りだから、寂しくて寂しくて仕方がなかった。おまえだけにはわかって欲しかった。理解してくれて嬉しいぞ。
 ジェームス……俺の存在全てをかけて、愛してる。
 俺の息子はクリスチャンになったが、俺にとってのイエス・キリストは、ジェームス、おまえであるかもしれない。
 今は、毎日が楽しい。
 もうこの日々も終わるが、時間は何度でも繰り返す。時間をかしいで、俺は生きる。
 それとも、俺の行き先は地獄に決まっているだろうか。まぁいい。ジェームスとなら怖くない。
 カーター、息子をよろしく頼む。あんたなら信用できそうだ。
 それから、息子よ。おまえは俺の分まで幸せになれ。
 言いたいことはまだまだあるが、この辺で止めておく。
 ――さぁ、今朝は何を食べようかな。また卵とシャンパンでいいかな。土曜日だからな。

2011.5.13

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